いちだ

藤泉都理

いちだ




 少し長く眠りすぎたようだった。


 執務室で椅子に座ってほんの少しだけ仮眠を取ろうとしていたのだが、本格的に寝入ってしまったようだ。

 何故起こしてくれなかったのか。

 つい周囲に目を向けて探そうとしたところで、はたと気づく。

 そうだ、あいつは元の世界に帰ってしまったのだった。


 お互いに孤独な者同士。

 傷の舐め合いというのか。


 どちらが勝っているのか。

 闘いに闘いと明け暮れて、どんどん増しては広がる肉体の傷とは裏腹に、少しずつ、少しずつ、塞がって行く心の傷。


 求められて手にした力は、いつしか、周囲の者すら恐れて、遠ざけるだけのものになってしまっていたのだが、あいつと出会ってから、この力があってよかったと思い直した。


 例えば周囲の者に畏怖を与えるだけの力であったとしてももう、構わない。

 確かにこの力は、周囲の者を守っているのだから。

 さらに。

 この力があったからこそ、あいつと、あいつの拳を受け止められたのだから。

 この力を手にして、手にする為に血が噴き出す努力を重ねてよかったのだ。











 帰る。

 あいつは唐突に言った。

 帰るよ、俺、元の世界に。


「おまえと何百回も拳を突き合せたら、なんか、すっきりした。か」


 あいつは言った。

 魔王である私に、ヤンキー(よくはわからないが、あいつの世界では最恐の存在らしい)であるあいつは、言ったのだ。


「ありがとよ、おまえのおかげで、俺は、」


 控えめに叩かれた扉の音に、思考を魔王としての職務へと急転回させる。

 周囲の者を守る為。

 そして、

 あいつにクソダセエと笑われない為にも。


「入れ」


 最強最悪と畏怖される魔王であり続けるのだ。











(2024.5.6)



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いちだ 藤泉都理 @fujitori

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