20 ふたりは永遠に

「ぐっ……ぎぎぎぎぎっ……!」


 火花が散るほどの歯ぎしりをするアグニファイ。

 燃える瞳が揺れるほどに逡巡したあと、きつく瞼を閉じる。


「お前が燃え尽きる場所は、ただひとつ……! 俺様の腕の中だけだ……!」


 カッと見開いたその瞳からは、灼熱が消え去っていた。

 そして、決然とした表情で一言。


「皆の者、撃ち方やめっ!」


 それまでアグニファイが指揮していた魔術師たちは軍隊のように統制が取れていた。

 しかしこの命令には異論が噴出する。


「そんな、アグニファイ様!? まさか、あきらめるつもりですか!?」


「剣士に黄金の焼きそばパンを取られるなんて、あってはならないことです!」


「この学園の……いいえ、魔術師の歴史の汚点となってしまいますよ! メギドルシア様も、きっと……!」


 【メギドルシア】というワードが出た途端、アグニファイの瞳が爆発した。


「否ぁぁぁぁぁーーーーーーっ!! 父上はもはや、関係ないっ! 俺様の父親は、ポーラスター様となったのだ! 魔術師の歴史すらも、俺様にとっては太陽の前の塵芥ちりあくたにすぎん!」


 竜の咆哮を思わせるほどの一喝に、購買部にいた者たちはみな直立不動となる。


「ポーラスター様の血を受け継ぐ、この俺様の名において命じる! そこにいるのは、俺様の妻となる女! よって何人たりとも、指一本触れることを許さん! わかったかぁーーーーーーっ!!」


 有無を言わせぬその迫力に、配下の魔術師たちだけでなく、剣士や盗賊たちまで「は……はいっ!」と返事。

 購買部の入口からすごすごと退散していく。


 アグニファイは人知れず、腸を自ら断ったような表情を浮かべていた。

 なんでも思い通りにしてきた彼にとっては、この決断はかなりの苦渋の選択だったんじゃないかと思う。


 これもピュアリスを想ってのことだったんだろうけど、当人には特に響いてなかったみたいだった。

 ダイヤモンド・シールドを解除したピュアリスは、僕のほうへとまっしぐら。


「ご無事ですかっ!?」


「僕はなんともないよ。それよりも、はいこれ」


 焼きそばパンを包み紙ごと差し出すと、ピュアリスは目を丸くしていた。


「えっ? そんな、いただけません!」


「受け取ってよ、キミにあげるつもりで参加したんだから。それにキミがいなかったら、僕の髪は焼きそばパンみたいにチリチリになってたよ」


 僕の軽口にピュアリスはキョトンとしていたが、少し考えて意味が分かったのか手で口を押さえてクスクス笑い出した。


「うふふっ、焼きそばみたいな髪型のペヴルさんも、きっと素敵だと思います」


「そうかなぁ? まぁ、受け取ってよ」


 するとピュアリスは急にうつむいてしまった。

 ピュアリスは普段はおしとやかで楚々とした感じなのに、僕と話してるときは表情がくるくる変わる。

 さっきまで楽しそうだったのに、いまはもじもじしていた。


「あ……あの……それでしたら……。は……はんぶんこ……というのは、いかがでしょう、か……?」


 チラッと僕を見る。

 おねだりする子供みたいな上目で、しかも頬はほんのり染まっていたので、僕はちょっとドキッとしてしまった。


 はんぶんこするだけなのに、なんでこんな告白みたいな雰囲気を出すんだろう。

 なんて思っていたら、彼女はパーにした両手をパタパタ左右に振ってうろたえだした。

 とうとう耳まで真っ赤になっている。


「あっ、お……お嫌ならいいんです! へ、変なことを言ってしまって、すみませんっ……! ちょ、ちょっと、大きいかなと思いましたので……!」


「嫌じゃないよ。じゃ、はんぶんこしよっか」


 僕は手でちぎって半分こ……にしようと思ってたんだけど、焼きそばパンには真ん中に切れ目が入っていて二等分されていた。

 ちょうどいいやと思い、その片方を差し出す。


「じゃあ、せーので食べよっか」


「は……はいっ!」


 まわりには誰もいない。僕の視界には彼女だけがいる。

 彼女の視界には僕だけが映っていて、まるでふたりだけの世界にいるみたいだった。


「「……せーの!」」


 僕は片手で焼きそばパンを、ピュアリスは両手で持った焼きそばパンを同時に口に運ぶ。

「い……否っ!」と聞き覚えのある声が遠くからした。


「やめろっ! 黄金の焼きそばパンをふたりで分けると、その絆は永遠のものとなるのだ! 魔術師と剣士が結ばれるなど、絶対に否であって……!」


 たとえすぐ隣で本物のドラゴンが吠えていたとしても、いまの僕らは誰にも止められなかっただろう。

 かまわず焼きそばパンにかぶりついた、次の瞬間、


「「お……おいしいぃぃぃぃぃぃ~~~~~っ!!」」


 ふたり同時に顔をほころばせていた。


 でも僕は思ってもいなかった。

 まさか焼きそばパンをはんぶんこしただけなのに、こんなことになるなんて。


「け……剣士が黄金の焼きそばパンを手にするだけでも、この学園始まって以来の異常事態なのに……!」


「まさか、極星の巫女と分け合うだと……!? 有史以来の大事件じゃないか……!」


「と……特ダネだっ! 特ダネだぁーーーーっ! これは学級新聞どころじゃない、街の新聞社……いや、王国の重大発表クラスの特ダネだぁぁぁぁーーーーっ!!」


 いつの間にか食堂じゅうの生徒が集まってくるほどの大騒動に発展。

 焼きそばパン争奪戦を取り仕切っていた購買部のお姉さんたちは、エプロンの肩紐がずれてしまうくらい呆然とした表情で僕らを見ていた。


「いいなぁ……わたしも、彼氏ほしい……」


「っていうか……まだお金、払ってもらってないんですけど……」


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最弱剣士の極小魔術 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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