第39話 閑話 甲羅チャレンジ
その日、探索者ギルド本部の訓練場の一角に、ある探索者からモンスターの素材が寄贈された。
寄贈されたモンスターの素材、それはとあるタートル系のモンスターの甲羅から剥がれたという脱皮殻だった。
幅が1メートルの角が丸まった四角形の厚さが2ミリメートルほどの薄っすらと向こう側が見えるそれは、訓練場の一角に用意された金属製の台座に固定され置かれていた。
そして周囲には配信用のカメラが設置されており、ライブ配信されているのが分かる。
すぐ隣には寄贈された素材である脱皮殻の鑑定結果が記された用紙が透明なカバーに入れられて置かれていた。……しかも脱皮殻を破壊することが出来たなら探索者ギルドに寄贈されたこの素材を破壊した者へと進呈するという一文とともに。
「うわ、この素材……地属性に対する親和性がかなりやばいのか」
「しかもこんなに薄いっていうのに防御力がかなり高いってことは鎧に加工したら、今まで動けずにいた重戦士タイプの戦いかたをするやつには朗報じゃねーかよ」
「いやいや、地属性魔法の威力が馬鹿みたいに上がるってことだから、アミュレットにしたら魔法職はかなり助かるだろ?」
「けど1メートル四方があるなら結構余ることになるだろ? だから、鎧を作って余った素材でアミュレットを作りゃいいだろ?」
壊すことが出来ていないというのに集まった探索者たちは口々にそう言いながら、自信満々にそれぞれの武器を構える。
こうして、この場に集まった探索者たちによる立てかけられた素材の破壊が始まった。
だが、しばらくして彼らは自身の考えが甘かったことに気づくことになるのだった……。
●
「はあああっ、……【ラピッドスラッシュ】!!」
二刀流の短剣使いの探索者が素早く脱皮殻へと距離を詰めると足に力を込めて地面を踏みしめ、技名を口にしながら一瞬の内に数十回と斬撃を放つ。
カンカンカンカンカンと軽い鉄を叩くような音が響き渡り、彼は自身の短剣によってボロボロになった脱皮殻を夢見る……が軽い音を立てる脱皮殻は削れる様子も割れる様子さえも見えない。
その目の前の光景に探索者は戸惑いながらも必死に腕を振るい、脱皮殻に斬撃を打ち込む。だが割れない、砕けない、削れない。
彼には信じられない光景だった。
何故なら何時も潜っているダンジョンでは自身の放つこの技によって、モンスターは細切れのサイコロステーキとなっていたのだ。それなのに、目の前の脱皮殻は砕けない。
(嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 信じない、俺は、俺は信じねぇぞ!!)
「うおおおおおおおっ!!」
必死に彼は斬撃を放つが、体力は限界を迎えた。
「うっ」といううめき声とともに彼はその場に崩れ落ちると両腕をだらんと下ろし、悔しそうに脱皮殻を見続けていた……。
△
「こういう硬いもんにはな、でっけぇハンマーをブチこみゃ良いんだよ!」
体力を使い果たし、両腕が筋肉痛で動けなくなった探索者が仲間たちに連れられて下がるのと交代するようにして新たな挑戦者が現れる。
新たな挑戦者は元は白のタンクトップにニッカポッカと呼ばれるズボンを穿き、腹には腹巻というガテン系な衣装に身を包んだ筋骨隆々の男だった。
目元に見える仰々しい傷に歴戦の猛者を感じる挑戦者は肩に担いでいた50キロはあるであろう巨大な鉄の塊とも呼ぶべきハンマーを地面に置く。
「見てな、若造ども。儂がこの甲羅の皮をぶっ壊してやるっ!」
ペッペッと唾を両手に振りまき、グッとハンマーを握りしめると男は両腕の筋肉を盛り上げてハンマーを持ち上げる。
ハンマーを持ち上げた両腕はプルプルと震えるが、それを堪えるように足を踏ん張らせると中腰のままゆっくりと上半身捻り、ハンマーを上げていく。
そして腰ほどの高さまで上げた瞬間――、まるでゴルフでドライバーで弾を打ち出すかのように脱皮殻に向けて一気に解き放たれた!
(イケる! 儂の直感がこれは割れると告げている!!)
割れた瞬間、周囲からの驚きの声が来ることを期待しながら、探索者は込み上げる笑みを堪えつつハンマーの面が脱皮殻に接触するとキィィィィィンッと音が響いた。
1秒、2秒と音が止み周囲が固まる中、ピキピキとひび割れる音が何処かから……いや、脱皮殻とハンマーが接触した箇所から聞こえた。
その音に見ていた探索者たちが割れたかと思いながら、動かない探索者へと目を向ける。
だがパキィィィィィンッと金属が砕ける音が響き、彼が持っていたハンマーが砕け散った。
「ばか、な…………がはっ!」
ハンマーが砕け散り、予想していなかった結果となったことにショックを受けたのか探索者が倒れると……他の探索者によって医務室に運ばれた。
だが、運ばれた医務室で調べられたところ、全身がボロボロとなっていたというのだった。
△
「お、おい、誰かやらねーのかよ……?」
「イヤ、どう考えたって無理だろ? これまで挑戦した奴らは破壊するどころか逆にボロボロになって倒れてるじゃねぇかよ……」
「しかもいい感じに打ち込んだ奴にいたっては愛用していた武器が壊れたんだぞ? たとえ割ったとしても大損だろうがよ」
しばらく引っ切り無しであった挑戦者が居なくなった訓練場の隅で見ていた探索者が口々に言い出す。
けれど彼らは挑戦する気はないようで、周囲を見るだけである。
そんな彼らをバカにするように嘲笑が聞こえた。
「はんっ、やる前から諦めるってのか? これだから雑魚ってやつはよぉ!」
「んだと!? って、こ、こいつらは……!」
「か、鎌瀬に犬田?! こいつらも挑戦しに来たってのかよ!?」
脱皮殻に近づく新たな挑戦者である探索者を見た瞬間、周囲の探索者は驚きの声をあげる。
自身の身長と同等のサイズの大剣を背負い、金属製のブレストアーマーを着用した日や決して褐色となっている自信満々の表情を浮かべた筋骨隆々の男性。
そして隣を歩くのは周囲を見下すようにニヤニヤとした笑いを浮かべた相方である魔法使い然とした長めの木の杖を手にした黒いローブ姿の男性。
彼らは探索者協会が設定している探索者のランク分けの中でも中堅どころとされるB級となっている2人組の実力者なのだが……周囲を見下す癖があるために周りからは良い顔をされていなかった。
「おいおい、オレたちが来たらいけないって言うのかぁ?」
「くひひっ、どうせ俺らのためのお膳立てをするのが嫌なんだろうよぉ。さ、鎌瀬くん、先方はキミに譲ってあげるよぉ」
「ははっ! おいおい犬田、先に割ったとしても半分に分けるなんてしねーぞ?」
「俺も分けたりしないから安心してくれよぉ。くひひっ」
自信満々に彼らは話しあい、それぞれが割った後の話をしている。
その姿はまるで目の前にある脱皮殻を前にしていた他の探索者たちと同じ様子であった。
そして当然……。
●
――ガキンッ!!
「ふげっ!? う、腕が、腕がぁ……! け――剣がぁぁぁぁっ!!」
(バカなっ! オレの、オレの【
「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
脱皮殻を前に大剣を構え、全身に魔力を通し身体強化を施した鎌瀬は極点に達した瞬間、振りあげるようにして頭上に大剣を構えると高く飛びあがり、一気に脱皮殻目がけて大剣を振り下ろした。
その一撃はまるで噴火した火山のように激しい勢いで脱皮殻の天辺へと命中した。
だが、命中した大剣は脱皮殻を叩き切ることはなく、脱皮殻は大剣に押し潰されるかのようにたわむ。それを見た鎌瀬は叩き切ろうとさらに力を加えたが……まるでバネが跳ねるかのようにして大剣は鎌瀬ごと弾かれ、飛ばされる。
吹き飛ばされた彼の体は弾かれた際に生み出された衝撃に加え、まるで脱皮殻へと放った一撃の威力が地面を転がる彼の全身に突き刺さる。
吹き飛ばされたショックと全身を襲う激痛に悲鳴が上がり、空中から地面に叩きつけられゴロゴロと転がり……回転が止まったころには、痛みに耐え切れずその場で蹲っていた。
そして、そんな蹲っている彼を追撃でもするかのように、空からクルクル回転しながら大剣が近くの地面へと突き刺さる。だが悲しいことに地面に突き刺さった衝撃による影響なのか、はたまた対象が硬すぎたからか、パキッと脱皮殻とぶつかり合った箇所から綺麗に刀身が折れた。
折れた大剣を見た鎌瀬からは悲鳴が上がるが、全身を襲う痛みの悲鳴と混ざりどっちのものかわからない。だが、大剣が折れたのを見て叫ぶのは当たり前だ。
何故なら彼が先ほどまで振るっていた大剣は少し前に新しいダンジョンの階層に挑むために新調を決意し、頑張って貯金したけれど足りなかったために製作を行った工房へと掛け合い、ローンを組ませてもらったばかりだった。
結果、彼には折れた大剣の製作費という名のローンが数か月圧し掛かっていた。
更には今回の治療費も圧し掛かることになるのだが、気づいていない。
「へっ、ザマァねぇな鎌瀬よぉ! こういう地属性に特化した物なら、反対属性である強力な風魔法をぶち込めばいいんだよぉ!!」
蹲りすすり泣く鎌瀬を見下し嘲笑いながら、彼の相方であるはずの犬田は何時もよりも強力な魔法を放つべく、消費する魔力を多めにし通常よりも長い詠唱を唱える。
命の危険を伴うダンジョンであれば出来ないことだが、生憎とここは地上。それも探索者が大量に居る探索者ギルドだから完全に周囲を気にせずに巨大な魔法を打ち込むことができる。
そんな周囲の危険がないまま、詠唱を唱え終えると彼は杖を前に突き出す。
「さあ、これが俺の伝説の幕開けだよぉ! ――荒れ狂え、無数の風の刃! 【ハリケーンカッター】!!」
直後、突き出した犬田の杖の先に取り付けられた魔法の効果を上げるための触媒が光り、彼の目の前の地面から風が発生し、それがゆっくりと竜巻へと変化していき……脱皮殻目がけて一直線に突き進んでいく。
これは間違いなく砕かれて、周囲の冒険者たちは自分に驚きの視線を向けるに違いない。
砕かれた脱皮殻と周囲から一目置かれる存在となると確信する犬田。脱皮殻へと向かっていく竜巻を見ていた探索者たちから「おおっ!」という声が出ていくのだが……迎えた現実は違っていた。
「は? なっ!? ハ、【ハリケーンカッター】が弾かれてるだとぉ!? ば、ばかっ! 戻って来るな! こっちに来るn――ぬごぁぁぁぁぁぁっ!!」
放たれた竜巻が脱皮殻に命中した瞬間、脱皮殻を切り裂くべく風の刃が中心の脱皮殻目がけて風の刃を打ち込んでいく。しかし脱皮殻はひらひらと竜巻の中を舞い、風の刃を受け流していた。
そして風の刃を受け流すように何度か舞うように動いていたとき……、まるで薄いアルミの板がたわむようにまっすぐだった脱皮殻が波打ち始めた。
そして鎌瀬が打ちつけたときのようにグググッとたわみが限界まで達した瞬間、脱皮殻はバシンと弾かれるようにしてまっすぐの形に戻った。
すると、まるで今まで蓄えていた風のエネルギーを放出するかのように脱皮殻の周囲を荒れ狂っていた竜巻が、魔法を放った探索者である犬田の元へ戻るように動き出した。
一直線に向かってくる竜巻に気づいた犬田から驚きの声が漏れたが、日ごろの運動不足がたたったためかそれとも判断が遅かったからか、彼は竜巻に巻き込まれた。
しかし彼の装備が充実していたからか……はたまた竜巻から放たれていた風の刃を脱皮殻が取り去ってくれたからか、自身の生み出した竜巻に巻き込まれた犬田が切り刻まれることはなかった。
しかし、竜巻の上空からはひらひらと彼が身に着けていたローブの残骸が周囲に降り注いでおり。周囲に響く悲鳴にそれを見ていることしか出来ない他の探索者たちは恐怖する。
そして竜巻によって犬田の体は上空へと舞い上げられ、最終的にはスポンと空へと撃ち出されながら竜巻から追い出され、体を錐揉みさせながら頭から地面に突き刺さった。
このとき幸いだったのは、突き刺さった時点で犬田の体はライブ配信の画面外に出ているため画面には映っていないことだろう。なので全裸を世界中に晒すことはなかった。
……無かったのだが、画面外の彼には更なる不幸が待ち構えていた。
「おっふ!? ふぉーーーーっ!?」
「「「う、うわぁ……」」」
運が悪いことに竜巻に巻き込まれた杖の残骸が彼の尻へと突き刺さり、何とも言えない悲鳴が上がっていた。
それを見た者たちは当然のごとくドン引きし、ライブ配信には何とも言えないような声が流れた……。
彼らの挑戦を最後に、これ以上脱皮殻に挑戦する探索者はいなくなり脱皮殻割りのライブ配信は終了したのだった。
その後、挑戦を行ったものの失敗してしまった挑戦者たちの何名かは病院に運ばれ、回復魔法を使うも短期間の入院となったのだが、そこで食べた病院食として出された料理がとでんもなく美味しかったと言い、退院後の彼らには挑戦をした成果なのか見覚えのないスキルに目覚めていたという。
そして探索者ギルド本部の訓練場のある一部では性格が悪い探索者が大き目の壺を用意し、そこに薔薇の花を一輪挿すというよく分からない行動をするようになったという。
さらに言うと周囲から嫌われていた鎌瀬と犬田コンビなのだが、2人が纏う空気が異常さを見せるようになったためにさらに寄り付かなくなったという。……いったい何があったのかはわからないが、関わるべきではないのは確かだろう。
こうして、様々な被害をもたらしていたモンスターの素材は破壊者を求めるように探索者ギルド本部の訓練場の隅に鎮座されるのだった。
料理人はダンジョン内で日々料理を作る。(仮題) 清水裕 @Yutaka_Shimizu
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