最終話 凱旋

(本当に、これですべて終わったのだろうか……?)


 半信半疑のまま、ロンド中佐とともにディンドン行きの列車に載る。

 寝台に入った所でログアウトした。

 ログイン時間超過のイエローランプは随分前から点いており、ゲームサーバー側からのイベント継続信号で続けていた状況だ。

 現実に戻ると、引き込むような眠気の波が襲ってくる。

 抗いきれずに、ヘッドセットだけを何とか外して、睡魔に身を委ねた。まるでタイムリープしたかのように、次の瞬間に目を開いたらもう夕方になっている。


「やっぱり、VRユニットは神経に堪えるよなぁ……」


 首から肩に消炎剤を塗り、疲労回復剤の目肩腰に効く錠剤も呑んでおく。腰をひねって体操をすれば、背骨はゴリゴリだ。

 風呂にお湯を張っている間に、コンビニで食料補給。

 1時間くらいかけてじっくり漬かって、少しでも血行を良くしておかねば……。

 もう一度消炎剤を塗り直してから、唐揚げ弁当をかっこむ。エナジードリンクを一気飲みして、無理矢理にテンションを上げた。こうでもしないと、ネットすら見る気にならない。

 配信のドキュメンタリー番組は、魚人たちのディンドン襲撃まで。

 攻略サイトの方は……エディンバラへ逃げていたのは、安全靴を持ち込んだ連中か……。

 戦闘放棄の逃げ回り戦術には、賛否両論。ま、そうだろうな。

 全ては、モノポリー組に託されている。

 恐らく、エリーゼも爆睡しているだろうから、ヨハンも情報は取れずに、掲示板は結果を固唾を呑んで待っているという状況だ。

 ロンド中佐と、潜水艦『ノースチラス号』の参戦を報告してやったら、どんなに盛り上がることだろう?

 だが、まだ終わったわけではない。

『ゲームクリア』の言葉を効くまでは、気を緩めるわけにはいかないのだ。


「おはよ……」


 ログインすると、まだ眠そうなエリーゼが既に戻っていた。特に話すこともないまま汽車に揺られていると、舞衣が戻り、最後に寝起きの悪そうなルシータが戻った。


「あれ……? そういえば、ロンド中佐は?」


 眠っていたはずの寝台はベッドメイクされたままで、彼が存在した気配すら無い。

 みんなして狐につままれたような顔を見合わせるが、なるほど、それも彼らしい。


「ルシータは、一緒にベッドにいるかと思ったけど……」

「何でよ、舞衣。怒るわよ」

「ロンドガールの雰囲気に一番近いもの」

「言えてる!」


 そんな軽口が出るようになると、調子が戻った証拠だ。

 ほとんど大栄帝国を縦断するような汽車が、終着駅であるディンドンのクイーンズクロス駅に到着したのは、夜の8時を過ぎた頃だ。

 ガスライトに淡く照らされた駅のホーム。ずらりと並んだ海兵たちの敬礼が、俺達を迎えてくれる。その最奥で握手で迎えてくれたのは、何と帝国海軍を指揮するフィッシャーズ提督だぜ……。

 夢見心地のふわふわした足取りで、用意された艶々の馬車に乗り込む。


「本当に、終わったのかしら……」


 同じ想いなのだろう。ルシータが呟く。

 ガスライトの霞む霧のロンドンの夜を、騎馬隊の列に守られて馬車が行く。

 ぼんやりと外を眺めていた俺は、ハッとして窓に額を押し付けた。

 夜霧に船影揺れるホームズ川の畔に、薄蒼い光が揺れていた。

 そのぼんやりとした光の中に、ピンストライプのエプロンドレスを着て、巻き毛の金髪を2つに束ねた少女の姿がある。

 ふと、虚ろな瞳と目が合った。

 少女は可憐に微笑み、可愛らしくカーテシーを決めて、お気に入りの散歩道を歩く。


「アリス……君が一番の功労者なのかも知れない……」

「彼女がホームズ川に帰れたのなら、もうここに、嫌なものはいないわ」


 少女霊の姿を確かめたのだろう。ルシータの慈しみに、改めてディンドンが救われたことを確信できた。

 馬車はセント・ジェイクス公園の脇を通り、バッキングアム宮殿の門をくぐる。


「うそっ……」


 舞衣の驚きは、彼女だけのものではない。

 こんなホコリまみれの格好でい良いのかよ……。

 促されるままに、馬車を降りる。

 足元に敷かれた緋毛氈。それだけでも場違いなのに、その先にいる小柄な女性は……。


 ウィステリア女王その人ではないのか?


 軍楽隊が大栄帝国の国家を演奏する。

 女王陛下のお言葉があり、俺たちに勲章が授与された。

 立ち上がり振り向いた途端、全ての風景が虹色の光に包まれる。


【Congratulations!】

【GAME COMPLETED!】


 様々な文字が空間に躍り、耳の痛くなるほどのファンファーレと花火が鳴り響く。

 舞衣と、ルシータと、エリーゼと飛び跳ねるようにして抱き合う。

 やったぜ、ヨハン!

 感触から、ルシータ>舞衣>エリーゼという謎の不等式が完成してしまうが、そこははしゃいだ男子の戯言と許して欲しい。

 ジャラジャラと、渦を巻いて金貨が流れ込むエフェクトに変わる。

 目まぐるしく、IDカードの金額表示が跳ね上がってゆく。

 何やら鑑定番組の金額表示を思い出して、笑ってしまう。

 狂乱の金額表示が、25億円で一度ストップする。

 そこに更に手持ちであった、7千6百97万8千980円の分が跳ね上がって、完全に停止した。


【Congratulations!】

【GAME COMPLETED!】


 再び目の前に文字が躍ると、俺はゲーム画面から放り出された。

 マジかよ!

 スマホの銀行口座アプリで残高を確認する。

 その通りの金額が表示されて、俺は呆然とした。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 近所迷惑も顧みない雄叫びを上げてから、俺はVRユニットを立ち上げ、SNSのチャットルームに入った。

 そんな約束はしていないが、きっと集まるはず。

 苦楽を共にした仲間たちと、勝利を祝うために……。



       ☆★☆



 ゲーム終了と同時に、運営には一斉に国税庁の査察が入った。

 脱税摘発には群を抜いて勤勉になる国税庁は、マネーロンダリングを始めとする数々の違法行為をほじくり出し、根こそぎ参加企業を摘発していった。

 ……手を広げて、調子に乗りすぎたんだろう。出る杭は打たれる。

 勝者への支払いは、額面通りに無税のままだけど……使い方に気をつけないとな。

 俺たちは、完全に国税庁にマークされているだろうから。


 一人5千万円程を手にした、安全靴チームは大丈夫だろうか?

 宝くじ同様、人生を狂わせるには充分な金額だけど、人生を逃げ切るにはまったく足りない金額だ。

 ……まあ、そんなことは俺たちの知ったこっちゃないけど。


 エリーゼは、充分な資金を得てウィーンの音楽学校へ留学。

 今では、ロンドン交響楽団のヴァイオリニストの席を得て、順調にその才能を伸ばしている。招待してもらった凱旋コンサートでは、うっかり寝ちまったけど、許せ。クラシックは、やっぱり苦手だ。


 ヨハンの留学資金くらいは、当然の援助だと思っていたけど……。

 あいつはスッパリと道を諦めて、『エドワード財団』なる社団法人を作って、才能ある音楽家の卵の留学支援を志した。もちろん資本は提供するぜ。

 もっとも、本人は千葉県の第三セクター電車沿線に新しく整備された学園都市の一角に店を構え、ボードゲームバーを経営して、夜な夜な酒とダイスで楽しんでいるそうな。

 ……どっちが、本業なんだか。


 女子高生風味の舞衣だが、実は登校拒否児童。

 ゲームクリア後、心機一転、定時制高校に通い出して両親を喜ばせたが、卒業と同時に出奔。両親を無事、諦めさせることに成功した。

 …………おいおい。


 一番驚かされたのがルシータ。

『ミッションスクール出身だから』と言い訳していたが、まさかの現役シスターだった。

 教会の施設で育った娘らしく、賞金を注ぎ込んで茨城南部に土地を買い、農場と牧場を整備。児童施設をそこに移転させて、自給自足体制を作った。

 子どもたちが大人になっても働ける場所……労働力キープと笑うが、一番マトモな金の使い方をしているのではなかろうか?


 俺は……特にやりたいこともないし、寄付やら何やらの電話が五月蝿いこともあって、気ままに旅に出ていた。

 抜群に美味かった神戸の町中華の店が気に入って、そのままお手伝いしつつ修行するみたいになって……5年後、独立してヨハンのバーの近くに店を出した。

 大学生相手の大盛り中華の店。儲けは、有るのか無いのか解らないが、それなりに客足は途切れない。

 開店の時には、久々にみんなが集まって、祝ってくれた。

 一人そのまま「この忙しさじゃ、店員が必要でしょ?」と居着いちまった奴がいるけど……。

 舞衣……もとい、葵ちゃんでは、どうも女という意識がなくて、一緒に暮らしていても、手を出す気にもならないんだよな……。

 コオロギが飛び込んできたとか悲鳴を上げて、素っ裸で風呂から飛び出してくる粗忽さは、相変わらずなんだけど……。すっかり気持ちは家族だ。

 それと逆なのは、ルシータ。

 結婚とかはまったく考えられない相手だが、身体の相性はとても良い。

 月に一度くらい、どちらともなく呼び出して、することをして……でもそれだけ。

 日頃の慈愛深いシスターの顔も知っているから、背徳感は半端ない。


 あれから6年が経ち、ネットでは再開を願う声が聞こえてくる。

『トレジャーワールド3』が、どんなゲームとして行われるのかは解らない。


 もう俺たちは、関わるつもりはない。


[完]


新作『野心の剣~SWORD OF AMBITION~』

https://kakuyomu.jp/works/16818093079100470867


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