⑤言わないでくれ

「本当に……良いんだね?」

 あいつが確認する。

 俺はゆっくりと頷いた。

 あいつはそれを見るなり、挨拶もなしに部屋を出て行った。

 ……本当に……良かったのだろうか?

 不意にそんな疑問が頭をよぎる。

「ちょっと待ってくれ! やっぱり聞く……!?」

 病室を飛び出して廊下に出たが、どこにもあいつの姿は無かった。

 ……消えた?

 一瞬、そんな非現実的な考えが頭をよぎる。

 病室に戻ると、彼女が笑いながら言った。

「聞けば……良かったのに。聞けば……運命が分かったのに」

 彼女はさっきよりも明らかに病的に見えた。


 それから2ヵ月後、俺は家から一歩も出なくなった。

 何かもう、疲れてしまったのだ。見えない恐怖に常に付きまとわれているような気がして。

 病院で精密検査も受けた……結果は健康だと言われた。

 しかし、それでも何かが俺の体を蝕み続ける。

 何か……埋め込まれた魂の残滓……呪い? いや……何だろう?

 良く分からない。

 彼女の方は幸い……慢性化することなく無事退院したそうだ。運が良かったらしい。

 もっとも、俺は……

 あの日から何かが狂い始めた。

 あいつにもう一度会って聞けば良いだけなのに、それができない。

 聞きたいのに、聞くことができない。連絡も取れる、電話でもメールでも。

 だが、もう聞くことはできない。

 夜な夜なあの影たちの声が聞こえるような気がするのだ……外からではなく体の内側から。

 そんなに日が毎日続いて……眠ろうとする度にそんな声が聞こえる気がして……まともに眠ったことはあれから一度も無い。

 そしてとうとう、思い切ってあいつを家に呼び出したのだが……。

 ぴちゃ……ぴちゃ……

 赤い水溜りが足を動かすたびに不快な音を立てる。

 もう……絶対にその答えを聞くことはできない。

 あいつは息をせずに目の前に横たわっている。

 もう、答えは無い。


 ――なぜ、刺した?


 分からなかった。確かに俺はこいつに答えを求めた。

 それなのに、答えを言おうとした瞬間に、俺は台所の包丁でこいつを刺してしまった。

 なぜ、そんなものを持っていた!? 包丁なんて……

 分からない。

 なぜ!? ……分からない。

 なぜ!? ……分からない。

 なぜ!? ……分からない。

 なぜ!? ……分からない。

なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?なぜ!?…………なぜ!?……あぁ……あああああああああああああぁ!!!!!


<友達には気を付けて。でないと死んじゃうよ>


 END B 責任転嫁せきにんてんか

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虚×現 異端者 @itansya

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