お世話になりました。
「この度は突然休んでしまい申し訳ございません。」
また別の日、お世話になった取引先の会社にアポを取って挨拶に伺った。
「いえ、色々大変なこともあったでしょうからお察しします。でも休まれたことを聞かれた時は驚きましたよ。」
「あはは、そうですよね。今日は私ごとですが、会社を退職する予定であることをお伝えするために伺いました。なので、担当を外れると思います。」
「そうですか……。それは寂しいですね。でも、浅田さんならどこでもやっていけると思いますよ。」
「ありがとうございます。」
そして、私は会社からでようとした。すると
「落としましたよ。」
振り返るとそこにはスーツのおじ様が立っていた。
しかし、どこか顔を見たことがある……。
でも、対応しないとと思い、私はおじ様のところに行く
「ありがとうございます……。あ、掃除の方ですか?」
近くに行って顔を見たら思い出した。ここの掃除のおじ様だ。何故かスーツを着ている。
「あ、でもこれ……。」
「分かってる。君のじゃないね。」
「今日は何だかかっこいいですね。」
「あはは、ありがとう。」
「あの……、実は私、会社を辞める予定でして、恐らくここに来ないかもしれないんです。今日は一応挨拶で来たんです。」
「そうか、寂しいけど良かったよ。」
「良かった?」
私の頭の中で「?」となった。
「ああ、申し遅れたが、これをどうぞ」
そう言っておじ様は私に名刺を渡した。そこにはこの会社の代表取締役社長と記載されていた。
「え、社長だったんですか?」
「うん。それに清掃業の会社の社長もしていてね。会社の事情を把握しがてら清掃業務もしているんだよ。」
「そうだったんですか……。」
あの掃除のおじ様がここの社長だったとは……。
「浅田さんのことは部下からも聞いているし、御社のことも聞いているよ。まぁ、あの環境でよく頑張ってきたね。私はね、君みたいな真面目でいい子を見ると放っておけなくてね。掃除のおじさんなら近づきやすいだろうと思って、ちょっと話させてもらったよ。」
「確かに掃除のおじ様としてだと親しみもあって話しやすかったです。」
「それでも、君は自分が頑張らないとって言ってたね。とてもいいことだと思うけど、反対に環境が劣悪ならば潰れてしまうんだよ。君もそうなったから今休んでいるんだろう?」
「はい。」
「潰れるというのは精神的にもそうだが、やがて、自分で身体的にも潰す選択をして、終わりにしてしまう……。私はね、そういう子を見たことがあってね。君はその子に似ていた。」
「そうなんですね。もしかして、その方って……。」
「その子は終わらせようとしたが、未遂に終わった。今は実家で療養していると聞いている。」
「良かった……。」
「うん、でも君もそうなっていたかもしれない。終わらせていたかもしてない。だから仕事は辞めてもいいが人間は辞めたらいけない。私は常にそう思っている。」
「それで、今まで私を気にかけてくれたんですね。ありがとうございます。先ほど担当の方からどこでもやっていけそうと言われたので自信持って転職しようと思います。」
「それなんだが、もし君がよければ、ここで働かないかい?部下からは愛想がよく、仕事も丁寧だと聞いている。私と喋っていても信頼できそうで営業向きだと思うが、どうかな?」
「本当ですか?」
それから私は会社を辞めて、元取引先だった会社に転職することになった。
ここでは仕事を押し付ける先輩も全くアドバイスしてくれない上司もおらず、みんな優しくしてくれる。
きっと社長があの優しさを持っているから社風に反映されているのだろう。
私が転職する頃には元いた会社とは取引がなくなっていた。噂では私がいなくなって、仕事が回らなくなり退職者が増えていると聞いている。倒産するのも時間の問題かもしれない。
しかし、そっちに構っている余裕は私にはないので、とりあえず今の会社について覚えていかないといけない。
私は会社を辞めたが、人間であることは辞めなかった。
私はやめない @mochizukireirei
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