第9話 感謝
栞は二人を知っているが、二人のつながりはこれまでなく、初対面だった。
「初めましてだよね二人は、こちらは大学で仲良くなった健君、こちらは幼馴染の司君」
「初めまして」
「こちらこそ初めまして、よろしく」
初対面の二人は少し緊張した様子で、お互いを気遣っていた。
「幼馴染はいつからですか?」
「小学校かな」
「それなら栞さんの大概のことは分かりますね」
健は、二人の親しげな様子の背景を理解した。
司も似たような質問をする。
「どちらで栞さんとご一緒ですか?」
「授業でノートを友人経由で借りてからかな」
最近の友人の割には、栞から気負いを感じさせなかった。
「何、栞さんって、二人ともキモっ、普通でいいよ、初対面だから仕方ないか」
男性二人は、少しはにかみながらお互いバツが悪そうに昼食に手を伸ばした。
「何の話しをしてたの?なんか真剣な様子に見えたけど…」
今度は、二人がバツの悪そうな表情で視線を合わして同じように食べることで誤魔化したが、たまらず、栞が切り出した。
「ちょっと私がぼーっとしてたから、司が気遣ってくれてたの」
「見るからに仲良しだけど、かなり仲良しだね」
健は、素直に見えるがままを伝えた。
「やっぱり、過去とか同じ経験とか、大学で知らない仲間の中では特別になるわね」
「幼馴染だけじゃならないよ」
健は嫌味には全く感じさせず、こともなげに続けた。
「そうかな、昼食を一緒するのも珍しんだよ」
「そういう物理的な距離じゃなく、関係性が近い感じが伝わるんだよね」
司も、第三者の見える化を聞く機会はないので、意外でもあり納得でもありと、
健の言葉に耳を傾ける。
「で、俺にも聞かせられる話し?」
司は、ほんの数秒前とは切り替えて、聞いていないかのように冷めかかったカツカレーを口に運ぶ。
栞は、少し思案してからゆっくりと話し始めた。
「うちが自信がないんだって正直に話したり、妙な独特な感覚があることを伝えたり、かな」
「へぇー、栞ちゃん自信がないんだ」
「ちょっと、今度は栞ちゃんって、なんか変な感じ、いつも通りでお願いします」
「ごめん、二人の時とは違うからね」
そこに健の気遣いが感じられて、栞はその優しさに安堵する。
「で、独特な感覚って何?」
「それは、昔稀に自分自身が透明になる感覚があって、
それが自信のなさと関係するのかなって思うこともあって…」
「で、もう一つは?」
「ちょうどそこに健君がやって来たの」
「じゃあ、まだ話しは終わっていないんだね」
確かに話しが終わったわけではなかった。
だからといって、またあの話しに簡単に舞い戻れることはないと二人は思った。
しかし、健は二人の思惑などこの場では振り払って話しがしたかった。
「自信がないって、責任を持つのが大変なことだって分かっているのかもね。
特に、誰かに影響を及ぼすような答えを出さないといけない場面とか」
健の踏み込んだ切り出しに驚きながらも、二人だったからできたと思っていた会話が再開された。
「不真面目なつもりはないけど、これまで何かに夢中になったり、真剣になったりしてない気がする」
「それを自分で判断することになるから、その基準が分からないまま今に至っているのかもね」
「あの独特な感覚を持っているから、その世界で生きてるからなのかな。
そう考えると原因と結果とも言えるのよね」
健も司も、自分達の知っている栞の中で交錯する表と裏のような関係に初めて触れた。
「僕は、基本がデリカシーのない人間だから、あんまし考えることのない分野だね」
「司も自分のこと分かってないね。ここでの言葉遣いも気をつけてるし、
司は男性でもかなり周りの様子の変化や人の内面に気付くことのできる男性」
「そんならもっとモテても良さげだけどね」
ちょっとおどけたように、カツカレーにスプーンを運ぶ。
「なんか小さい頃からいい子でいたから、褒められたいわけでなく、
人の気持ちや思いを優先するようになって、
それが判断や決定できなくなる自分につながっている気がする」
「それなら、二つは関係ないね」
健の解答は鋭く速い。
確かにそうだ。あくまでこれまでの経験が知らぬうちに身についたものであるなら、
あの独特な感覚とは関係がないように思える。
「栞は、自分をもっと大切にして、自分自身を責めるようなことはしなくていいと思う」
「その大切にするが、仰るとおりザルだったり後回しだったりなのよね」
「分かってるなら、一つ一つできることからすればいいよ」
短い会話だったと感じられるが、中身が大量だ。
うどんもカツカレーもまだ暖かさの残るカツ丼も減っていない。
三人して、わずかに微笑んで昼食を摂る。
学生がかなり減って、空席が増えていた。
月の輝く夜に @gen2512
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