最終話




「あまり気が進まないな……」

 物憂げな表情で口を開いた。

「どういうことなのか説明して下さいよ」りんは追求した。

「ますます気が進まないな」博士は言った。

「博士……今も沢山の人たちが亡くなっています」

 みかは言った。

「亡くなってないよ」

 博士は言った。

「え?」

「亡くなってない、誰も死んではいないよ」

 りんは自身の端末を操りニュースサイトへアクセスした。死者は最初の報道の十倍まで膨れ上がっていた。

「りん君が今アクセスしているその記事はダミーだよ」

 それを聞き、りんは再び画面を見た。それはいつも自分が使っているアプリサイトだった。その筈だ。

「いやそんなことないですよ……やだなあ」

 注意深く画面の中を凝視した。んん? みかも隣りから覗き込んできた。

「あ本当だ……これ、偽物だよ」

 りんはまだ半信半疑だった。

「ええ? 嘘だろ」だが言われてみれば確かに何かがおかしい気がする。

「え、偽物? じゃあ、もしかして、これを作成したのは……」

 博士はこくんと頷いた。

「わたしだ」

 テロ行為なんて最初から起こらなかった、と述べた。

「正確にはきみたち三人の生活圏の中でしか起こらなかった、と言うべきかな」

 呆然と三人娘は佇んだ。

 最初に口を開いたのはりんだった。

「わたしが、最初に、この爆破テロを知ったのは地元のラーメン屋のテレビでだった」

 緊急速報が流れた。その中でりんやみかが建設に携わった建物が瓦解したと報じられた。

「店主はアンドロイドだったろ?」博士は事もなく言った。

「冗談はやめて下さいよ」

「りん君。きみは一体、何年わたしと一緒に仕事をして来たんだね?」

 あり得なくはない。

 りんは思った。そして徐々に状況を察し始めた。黙る回数が増え、博士の言っていることを頭の中で整理していた。

 みかは殆ど何もわからなかった。

「あのう……それでは、先程の博士の元同僚さんというのは?」

 りんは俯き「くくくっ」と小声で笑って言った。

「いや、あいつは本気でテロを起こそうとしていた、本気で起こしたと思い込んでいた、そうですよね博士?」

 博士も笑って頷いた。

「さすがはりんちゃん、聡明だねえ」直後りんによってぶん殴られていた。みかとななはびっくりした。

「りりり、りんちゃん?」みかは困惑し言った。

「いーのっ」

 りんは冷静に言った。博士の身体は重心が乱れ、大きくよろけた。

「今回のこの一連の騒動は全部こいつの仕業なんだから」

「いてて」と博士は殴られた頬を撫でさすった。

「いやあ、はっはっ、機械を背負ったなな君じゃなくて良かったなあ」

 状況が全く飲み込めないみか。

「一体どういうことなんですか?」

 りんは口元に笑みを浮かべたまま言った。

「さっきのさ、博士の元同僚、なんて奴は最初からいなかったのさ。全部こいつのでっち上げ。いや……あいつ本人は思い込んでいたんだろう、自分は人工知能の基礎理論を確立した天才科学者なのだと」

 こいつの影さ、人工知能はあいつ自身だ、とりんは述べた。

「んえええええっ」

 みかとななは絶叫した。

「いやあそこまでバレたかあ。りんちゃんを巻き込んだのはもしかしたら失敗だったかもしれないな」

 今度は反対の頬をぶっ飛ばされた。

「これはみかの分です、友達を失ったみかのね。みか暴力、苦手なんで」

 この施設でみかが出会ったともだち。ミッシー。それは博士の作り上げた少し高等なプログラムでしかなかったのだ。

「……もういいよ、りんちゃん」

 みかは言った。

「いや、ほんと、なな君じゃなくて良かったなあ」博士は言った。

 さすがに二発は効いた。

「ななもやった方が良いのか?」ジャキンッ。

 いや死ぬからまじでやめて、やめて下さいと早口で博士は言った。

「すまなかったな……悪気は無かったんだ。本当さ」

「なんでこんな真似を?」

 りんは呆れて溜息をついた。

「つーか、あの元同僚ってのは一体、何なんですか?」

 博士は頷き言った。

「彼はね、わたしが人工知能の基礎理論を打ち建てた時に作成した模造人格なんだ。開発段階でこれから作り上げるものがやがてわたし自身にも危害を及ぼす可能性があると気付いていたからね」

 煙草を取り出し、火を点けた。

「自分が開発したことになると、色々と面倒だったんだ。そこで彼にその役目を担ってもらうことにした。人工知能の研究データ採取の意味合いも兼ねて一石二鳥さ。政府や主要機関の連中には『人工知能は彼の功績によるものだ』と伝えてある」

「なんのためにこんなことをしたのですか?」

 みかは困り果てて尋ねた。

「みか君……まだわからないかい? 人工知能は既にわたしたち人間の生活になくてはならないものへと昇華された。もう後戻りは出来ない、けしてね。一度、普及してしまったものを無かったことには出来ないんだ。そいつの孕む危険性についてはおざなりなままだとしてもね……多少、荒っぽいとは思ったが、皆に注意喚起させる必要があると考えたんだよ」

「考えたんだよって……」

 りんは言った。

「わたしたち三人にそんなことしたって」そこまで言いりんは「まさか」と黙った。博士は不敵な表情を見せ笑った。

「そうだね。もちろんきみたち三人にそんなことをしたって世の中、何も変わりはしないさ。だが上手くいった。あとは適応範囲を拡大するだけさ」

 実験をしてから本番へ臨むのは当然だろ? と博士は言った。りんは思った。やっぱこいつやばすぎる。

 みかはまあいつも通りの博士だと安心した。

 ななは一緒になって博士の隣りで高笑いしていた。

 施設を去る前、ななによって吹っ飛ばされた壁をりんは指差した。

「……これ、大丈夫なんですか? 実害でダミーじゃないですよね」

「大丈夫じゃあないよ」

 それが誤算だった、と博士は述べた。

 まさかなな君が問答無用で話も聞かずにぶち壊すとは思わなかったらしい。何年、一緒に仕事をしていても相手の計り知れない部分はある。

「辻褄を合わせるのに一苦労だ。だが金で解決、出来る問題なんて所詮、問題の域じゃない」

 気にしなくても良い、とななに声を掛けた「えなにがあ?」そもそも気にしてなかった。

 博士はりんとななの二人を「先に車へ」と促した。隣りを歩くみかに声を掛けた。

「悪かったね、みか君」

 謝罪した。

「きみの心を傷付けるつもりは無かったんだ」

 みかはここで交わしたミッシーとのやり取りを思い出していた。

「メルトライン……機械と人間との相互作用……アニメみたいだなって彼女に言われました」

「わたしも小さい頃、アニメが好きだったんだよ」

 博士は笑った。そして出口の方を指差した。そこには一体のアンドロイド、それとも人間だろうか? 佇んでいた。みかが呆然としていると彼女の方から駆け寄って来てみかを抱き寄せた。

「……ミッシー?」

「みかっ」

 博士はまだ入口にいたりんとななを表へと連れ出した。ボロい軽自動車は陽射しをいっぱいに浴び保温完了しましたと主張していた。季節は初夏だった。

 りんが言った。

「博士、ここに来る道中、色々と犯罪しちゃいましたけど大丈夫なんですか?」

「まあ何とでもなるだろ」笑って博士は言った。

 この男がそう言うならそうなのだろう。

 みかとミッシーの二人もやって来た。そこでパトカーのサイレンが鳴り響いた。何台も連なってやって来た。

「あいつらきっと『お前たちは包囲されている』って言うぞ」

 博士は悪戯っぽく笑った。

 直後、パトカーからスピーカーの音ががなり立てた。

「お前たちは完全に包囲されている!」

 みんなで笑った。

「一人、増えたからな。わたしはあれに乗ることにするよ」

 そう言い手錠を掛けられ、パトカーの後部座席へと自ら乗り込んで行った。運転手はアンドロイドのように見えた。



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ヘヴィーメタルガール 雨矢健太郎 @tkmdajgtma

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