第12話
博士の元同僚。
人工知能に於ける革新的な進歩をもたらした時の偉人。
だが今現在は姿を消している。
本人はそのような世間の名声には興味が無いと言わんばかり。
「ちょっと……煙草を吸わせてくれ」
博士はそう言うと女子たちから離れ、窓際で片肘をつき一服した。
「あいつは昔からああいう奴だ、放っておけ」
そいつは言った。
犯罪者……それも超特級のテロリストだ。
りんは自身の端末を操作し、なんとか外部へ状況を伝えようと試みた「無駄だよ」
歪んだ音声だけのそいつが言った。まるでこちらの挙動が全てわかっているようだった。
「きみたちのいる位置、それぞれの表情、話す言葉、全てこちらへ筒抜けだ。ここは元々『そういう目的』で運用されている施設だからね」
すぱあー。博士はみかたちから離れ、ようやく思うがままに煙草を謳歌している。
「『あいつ』をただ隔離しておきたかっただけさ。今回の計画で邪魔になる者がいるとしたら、共に研究開発をしていたあいつを差し置いて他ならない」
りんが机の上に立て掛けたスピーカーモードの端末に向かって話し掛けた。
「お前は……お前の目的は一体なんなんだ?」
爆破テロ。
そして更なる標的を求め今現在もそれは進行している。
副都心線、主要駅。
新電波塔、最上階、スカイラウンジ。
新国立競技場。
それらの凄惨な画像がりんの目に飛び込んで来た。思わず表情が引きつった。新国立競技場では確かサッカーの国際親善試合が行われていた筈だ。
狂っている。
ただの無差別大量殺人だ。そこには理念なんて何も無い。ただ科学者が、自らの弄べる対象を破壊して悦に浸っているだけ。
ちらりと博士の方を見る。相変わらず窓際でぼんやりと外の景色を眺めているようだった。
落ち着け。
目の前にはいないが、確実にわたしたちは今この男を捉えている。何か策がある筈だ。会話を長引かせないと。
「博士から聞いたよ……お前、自分の作った人口知能が嫌になったんだってな」
姿形の見えないそいつは言った。
「そうだな。きっときみたちのような小娘にはわからないだろう。先程、きみはわたしに目的を尋ねたね。目的はなんだ? と。だがそれは大した問題ではない」
更に続けた。
「もちろん最初の段階では目的があった。成すべき到達点というやつがね。だが一旦、歯車が回り始めてしまえばそんなものは所詮ただの飾りでしかない。今となってみればこの一連の出来事は既にわたしの手からも離れている」
「……どうして」
今度はみかが尋ねた。
「どうして、わたしと、ミッシーを、ここで会わせたんですか?」
「ミッシー? 34726380‐Rのことか?」
博士の元同僚は淡々と言った。
「もちろんその後ろの方でぼんやりと突っ立って煙草を吸っている男をここへ連れて来るためだ。餌だよ。思った通り見事に食い付いてくれた……なあ?」
最後に一際、大きな声で博士に話し掛けたようだった。だが博士は背中を向け反応を示さなかった。
「つまり、どーいうことなの?」
ななが尋ねた。
「きみたちはあれだな、質問をしてばかりだな。そんなことばかりしているといつか誰かに利用され、搾取され終わる人生だぞ」
テロリストが説教? 笑わせる。そこで煙草を吸い終わった博士がすたすたとこちらへ近付いて来た。無表情だった。
「……もういいかな?」
そして端末の通話を切ろうとした。りんが慌ててそれを制止しようとする。落ち着いた動作でりんのその手を元の場所へと戻した。端末は言った。
「いいのか? ここでわたしを止められなければ今後も被害は拡大するぞ? お前にその責任がとれるのか?」
博士はゆっくりと首を左右に振った。
「いやもう充分なんだ、ありがとう」そう言って本当に通話を切ってしまった。つーつーつー。
りんとみかとななの三人は呆然とそれを見ていた。
「博士……あいつ捕まえないと」
りんが声を振り絞るよう言った。
「いや、その必要はない」
博士は断言した。この男も……グルなのか? りんの中で怒りと猜疑心が沸々と博士へと向けられた。
「次々と標的が爆破されています」
みかが泣きそうな声で自身の端末を覗き込み言った。
「そうだな」
どうでもいいというような態度だった。
博士は自身の胸元から再び煙草を取り出そうとした。りんがぶち切れた。それをみかとななが必死になって抑えた。
博士は溜息をつき言った。「もう終わったんだよ」
「何が?」りんは食って掛かった。「貴様、許さないぞっ、このままここで手をこまねいてるつもりか?」
「勘違いするな。終わったのはわたしたちの成すべきことではない。今回の一連の事件そのものが終わりを告げたってことさ」
博士はようやく自らの言葉で語り始めた。
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