第36話

「いやいやいや、ちょっと待ってちょっと待って? え? ええ??」


 ファミリーレストラン『心根』――金儲け主義に走った前店主の息子に乗っ取られた古巣で、それが持っていた心はボクが受け継いだから未練なんてまったく無いけど……営業停止? しかもそれが起きたのは夏凪さんを拾った翌日?

 記事の見出しに戸惑いつつもニュース内容を読み始めるが……え、これ本気? 冗談じゃなくて? そんな感じに心から思ってしまいたくなるような内容だった。


「何で傷んでたり腐ってたりした野菜を平然と料理に出したわけ? しかも、豚肉も生焼けだったから……食べたら食中毒になるに決まってるよね? というかなるべくしてなった内容なんだけど?」

『やろうな。これまではココが『心根』を大事に思っとったから、『心根』が持っていた野菜畑の野菜もココの恩恵を受けてすくすく成長しとったのになあ』

「あー……、そういえばそうだったね。当たり前すぎて忘れてたよ」


 育心園の畑の野菜も、これまでの『心根』の畑の野菜もボクが持っている地竜の影響で成長してたんだった。

 しかも影響を受けて成長した野菜の生育速度は通常の物よりはるかに早い上に、虫による食害や病気の影響も受け難かったりするし、ダンジョンへと栄養が吸い出されることがない。それどころか野菜を食べた人の体力なども少なからず回復させる効果があった。

 簡単に言うと、ボクの影響を受けた野菜は地上産のダンジョン野菜モドキといった感じとなっていた。

 けど、そんなスーパー野菜に育つのはボクが大事だと思っている場所――いわゆるホームや居場所と思っている場所だけに作用するようで、ホームである育心園は当たり前のことだった。

 そして『心根』も前店主のことが好きだったし、『心根』という場所がボクを成長させてくれていたから大好きだった。

 だから『心根』が所有する畑にもボクの影響は作用していた。だけど、色々と吹っ切れたためにその思い入れはまったく無くなった。

 そのため、『心根』の畑は他の地域で育てられている野菜と同じようになってしまい、スーパー野菜が育つことは無くなった。つまりは美味しい野菜が欲しいなら土壌管理などもしっかりして手間暇をかけて育てなければいけないということだ。


「まあ、それを知ってるかって聞かれたら、前店主夫妻はハカセから説明を聞いていたから判ってるだろうけど……あの人たちは知るわけが無いか」

『やろうな。で、少し前にあの馬鹿どもが「こうなったのはお前が原因に決まっている! 姿を見せろ!!」とか入り口まで来て騒いどったわ』

「……マジ?」

『おおまじ。ま、しばらく騒いでて五月蠅かったみたいで、夏凪ちゃんのお母さんが出て追い返してくれたけどな。あ、夏凪ちゃんのお母さんはあいつらを殴りつけるとかはしとらんで。ただ騒げばこうなるぞって驚かすために木の棒をへし折ったぐらいや』


 ハカセはそう言いながら育心園正門前の出来事を撮影した監視カメラの映像をドローンの映像投影に表示させた。

 うわ、あの親子が正門をガンガン叩いて騒いでるのが映ってる。けど音声が無い。

 多分だけどハカセが気を利かせて無音にしてくれているんだと思う。それほど酷い罵声が飛んでいたんだね。

 あ、店主が正門に手をつけて、その背中にバカ息子が乗って無理矢理乗り越えて突破しようとし始めてる……けど、防犯システムが作動したみたいで慌てたように店主が門から手を放した。そして突然のことだったみたいで店主の上に乗っていたバカ息子がその上に落ちた。


「防犯システムが起動したら、少しして電流を流すってアナウンスしてるのにね」

『ハッタリと思ったらしいで。というか、あいつらウチらのことをかなりなめとったからなぁ……』

「あー……孤児の分際でとか、俺たちを誰だと思っているとかってやつ?」

『せやせや。お前らの何が偉いんやっちゅうに』


 何というか言われた覚えがあるセリフに苦笑しつつプリプリ怒るハカセの言葉に苦笑。

 本当、あの人たちの血を受け継いでるのかって不安になってしまうぐらいにヤバイ人たちだよねこの人たち……。

 心からそう思っていると電流で痺れた体が回復したのか、ビクビクしながら正門に警戒し離れた位置から何か叫んでいるのが映る。

 あー、本当この人たちって小物臭が半端ないんだよね……。偉そうなくせして。

 とか思っていると正門が開いて、誰かが出てきた。

 出てきた誰かはハカセでも流さんでもない、多分だけど夏凪さんのお母さんである夏凪逢花さんだと思う。

 少し前から育心園に来てたみたいだ。

 そう思ってたとき、背後から声がした。


「ああ、このときのことか。我の体を舐めまわすように見ていたのが不快だった」

「っ!? も、もう出て来たんだ……」


 ビクッとしながら後ろを見ると、ボクの背中に回るほど近い距離まで映像に映っていた人物が近づいており……そこから離れた辺りに夏凪さんが不安そうに立っていた。


「深く沈みすぎて出るのが遅れたが、改めて――我は夏凪逢花。【鬼】と成った者だ」

「あ、ご丁寧にどうも。木花心菜です。……なつな――くみんさんと数日寝食を共にしています」

「それは葉加瀬より聞いている。世話になったな」


 淡々と話す夏凪さんのお母さんの逢花さんに挨拶をするけれど、【鬼】となっていると言ってる時点で人間ではないことが理解できた。

 というか、背後に回っていたのに気配がしなかった。……多分だけど、この人って大型のモンスターよりも人か人型のモンスターと戦い慣れていると思う。

 しかも格闘系の能力がかなり高い……?

 だからボクがこの人と万が一にも戦う羽目になったら、奇襲しても勝てないと思うな……。


「ま、戦うことがないことを祈りたいけど」

「何を考えているのかは理解しているつもりだから言うが、我に害をなそうとしたときは敵対すると考えたほうが良いぞ」

「あー、うん。わかってるつもりだよ。というか、元職場の人が迷惑をかけたね……」

「気にするな。すでに関係が無いのは聞いているが、あれは中々にしつこいと感じた。話は聞かない、自分のことしか考えていない。そんな者たちだ」


 映像に映る逢花さんに声をかけているバカ息子と店主。

 一方で逢花さん正門前には立っているけれど、手には薪用の丸太が握られている。

 斧や鉈で細かく割る前の中年男性の腹回りほどある丸太が、片手で握られていた。

 少し話を聞いているようで頷いている逢花さんだったが、徐に持っていた丸太を胸元辺りまで持ち上げるともう片方の手を反対側に宛がい……まるで万力で締め付けるように丸太を握りつぶしていた。

 それを見たであろう店主親子は悲鳴を上げたようで、あとは逃げるようにその場から去っていった。去っていく店主親子を見届け、少しすると逢花さんが敷地内に戻っていき……映像は終了した。


「えっと、このときは何を言ってた?」

「覚える気はないが、『愛人にならんか』とか肉体関係を迫るようなことを言っていた。……生憎と我の体は下卑た者に好き勝手されるようになっていないのでな、ふざけたことを言ったらこうすると言って薪用の丸太を潰させてもらった」

「それで良いと思うよ。……ま、しばらくは対応に追われるだろうから、ここに手出しなんて出せないでしょ」


 きっと叫んで逃げる際に「ば、ばけものーーっ!」とか「こ、殺される! 助けてくれーーっ!」とか言ってたんだろうけど、あの親子にはいい気味だって思う。

 ちょっと酷いって思うけど、スカッとした。


『とりあえず、あとは……ココ、ウチ、夏凪ちゃん母娘とギルドマスターが直接会いたいって連絡が来とったな』

「そうなの? ボクは別に良いけど……あ、今更地上での料理人の資格を戻すように依頼するから地上に縛り付けるっていうのは無しで!」

『わかっとる。そこんとこはしっかり言い含めとるつもりや。それで夏凪ちゃんとこはどないや?』

「探索者ギルドには言いたいことがあるが、言い分ぐらいは聞いてやろうと思う」

「……探索者には、嫌な思い出しかありません。それに……他の人に会うのが、怖い……です」


 ドローンのカメラの視点がボクの背後の夏凪さん母娘に移るけど、逢花さんは淡々と返事をしたけれど……夏凪さんは暗い表情をしながら答えた。

 あー、うん、まあ、そうだよね……。

 殺されそうになった上に、イジメられてたっていうことだから人が怖いのは当たり前だろう。


「夏凪さん、無理しなくても良いと思うよ?」

「木花さん……、いえ、アタシも……参加、します」


 ボクの言葉に夏凪さんはこっちを見て、一瞬悩んだみたいだけど……何かを決意したように返事した。

 けれど彼女の手は怖いからか震えているのが見えた……。

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