人陰 前
『消えるノート』の一件から一ヶ月がたった。今のところ何事もなく生活している。はじめは、いつ怪異に襲われるかとビクビクしていたが最近はやっと普通の生活に戻れたことが嬉しかった。怪異には襲われていないが陣さんとは毎週お茶をしている。陣さんは色々なことの知識を持っていて話していて全く飽きないのだ。いい友人ができてよかったなと少しだけ怪異に感謝した。ま、感謝した次の日に怪異に襲われたんだけど。
「なんか黒い人影に追われてるんですけど」
危ないのは重々承知だが緊急なので、歩きながら電話をしている。もちろん電話の相手は陣さんだ。
「人影か。大きさは?」
と聞いてくる。
「気づいたときは俺と同じくらいの大きさだったと思います」
と答える。
「距離はどのくらい?」
続いて聞いてきたので、ちらっと後ろを確認する。するとヤツは電柱のところに立っていた。
「15から20メートルくらいだと思います」
そう答えると
「そうかぁ。始めてみたときから近づいてきているのかい?」
「今のところ近づいてきてはいないです。一定の距離を保っていると思います」
と答えた。
「今のところだと『真っ黒さん』だとは思うのだが一応気をつけてくれ」
と言われる。はいと答え、駅に入るので電話を切った。急いで改札を抜け電車に急ぐ。電車に乗り駅のホームが見える位置の席に座る。ホームの真ん中で黒い人影は立っている。少しすると電車のドアが閉まる。黒い人影は動かない。とりあえず、距離が取れることに安堵した。スマホを開くと陣さんからメールが来ている。『真っ黒さん』についてのことが書いてある。一定の距離を保っている無害な怪異らしい。そうなのかと思いスマホから顔をあげようとすると視界の端に真っ黒な人影が映った。慌ててそちらを見るとさっきの黒い人影がそこには居た。数メールの距離に居る。どっと汗が出てきた。逃げようにも最寄り駅までまだ数駅ある。歩いて帰るべきかと考える。もう一度ヤツを見るも動いてはいないようだ。ずっと警戒していたが最寄り駅についてもヤツは動かない。しかし、いつ動き出すかわからないので早足で家に向かう。俺はマンションの三階に住んでいるのでエントランスを抜けエレベーターに向かう。エレベーターを待っているとガラスのところにヤツが映った。振り返ると、ヤツはマンションの近くの電柱のところに立っている。ガラスに映ったのだからもう少し近くだと思っていたのだで少し違和感を感じたが距離が離れているぶんにはありがたいのでエレベーターが来るまでそのままヤツを見続けた。エレベーターに乗り三階まで上がる。通路のところから下が見えるので見てみるとまだヤツはそこに居た。少しだけ安心できたので家の鍵を取り出し玄関の鍵を開ける。もう一度電柱のところに立っているのを確認し家の中に入った。鍵を締めチェーンをかける。これでひと安心と息を吐く。いきなりのことですごくびっくりしたが何もされなくてよかったなと思った。もう一度陣さんに電話した。電車の中に入ってきたこと、今は電柱のところに立っていることを伝えると
「やっぱり『真っ黒さん』出会ってるみたいだね」
と言った。なので、
「消す方法とかないんですか?」
と聞いてみると
「ないことはないんだが、近寄りたくないだろ?」
と聞いてきた。当たり前だがわざわざ近寄りたくはない。なので
「近づかないとだめなんですか?」
そう聞いてみる。すると
「すぐに消すなら近づかないとだよ。でも2、3
日経てば消えるから気にしなくても大丈夫だよ」
と言われた。2、3日か。1週間以上であれば悩むが数日であれば耐えられるだろう。それにこの怪異は特に何かをしてくるわけではないらしいし
「そうなんですね。数日耐えてみることにします」
そう言うと
「力になってあげられなくてごめんね」
と言われてしまったので
「情報を教えてくれるだけでめっちゃありがたいですよ」
と言う。実際すごく助けられているので謝らないでほしい。すると、陣さんはありがとうと言ったあと夕食の時間だというので電話を切った。俺も夕飯にしようと思い準備を始めた。そうして夕飯を終え風呂に入り明日の仕事の持ち物などを確認し今日やるべきことをすべて終えベッドの上で動画を見ていた。それそろ寝るかなと考えていたところで玄関のチャイムがなる。時計を見ると23時になろうとしている。こんな時間に誰だよと思った。ネットで何かを注文した覚えはないしそもそもこんな時間に宅配が来ることはないだろう。であれば隣人か、とも思ったが、引っ越してきたときや朝のゴミ出しのときに偶に会うが丁寧に挨拶をしてくれているので、こんな遅い時間に訪ねてくるほど非常識な人ではないはずだ。めんどくさいので悪いが居留守を使わせてもらおうと思い放置するとまたチャイムがなる。それでも放置するとチャイムを連打してくる。流石に非常識な行動に苛立った。玄関に向かい覗き穴から見てみる。そして、俺は後悔した。そこにはなんとあの黒い人影が立っていたのである。手を伸ばしチャイムを押している。やばいと思い音を立てないように寝室に戻ろうとすると足を靴棚にぶつけた。ガタンと大きい音が鳴る。チャイムが止まった。もしかして助かったと思ったが、次の瞬間。ドアを物凄い勢いで叩いてくる。慌てて寝室に戻り家の電気を消す。ガンガンといまだに音は消えない。ベッドの上で小さくなっているといつの間にか寝てしまっていた。
怪異レポート 月守夜猫 @tukineko1105
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