第37話
【くみん視点】
『さて、それじゃ始めよか? 夏凪ちゃん、気分はだいじょぶやな?』
「ひゃ、ひゃはいっ! だ、だいじょびですっ!!」
宙に浮かぶドローン越しに葉加瀬さんが訊ねてくるので、アタシは返事をしますが……変な感じになってしまいました。
けどそんなアタシの反応をバカにする様子はなく、ドローン越しからきた言葉は励まし。
『大丈夫や。この場所には夏凪ちゃんをバカにするもんは居ないし、配信のコメントの悪意があるやつは取っ払うから心配せんでええ』
「は、はい……」
配信。そう、配信です……。
心配するなと言われても、配信なんてしたこともないし・・・これまでは映るなとか言われて、入れてもらえなかったことしかありません。
ですが、どうして配信することになったのか……それは数日前にさかのぼります。
●
アタシがお母さんと再会して、翌日には地上に戻ることが出来てから数日が経ちました。
その間に探索者ギルドの偉い人たちと会ったり、探索者ギルドの偉い人が手配したテレビ局の人からインタビューを受けて……イジメのことを聞かれました。
イジメられていたことを思い出すと気持ち悪くなりますが、それを必死に堪えるのとテレビになんて出たことがないからビクビクしながらインタビューに答えた翌日には……テレビのニュース番組でこのインタビューを含んだものが流れていました。
「探索者ギルドのお偉いさんたちは自分たちの不祥事をどうにかしたかったみたいだね」
「あの肥え太った豚……、謝罪には来ていたが……やはり形だけであったな」
「生きてるとわかった途端にダンマリ決め込むとか、汚いなぁ」
木花さんが作った朝食を育心園の食堂で食べながらニュース番組を見ていると、アタシが通っていた探索者学校の校長たちがマスコミに詰め寄られながらも追い払う映像が映っていました。
その映像の後には『数日前までは関係者保護者を集めた説明会が開かれていました』と少し前に行われていたと思うものが映りますが、そこでは校長を始めとした探索者学校の教師たちが白い布が敷かれた長机越しに頭を下げていますが……変わりすぎだと思います。
他にもアタシを一番イジメていた子の家の前に各テレビ局の人たちが詰め寄っている映像も映っていますが、見ていて気持ちが良いものなんかじゃないですね……。
そんなアタシの様子に気づいたのか、木花さんが聞いてきます。
「夏な――くみんちゃん? 苦手なものでもあった?」
「えっ!? い、いえ、どれも美味しいです! でも……」
お母さんがいるからか、アタシのことを名前で呼ぶようになった木花さんに今の気持ちを口にすると、木花さんは静かに……時折頷き話を聞いてくれます。
そして、聞き終えてしばらくすると……頭を撫でてきました。
「木花さん……?」
「ほんと、くみんちゃんは良い子だよね。自分をイジメていた子だとしても可哀そうだって思ってるんだからさ。……でもね、くみんちゃんはここまでされたんだからさ、相手に向かって心の底から『ざまあみろ!』って思っておけばいいと思うよ」
「ざまあみろ……ですか?」
アタシの言っていることが変なのか分かりませんが、木花さん的にはアタシの考えは普通じゃないようでした。
そんなアタシに木花さんはある言葉を教えてくれましたが、その言葉は自然とアタシの胸の中にスッと入っていきました。
たったそれだけ。たったそれだけですが、アタシの心の中の声は変化しました。
『――さーん、ひとこと。一言だけで良いですからお願いします!』
マスコミの人たちが屯って、今か今かと出てくるのを待っているイジメっ子の自宅が映りました。――ざまあみろ。
『校長、前回の謝罪は表面上の物だったのですか!?』
『先生! 被害に遭っていた女子生徒へとセクハラをしたのは本当ですか!』
探索者学校の校長や担任がマイクを向けられ、カメラのフラッシュを浴びせられていました。――ざまあみろ。
『このように、SNS上では探索者学校の生徒だというだけで誹謗中傷を浴びる人たちや、今回の騒動に関係していたであろう人たちの実名が晒しあげられるということが続けられていると言います』
『ですが、状況によっては起訴される場合などもありますので注意が必要です』
ニュースでネット上でイジメを行っていた同級生や、イジメを黙認していた教師たちが叩かれていると言われていました。――ざまあみろ。
暗い考えだと分かっています。けど、その『ざまあみろ』という言葉は暗いモヤモヤとしていた感情を形にしてくれました。
だれも助けてくれなかったことへの怒り、だれも助けてくれなかった苦しみ、だれも助けてくれない嘆き、だれかがまたイジメてくるのではないかという恐怖、モヤモヤとしていた感情がそんな名前を形作り、心の中を苛みます。
そう考えると、自分はひとりきりなんだということが頭の中で理解し、大きな孤独を感じてしまいました……ですが、不意に誰かに体を寄せられ、抱きしめられました。
突然のことで驚きましたが、抱きしめられた胸元からは料理の匂いがして誰かわかりました。
「木花、さん……?」
「ごめん、くみんちゃんの気が晴れればって思っていったんだけど、何か悪いことしたみたいだね。くみんちゃん自身がどう思っているかとかちゃんと聞くべきだったのに……『ざまあみろ』って言葉だけで片付けたらいけないものだった」
「いえ、そんな……。木花さんが悪いわけじゃ……」
「くみんちゃんはさ、やっぱりいい子なんだって思う。だから、くみんちゃんは現状をどう思っているかが聞きたい。どうしたいかって心の中で思っているだけだと何も変わらないからさ」
アタシは、いい子じゃないと思います。
自己主張がぜんぜん出来なくて、頼りにならない。ダメダメな存在です。
けど、心で思ってるだけじゃダメだって、木花さんは言います。……言っても、良いのですか?
木花さんを見ます。……何を言っても否定しないことが分かる真剣な眼差しが、アタシを見ています。
だから、震える声で……アタシは言います。
「アタ、シは……この状況が、いや、です……。イジメていたあの人たちが嫌い、です。でも、そんな人たちが色々と言われているのもかわいそうだって、思います……」
「うん、じゃあ……くみんちゃんはどうしたい?」
「アタシ、は、謝って……ほしい、ですっ。悪いことをしたら、ごめんなさいってするのが当たり前だから、ごめんなさいって心から謝って欲しい、です……!」
ああそうだ。周りが『あの子をイジメていたあいつらが悪い。だから代わりに自分たちが制裁を加える!』とか『イジメられていたあの子のために自分たちが断罪する!』というのは何か違うんです。
言葉にすることで思っていた考えが、少しずつ形作られていく。
イジメられていたから、あの人たちは嫌い。けど、誰かにその結末を委ねるのはイヤです。
これはアタシがするべきことで、終わらすべきことだというのが分かります。
それが終わらない限り、この先アタシは進むことも戻ることも出来ない気がします。
「きっと、その人たちの大半は『何で謝らないといけない』とか『何様だ!』とか言って非難してくると思うよ? それでも良いの?」
「……はい。アタシは、前に進みたいから……覚悟のうえ、です」
「…………わかった。くみんちゃんの意志に従うよ。……でも、どうやってくみんちゃんの前にあいつら全員を出せば良いかなぁ? 普通のやり方だと前に出せたりしないよね?」
木花さんの言葉に一瞬ビクッと震えましたが、乗り越えるべき壁はあると聞いていたので木花さんの目を見て答えます。
アタシの言葉にすこし考えた木花さんでしたが、頷き手伝うことを了承してくれました。
けれどイジメを行っていた人たち全員をアタシの前に出す方法が見つからず困った声で呟きました。
……そうです。アタシも謝って欲しいって言ったけれど、どうやって機会を作ればいいでしょう。
「ま、そんなこったろうと思っとったわ。ココもまったく考えて無さそうやしな。……そこでや、夏凪ちゃん。ウチの提案に乗ってみん?」
「葉加瀬さん? 提案、ですか?」
木花さんとの会話に口出しをしていなかった葉加瀬さんですが、悩むアタシたちを見ながら言ってきました。
というか、提案ってなんですか?
「とりあえず、この提案は夏凪ちゃんを主体なんやけど……どちらかというと夏凪ちゃん母娘と言ったほうがええかも知れんな」
「……ふむ、我にも手伝えということか?」
「せや。母娘のスキンシップというか、夏凪ちゃんの修行風景の配信やな」
静かに食後のお茶を飲んでいたお母さんが訊ねると葉加瀬さんは頷き、行おうとしていることを口にしました。
……はい?
「あの、配信って……あの動画投稿サイトにアップするあの配信、ですか?」
「その配信や。とりあえずしばらくは誹謗中傷がくる中での黙々と修行してもらう予定やけど、ある程度したら実際にダンジョンに入ってもらおうと思っとる」
聞き違いじゃありませんでした。そして葉加瀬さんはやる気満々のようです。
でもアタシなんかが動画配信に出ても、色々酷いことを言われるだけじゃないのですか?
そんなアタシを他所に、お母さんが『修行』という言葉に反応して葉加瀬さんから色々と聞いています。
「久しぶりに会ったときにごっこ遊びのように板を叩いていると思っていたが、修行だったか。……面白い、我の技を教えるのも一興だ」
「ひぇ……」
にぃ、と初めて見るお母さんの凶悪な笑み。それに恐怖の声が漏れますが、どうやらアタシの行うことは決まってしまったようでした。
……木花さんをチラリと見ましたが、ちゃんとした指導がされることに安堵したような顔でした。
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