第38話 配信回

 この日、探索者ギルドの公式チャンネルでひとつの動画が配信された。

 そこには最近、探索者のみならず日本中でいい意味でも悪い意味でも話題となってしまっている夏凪くみんという少女が映っていた。


『え、あ、は、始まってるんですか? えと、は、初めまして! 夏凪くみんですっ、よろしくお願いします!』


 何処かの畑と思われる場所を背景に、緊張している少女は画面越しに頭を下げて画面の向こうにいる動画を見てる視聴者へと挨拶する。

 そして視線の先にカンペが置かれているのであろうか、チラチラと視線をそちらに向けながら話し出す。


『えっと、今回は探索者ギル……ギルドの公式チャ……え、直接読んでも良いのですか? ありがとうございます。ちょっと小さくて読みづらくて……』


 チラチラとカンペを見ていた少女であるが、配信の手伝いをしているであろう相手から渡された紙を受けとり、改めてそれを読み始める。


『えっと今回は探索者ギルドの公式チャンネルをお借りして動画を投稿した理由ですが、この度とある方たちの協力で配信者となることを決めたからです。

 では、何故探索者ギルド公式チャンネルで動画を投稿したのかですが、アタシの目標をこの動画を見てくださっている皆さんに知ってもらいたいからです。

 協力者の方が言うには『登録者数が多いチャンネルで告知した方が大勢の人に知ってもらえる』らしいです。

 まず……アタシの目標は、アタシのことをイジメていた加害者と関係者に前に出てもらって謝罪をしてもらいたいんです。

 誰かがアタシをイジメていた加害者に報復を、こうなった原因を作った関係者たちを吊るしあげよう。それは違ってるとアタシは思っています』


 そう言うと少女は一旦言葉を区切り、自身が抱いている加害者たちを糾弾している者たちの心情を口にした。

 これは少女が抱いた考えかも知れないが、きっと少なからず糾弾する者たちが思っていることだろう。


『それって、アタシのためじゃなくて、ですよね?

 イジメの加害者を社会的に懲らしめた。――自分は満足だ。

 イジメを黙認していた教師たちを非難した。――自分は満足だ。

 イジメの加害者たちが叩かれたことを知った。――酷いことをしていたから自分たちの心はスカッとした。

 イジメを行っていた人たちと関係のない人たちがアタシが知らない所で満足しています。けど、アタシはどうなんですか?

 イジメられていたアタシ自身は? アタシ以外が満足していたとしても、アタシは満足していますか? していません。それだけは言えます。

 勝手に周囲が騒ぐだけ騒いで加害者たちの心が壊れたとしても、アタシ自身は救われてもいませんし、助けられてもいません。そもそもが助けられてもいません』


 辛い表情をしながら少女は語る。


『きっと、何もしなくても……しばらくすれば世間の情勢を操作するマスコミやアタシと関係のない人たちのお陰でイジメを行っていた人たちも、通っていた探索者学校の先生たちもほぼ全員が罰せられると思います。

 でも、そうなったらきっとアタシは立ち直ることなんて出来ません。心に暗い影を持ったままだからです。

 だから、アタシはアタシのけじめとして、自分の前に出て来てもらって心の底から『』してもらうんです』


 少女はそう言って言葉を締め、しばらく目を閉じたままその場で静止する。

 そして少し経ってから、ゆっくりと頭を下げた。


『以上で、探索者ギルド公式チャンネルをお借りして言いたかった言葉です。

 動画を見てくださり、ありがとうございました。


 以降はこちらの動画配信チャンネルで動画を配信をしていきたいので、どうぞよろしくお願いいたします!』


 下げた頭を上げ、動画に映る少女は微笑み……それを最後に動画は終了した。

 こうして、少女が上げた彼女の主張であったが、反応は様々であった。

 ある者は少女の言葉に自身の行動を考えなおさせ、またある者は自分たちが助けてやろうとしているのにあの態度はなんだと憤慨していた。

 そんな様々な感情を見ていた視聴者たちに植え付けたまま、少女の動画配信チャンネルと告知用として立ち上げられたSNSは始動する。


 ●


 探索者ギルド公式チャンネルに動画が上げられた日、少女――くみんの動画チャンネルのメールやSNSのDMへと暴言のみが書かれたものが何百何然と送られてきていた。

 いわゆるメール爆弾とも呼ばれているそれであるが、優秀なサポートハカセによってそれらを送ってきた者たちはあっさりと特定され、こうなることを予見して事前に契約していた弁護士を通じて酷いメールを投げつけた者たちへと名誉棄損の訴えが行われていたのだが……これから配信が始まると考えて緊張するくみんには関係のないことだった。


『それじゃあ、夏凪ちゃん。配信開始するで』

「ひゃ、ひゃい!」


 ドローン越しにハカセが文字を投影させて放送開始を知らせる。……と言いつつ、実は少し前から配信が始まっているのだがそれに気づいていないくみんは緊張とともに返事をする。

 そんな画面上に映るくみんの様子に配信サイトの視聴者たちはコメントを打ち込んでいく。

 しかしそんな配信コメントの多くには暴言が投げつけられているらしく、『かわいい』や『デッッッッ!』とかいうくみんの容姿を打ち込む中に{コメントを削除しました。}という文章が多く並ぶ。というよりも{コメントを削除しました。}の間に並ぶようにコメントが入っていると言ったほうが良いだろう。

 なお、数が数と判断していたので暴言や卑猥な文章と判断した時点でコメントを削除するようにAIによる設定が行われているため、彼女を非難するコメントは見かけない。

 ひと昔前までは一文字ずらしという、空白を開けつつ削除回避を行うという狡いというか悪質なテクニックもあったが、それらもAIは見逃さないので配信者に見られることなく削除されている。

 なのでそんなコメント欄の状況に気づかないままくみんは挨拶をする。


「こ、こんにちわ、夏凪、く、くみんでしゅ! 来てくださってありがとうごじゃいます!」

『慌てない慌てない。落ち着きぃ、深呼吸深呼吸』


 慌てるくみんへとドローンから投影される文字。その文字を見て、言われるがまま彼女はすうはあと息を吸って吐く。

 そうすると少し緊張が解れてきたのか、落ち着きはじめたようだった。


「えと、改めて……。来てくださってありがとうございます。

 このチャンネルではあたし、夏凪くみんの訓練の様子を配信していきたいと思っています。

 強くなっていくことが出来たら、ちゃんとしたダンジョンに潜りたいと思うのですが……まずはこちらのとあるモンスターの甲羅の脱皮した際に剥がれたものを破壊することが出来るまでは潜らないと思っています。

 ですので、現状はこれの破壊ととの訓練となっています。


 視聴者の皆さんにもおつきあいしてもらえたらと思っていますが……その、面白くなくてごめんなさい!」


 くみんも言ってることが面白味が感じられないということを理解しているようで、言葉にしていくにつれて……しまったっ!といった表情になり始めていた。

 ちなみに彼女の服装は訓練配信と明言しているように、真新しい体操服なのだが……そういう服装が好きな視聴者たちの受けは良かったりする。

 同時に彼女の口から出たという単語に反応した視聴者たちも居り、ドローン越しに文字が表示された。


『お母さん、挨拶を頼みます』

「初めまして、くみんの母である夏凪逢花だ。よろしく頼む」


 ドローンからの指示に従う形で配信内に映った逢花であるが、そのクールな見た目とくみんという娘を持っているというのに若い見た目にコメントには『ふつくしい……』や『圧倒的覇者のかほり……』とか『母娘ともどもデッッッッ!』というものが見られた。

 しかしそんなコメントには興味がないとでもいうように、逢花はチラリとコメントを見てから視線をくみんへと向ける。


「くみん、ついさっき言ったように訓練の時間だ」

「は、はい、お母さん! そ、それでは甲羅の脱皮……えっと、抜け殻?を割る修行を行いたいと思いますっ」


 逢花の言葉にビクッと反応しつつ、視聴者に分かりやすく今から行おうとしている訓練内容を説明しながら歩き出す。

 同時にドローンのカメラはくみんが割ろうとしているとあるモンスターの甲羅の抜け殻を視聴者に見せるべく先に移動をして耕された地面に置かれた甲羅の抜け殻を映す。

 すると、それまでは彼女の説明を聞いていて『見ているのがめんどくさい』とか『虚無の時間』とか『お情けで見ていたけど、次からは見ないだろうな』と思っていた視聴者たちの……探索者を生業としている者たちは驚いた。


『は? え、甲羅の……抜け殻?』

『この甲羅って見たところ亀系のモンスターの脱皮殻だよな? けど、この大きさってことは元々のモンスターのサイズって……』

『というか何だこの大きさは?! どう考えてもレイド級のモンスターだろ!?』

『あ、これ、探索者ギルド本部のチャレンジコーナーで見たやつだ!』

『探索者ギルド本部のチャレンジコーナーって……あ、あれか! 犬田と鎌瀬のチャレンジ動画か!!』

『なにそれ?』

『数日前に調子に乗ってた探索者の動画だよ! 〈やべーもんがギルド本部に置かれてた:リンク先〉』

「それでは始めます!」


 探索者の視聴者たちが驚いた反応をする中、くみんは気合を入れながら脱皮した甲羅の前に立つと形を取ると全力で殴り始めた。

 そして2時間の間、くみんはずっと甲羅の抜け殻をずっと殴り続け……視聴者たちはその様子を見続けているのだった。

 さらに、それが終わってから行われた母親による組手は視聴者を更に驚愕させた。

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