18 高速の剣士

 ピュアリスから尊敬のまなざしで見られながら、オーシット先生に尊敬のまなざしで見るという妙な図式になっちゃったけど、ともかく授業の終わりを告げる鐘が鳴る。

 すると、生徒たちは一斉にどこかへと向かいはじめた。


「お昼休みですよ。いっしょにいきませんか?」


 ピュアリスに誘われるがままに行った先は、巨大なポーラスターの胸像の左肩のてっぺんあたり。

 そこは、外壁がぐるっと全面ガラス張りになっている食堂だった。


 とても見晴らしがよくて、しかも全校生徒が集まる場所だけあって校庭みたいに広い。

 食事を注文できるカウンターやカフェ、ランチバイキングなどがある。


「街の食堂がいくつも入っているんですよ。なににしますか?」


「あれはなに?」


 僕がピュアリスに尋ねたのは、壁際にはたくさんのパンや弁当が陳列されている一室。

 入口はオープン前なのかロープみたいなのが張られていて、その前には多くの生徒たちがひしめきあっていた。

 まるで、大規模なマラソン大会のスタート地点みたいな独特の雰囲気を醸し出している。


「あちらは購買部といって、パンやお弁当を売っているんです」


「すごい人気だね、おいしいのかな?」


「人気の理由はあちらです」


 ピュアリスが桜の花びらみたいな爪先で示していたのは購買部の最深部。

 そこにはガラスケースに入れら、宝石みたいにキラキラ輝く焼きそばパンがあった。


「みなさんあちらの【黄金の焼きそばパン】を狙っているんだと思います。1個限定で、発売日にはたいへんな争奪戦になるみたいです」


 前世で僕が作ったとされる焼きそばパンは、今世でも人気のようだ。

 でも、なんでたった1個なんだろう。


「なんでたったそれだけなの?」


「上級生の【緑の極星の巫女】の方が心を込めて手作りされているもので、さらに特別なおまじないが掛けられているそうです」


「おまじないって?」


「はい、思いを寄せる方のことを思いながら召し上がると、その方と仲良くなれるそうです」


 なるほど、それで男子だけじゃなくて女子も大勢並んでいるのか。

 女子生徒たちはみんな、羨望のまなざしを焼きそばパンに注いでいる。


 ピュアリスも例外ではなく、胸の前で指を絡め合わせ、ウットリした表情で焼きそばパンを見つめていた。


「とっても素敵ですよね……」


「ピュアリスも、あの焼きそばパンを食べてみたいんだ」


 彼女は「は……はい……」とはにかむ。


「わたしもいちおう、女の子ですから……」


 いちおうどころか、ピュアリスは女の子だ。それも、とびっきりの。

 そんなとびっきりの願いなら、ぜひとも叶えてあげたいな。


「じゃあ……ちょっと待ってて!」


 僕は走ってスタート地点の最後尾へと付く。

 すると、最前列で剣士たちの作った騎馬に乗っていたアグニファイに気づかれてしまった。


「おやおやぁ? そこにいるのは身の程知らずの剣士ではないか! ちょうどいい、貴様の不正で無効となった決闘のやりなおしといこうではないか! どけ、皆の者!」


 その一言でスタート地点にいた生徒たちが割れ、僕の前に道ができる。

 アグニファイ的には、昨日の決闘はノーカンということになっているらしい。


「僕はここでいいよ」


「否っ! 焼かれる豚に選択権などないのだ! 俺様はたったいま、貴様の丸焼きを振る舞うと決めたのだからな!」


 ピュアリスと接していると誤解しそうになっちゃうけど、これが魔術師たち本来の剣士への態度だ。

 僕はまわりにいた生徒たちからよってたかって押され、最前列に突き出されてしまう。


「しょうがない……やるしかないか……」


 スタートの合図を待つ生徒たちの群に、僕はまぎれた。

 ここから黄金の焼きそばパンまでの距離は、およそ200メートルといったところだろうか。


 僕のとなりにいる剣士たちはすでに武器を構えていることから、攻撃による妨害をしてもいいんだろう。

 足に自信のある盗賊科の生徒たちはウォーミングアップをしているから、きっとスタートダッシュで一気にかっさらう作戦なんだろう。


 魔術師たちはみな攻撃魔術を浮かべているけど、殲滅戦ではないこの勝負、魔術師にとっては不利だと思う。

 そして、僕の作戦はというと……。


 三角巾にエプロンをしたお姉さんがやってきてふたりやってきて、スタート地点の両脇にある台の上に登った、


「それではいまから、購買部をオープンします! 商品を取ってお買い上げにはならず、このスタート地点まで戻ってこれたらお買い上げとなります! 購買部の中であれば攻撃は自由で、奪うことをしてもかまいません!」


 それで気づいたんだけど、購買部の壁は【魔導壁】で、ちょっとやそっとの攻撃では壊れない頑丈なものだった。


 こりゃ、想像以上の激戦になりそうだ……!

 でも、僕には……!


「スタートっ!」と購買部のお姉さんがロープを上げるのと、僕のまわりにいた剣士たちが斬り掛かってきたのはほぼ同時だった。


「「「我らはアグニーズ尖兵三人衆っ!」」」


「我が名はビン! 昨日は遅れを取ったが、今日は……!」


「我が名はボン! 我らの剣を逃れられた者はいな……!」


「我が名はバン! 今日が貴様の命日だぁぁぁぁぁ……!」


 しかし僕はすでにそこにはいなかったので、アグニーズ尖兵三人衆はコントみたいな同士討ちをしてブッ倒れていた。


 僕の手には、すでに黄金の焼きそばパンがあった。振り返るとそこには、僕が放った青い曳光が残っている。

 その遥か向こうにはスタートを切ったばかりの盗賊たちの群れ、そのあとに続く剣士たちの姿が。


 誰もがトンビにアイスクリームをさらわれた子供みたいな顔で、僕を見ていた。


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