19 ダイヤモンド・ハート

 僕が選んだ作戦は、盗賊たちと同じくスタートダッシュでかっさらう。

 他の生徒たちはチームを組んで役割分担をして臨んでいるようだったので、ひとりの僕がまともにやっても勝てっこないと思ったからだ。


 そして盗賊たちとかけっこしたところで本職にかなうはずもないので、例によってやった。

 靴の裏にいくつもの穿孔をつくり、そこから青魔術で空気を放出させて加速するという【極小魔術ナノマギア】を。


 ぶっつけ本番だったので加減がわからず、瞬きの間に200メートルをひとっ飛びしてしまった。


 ちょっと……やりすぎちゃったかな……?


 トップ集団であるはずの盗賊たちですら、スタート地点から5メートルも進んでいない。

 自信満々で走り出したらもう終わっていたので、彫像みたいに固まって目をパチクリさせている。


「はっ……速い……!? なんだ、あの速さは……!?」


「う……うそだろ……? ゆ……夢でも見てるのか……?」


「な……なんなんだ、アレ……? なんなんだ、アイツ……?」


 僕はアグニファイを見習って、大きな態度ごまかした。


「ぼ……僕は剣士科のペヴルだ! そしてさっきのは僕の体技、【ドラゴンフライ・ダッシュ】だ! さぁ、ゴールに帰る僕を止めてみろ!」


 まだチャンスがあることをほのめかすと、みんなはすぐに戦闘体制に戻った。

 しかし背後から「どけっ!」と一喝され、戦士も盗賊も海が割れるように左右に分かれる。


 そこには、魔術師たちがずらりと並んでいた。

 彼らはスタート地点から一歩も動かず、発射体制の整った攻撃魔術を浮かべている。


 まるで、鉄砲隊のように……!


「小さな石ころ剣士よ、貴様に教えてやろう……! この【黄金の焼きそばパン争奪戦】において、魔術師以外の職業が勝利したことはない……! 過去に一度たりとも、な……!」


 その隊長は、騎馬にまたがるアグニファイ。

 入学式の再来とばかりに、他の誰よりも大きい火の玉を掲げていた。


「そうやって手にしたところで、ゴール地点で魔術師にハチの巣にされ、奪われる……! それは絶対不変の、宇宙の法則……! ポーラスター様が、万物の父であるのと同じなのだ……!」


 その名前を出されたんじゃ、僕も引っ込むわけにはいかないな。


「そうなんだ。なら、僕も教えてあげるよ」


 僕は手の中にあった焼きそばパンをスピンさせたあと、構えを取りながら言った。


「小さな石ころでも、波紋を起こせるってことを……!」


 しかし正直なところ、これだけ多くの魔術をかわすのは不可能に近い。

 明らかに魔術めいたことをしていいなら、なんとかなるかもしれないけど……そのあとに待っているのは牢獄だ。


 どうする……!? どうすればいいんだ……!?


 僕の持っている焼きそばパンを、死神の手が奪おうとしている。

 ダメだ、お前なんかにくれてやるもんか、この焼きそばパンは……。


「いい加減、腹が減ったぞ! 丸焼きになった貴様を見ながら、我が妻と焼きそばパンとしゃれこむか! 皆の者、構えっ……!」


 ザッ! 魔術師たちは揃った動きで、魔術を浮かべた手を一斉に振りかぶる。


 いまの僕は、こめかみに銃を突きつけられているのと同じ。

 その引き金が、ゆっくりと引き絞られていくのを感じる。


 僕は最後の一瞬まで、あきらめたりなんかしない……!

 でも……さすがに万事休す……かなぁ……!?


「我ら崇める御空、我ら崇める御国、我ら崇める御名……」


 とうとう、幻聴まで聴こえるようになった。

 なぜ幻聴かと思ったかというと、その声がこの世のものならざるほどに美しかったからだ。


 自然と目が吸い寄せられる。僕だけじゃなく、その場にいた全員が声のほうを見ていた。


「我らの全智、我らの全能、創造神ポーラスター様……。すべの邪悪を寄せ付けぬ力を、お与えください……」


 声の人物はゆっくりと魔術師たちの前に歩み出る。

 その瞳は清廉なる光を宿していて、離れた場所から見ている僕の心ですら洗われるほどだった。


 魔術師は魔術を発動する際に、瞳が輝く。アグニファイは灼熱のように。


 そしてその人物は、金剛のように……!


「……ダイヤモンド・シールドっ!」


 通せんぼのポーズを取ると、オーロラの壁が展開し、天井まで埋めつくす。

 いや、これはダイヤモンドだ。七色の輝きは、さながら後光のようだった。


「ペヴルさんは、どなたにも傷つけさせません……!」


 まるで我が子を守る母のような、清らかでひたむきな強さがそこにはあった。

 長い髪がなびくと、黄金の天の川が広がっていく。


「お……おおおっ……! 白き極星の巫女よ……!」


 あまりの神々しさに、まわりの剣士や盗賊たちはヒザを折って祈りを捧げはじめた。

 神様お断りの僕でも、この女神になら祈ってもいいかなと思う。


 アグニファイはワナワナと震えていた。


「ピュアリス……! お前のダイヤモンド・シールドは、炎に弱い! だから俺様には絶対に勝てないのだ! 死にたくなければ、そこをどけっ!」


「いいえ、どきません!」


「なぜだ!? なぜそうまでして、その剣士をかばうのだ!? 我ら魔術師にとって、無名の剣士など石ころも同然! 歩いていて蹴飛ばしたとしても、目をやる必要もない存在だというのに……!」


 たじろぐアグニファイに、ピュアリスは凛として言った。


「ペヴルさんは石ころなんかじゃありません! わたしを救ってくださった、命の恩人なのです! ですから今度は、わたしが命を賭けてペヴルさんをお守りします!」

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