第3話 宮原和也、企みが成功する

 入学式には間に合った。

 だが、遺憾なことに、式が終わるなりにしきは人に囲まれた。運動部の勧誘が中心だった。

 錦は彼らの話をいちいち聞こうとする。和也かずやは錦の腕をつかんで、講堂から連れ出した。

 この騒動では、落ち着いた大学生活は望めないだろうな、とため息をつく。


「おれの下宿に避難する?」


 松葉杖をついた遠山とおやまが、申し訳なさそうに言った。


「避難の必要があるとは思えないけど」


 錦が苦笑する。和也は、あるんだよ、と思いつつも口には出さず、錦の次の言葉を待つ。


「行ってみたいな。ワンルームマンションってどんなところ?」


 錦がさりげなく、道の端に回った。そちらのほうが側溝に近く、松葉杖には歩きにくい。


「うーん、ほぼ六畳一間? 短い廊下にさ、ミニキッチンがあるんだ。反対側はユニットバス。ユニットバスって言ってもさ、ホテルよりもずっと小さくて」


 いつ終わるかわからない遠山の話を、錦はうなずきながら聞いている。足元の段差にひっかかるのではないかと、和也は気が気でなかった。だが、錦は器用に避けていく。


〝本当に、なんなんだよ、こいつは〟


 出会って以来、何度思ったかしれない感想を、また、思う。

 面倒ごとに巻き込まれないようにしてやりたい、そう願うけれど、錦にとって必要がある願いなのか、まったくわからない。

 でも、あの海岸で、確かに錦は、和也を必要としていた。

 それは、間違いのないことだ。これからも、共にあるかぎり、変わることのないことだと、和也は信じている。


 ワンルームマンションは、大学から数分のところにある。和也はもう、入ったことがある部屋だ。

 実は、和也たちの高校があるところからここまでは、二時間以上かかる。錦は家のことがあるから通わなければならない。和也も同じように通うことに決めた。その代わり、遠山が大学近くに下宿することになったのだ。

 

 部屋に着くと、遠山はスーツの上着を椅子に放り出し、ベッドに横たわった。


「足、大丈夫か?」


 錦がベッドの側にひざをつき、包帯が巻かれた足を見つめた。遠山が、大丈夫、と恥ずかしそうに答える。


「錦、上着を脱げ。掛けとく」


 和也は部屋にあったハンガーを勝手に取って、錦の方に手を差し出した。錦が素直に上着を脱ぎ、和也に渡した。


「ありがとう」


 ふわっと、錦が笑った。集まっていた人たちに向けるのとは違う、気の抜けた笑顔だ。そんな顔をするのは、和也に対してだけだった。


「ちぇ」


 気づいたのか、遠山が小さくつぶやいた。


「遠山、トイレ貸してくれ」


 照れくさくなって、和也は視線を逸らす。


「いいよ。でもちゃんと返せよな、宮原みやはら


 遠山は、ちょっと不機嫌そうに、でも、いつものように冗談を言った。


 和也が洗面所で気分を落ち着けて出てくると、遠山が唇に人差し指を当てていた。

 錦がベッドに頭を乗せて、目を閉じている。そっと近づくと、寝息が聞こえた。


「大学デビュー、成功だったな」


 遠山がささやいた。

 和也も表情を緩める。

 遠山が親を説得してワンルームマンションを借りたのは、面倒ごとに巻き込まれやすい錦の休憩場所を確保するためだった。さっそく、役に立ったというわけだ。


「でも、おまえがすっころばなければ、こうはならなかった」

「言うなよ。おかげで、ひのきの寝顔が見られるんだから」

「見せ物じゃないぞ」

「おれとおまえの仲で言うことか?」


 和也は軽くため息をついてみせ、それから、ふ、と笑った。


       〈おわり〉

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大学デビュー 江東うゆう @etou-uyu

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