覚醒


「オイオイ何防がれてんだよー。やる気あんのかぁ?根性見せろよ~ツァボ」


 緑色の髪を持つ森人族の弓使いに対して、人間族の男、ドッドは軽快に笑う。ツァボと呼ばれた森人族の弓使いは無言で次の矢をつがえていた。


(おいおい無視かよ。つれねーなぁ)


 軽薄な笑みを浮かべたままドットは長い黒髪をいじくり、隣の女性へと指示を出す。


「モルガナぁ!付与だ!ツァボに最高のプレゼントを頼むぜぇ!」


 ドットは付与強化を指示した。自分でやらず仲間に指示を出したのは、信頼の表れだ。


 他人に対して魔力を付与し強化する付与魔法。これは簡単に出来るように思えるが、実態は非常に難易度の高い高等技術である。


 人類の操れる魔力の量は、その個人によってそれぞれ限界がある。ティーカップ分の魔力しか扱えない人間に過剰な魔力を注いだところで、受け入れられるだけの容量がなければ意味がない。


 たとえば、ある的に向けてものを投げようとしているときに、体に過剰な魔力を付与されたとする。ある地点めがけて全身の筋肉をコントロールし力と魔力を調整しているところに、余計な魔力を与えられればどうなるだろうか。


 投擲した物体はあらぬ方向に飛んでいき、狙った的に当てることなど不可能だ。『外部からの魔力によって人類を強化する』など簡単にはいかないのだ。


「御安い御用よ。……フフフ、今度はしっかりと当てて頂戴ね?」


 だから、腕のいい付与魔術の使い手は、他人に対しては『最小限に』魔力を付与する。付与する対象がどれだけの魔力を扱うことが出来、今何が必要かを把握し、適量だけ魔力を垂らす。モルガナは、弓使いツァボの視力だけを強化した。ツァボ本人に対してはそれ以上の強化は不要なのだ。


 そして、モルガナはツァボの扱う弓の矢尻に最大限の魔力を付与する。モルガナの顔が告白に歪んだ。


 


付与火球エンチャント ファイアボール。……ああ、あの子達が苦痛に歪む顔が目に浮かぶわぁ。猫人族が悔しがる姿もきっと素敵よ。……これだから狩りはやめられないわぁ」


(おーこえ~。モルガナだけは敵に回したくねーなぁ)


 モルガナは舌なめずりをした。いい仕事ができたときのサインである。ドットは眼前の騎士達が反撃の体勢を整えられていないことを確認しつつ、輝かしい緑色の髪を持つ森人族の頭を掴んだ。



「あの金髪のガキを狙え、ツァボ。どう見てもあっちが弱ぇーからなぁ。……もしも外したら家族がどうなるか……分かってるよな?ツァボ」


「……!!」


「妹さん……もう十三だっけ?早く帰って面倒見てやりてぇーよなぁーっ!」


 ツァボの指に微かな震えが走る。ドットは軽薄な笑みを崩さなかった。


(これでよし。……こうやって脅さねぇとこいつは仕事しねぇだろうからなぁ)


 ドットは内心で己を褒めた。


 森人族のツァボは、ドットやモルガナとは旧知の仲ではない。つい先日上の都合で組まされただけの間柄で、ドットやモルガナとは違い人類殺しにも嫌悪感を持っていた。


 そういう手合いにやる気を出させるならば、飴と鞭をうまく使い分けなければならない。ドットはツァボの家族についてツァボから聞かされたことはない。それでも事前に家族構成を把握していたのは、きちんと仕事をさせるためだった。



 舐めた仕事をしていれば、お前の家族を殺すぞという言外の脅し。


 それは、森人族ツァボ渾身の一矢を引き出した。瞬間的に魔力を爆発させたツァボは、きりきりと引き絞った矢を金髪の騎士めがけて放つ。


 森人族の弓使いから放たれた矢は、先程の腑抜けた矢とは比べ物にならない。ドットが魔力で強化した瞳でも捉えきれない速度だった。


 弓を使えば百発百中、正確無比と名高い森人族に相応しい本気の一矢。金髪の騎士らしき若者はそれに反応すらできずに眉間を撃ち抜かれる。



 筈だった。


「……止めた、だと!?」


 ツァボは驚愕の叫び声をあげた。


 馬上からこちらを見つめる金髪の騎士は目の前の光景を理解できていなかった。しかし、猫人族の騎士は違った。モルガナの魔力によって強化され、直撃すれば火の魔力によって敵を焼く筈の矢。その矢尻を素手で掴み取っているではないか!!


「……っ!」


 モルガナは言葉もなく立ち尽くす。確かに不意打ちでこそなかったが、防御も回避も不可能の筈の一矢だった。少なくとも、モルガナもドットも、ツァボの本気の矢を止められる気はしない。


(格上だな)


 一方、指揮官であるドットは驚愕しながらも、切り替えは早かった。圧倒的格上と対戦した経験と、その格上を打倒した経験が即座にドットを立ち直らせる。


「よし。予定変更だ。ツァボっ!森に潜伏して隙を見て金髪を狙い撃てっ!モルガナ!デスナイトどもを召喚しろっ!」


「分かったわ。……藪をつついたら蛇が出ちゃったわね。始末書ものよ」


「始末書で済むなら御の字だぜ。報告書には、A級クラスの化物と遭遇しましたと書けばいいっ!」


 そう軽口を飛ばす間に、猫人族の獣人は矢をこちらへと投げ返してきた。


 ドットは咄嗟に森の土で組み上げた防壁を展開する。それは冒険者時代から培った修練の賜物だった。


 が、猫人族の投擲した矢は容易くドットの土壁を貫通し、ドットの隣の木を突き破り、その後ろの木々に突き刺さって燃やした。あまりの速度に、付与した火球が発動するタイミングが遅れたのだ。




(……ざっけんな。何であんなガキがあれほどの強さを持っていやがる?!)


 内心でそう叫びたいドットではあったが、指揮官である以上はそう叫ぶわけにはいかない。無様を晒せばモルガナはまだしもツァボが逃げかねないのだ。ドットは迎撃のための風魔法を放ちながら、猫人族の戦力を考察する。


(ツァボの本気の矢は奇襲の際のそれとはまるで比較にならねぇ。……A級クラスの、岩によってその身を守るロックバイソンや、鉄の甲羅を持つキングクラブすら貫ける筈だ)


 にもかかわらず、素手で見切られ掴まれた。B級冒険者だったドットにしてみれば、猫人族は圧倒的格上といわざるをえない。


(猫人族は冒険者換算でB……いや。A級クラスだな。金髪は分からんが、こっちはBということにしとくか。戦力の過小評価はろくなことにならねぇしな)


 ドットは少しの間、格上の猫人族から時間を稼ぐことが出来た。ツァボが放った矢がドットと猫人族の間に降り注ぎ、猫人族と金髪の騎士は矢に注意を向けざるをえなかったからだ。


「うおおおおおっ!聖撃ホーリーっ!!何故だ!何故私たちを襲うのだっ!同じ人類ではないか!」


「同じ人類だぁ?馬鹿言ってんじゃねぇよ、なぁ、オイ?お前さん王都の騎士だよなぁ?この二年ろくな救援も寄越さねぇでなにを言ってやがる?」


「王都の騎士が王のおわす都を守るのは当然のこと!戦力が整えば、王都から各地を守護すべく動くのもまた必然!それは分かるだろう!」


「都合のいいことくっちゃべってんじゃあねえ!お前らは一度俺達を見捨てたんだよ、王都のお偉い騎士さんよぉ!」



 猫人族の放った魔力砲が直撃し、鎧を砕かれたドットは死を覚悟した。しかし、事態はドットにとって都合よく進んだ。金髪の騎士は、どうやら殺しを厭う見習い騎士だった。ドットから事情を聞こうとする見習い騎士は、ドットやモルガナを殺そうという気迫がない。ドットにとって、これ程都合のよいカモはなかった。


 金髪の騎士見習いが制止するお陰で、獣人族の騎士はツァボを警戒して範囲攻撃魔法を放つことに躍起になっている。その間、ドットの後ろに控えるモルガナは安全に準備を整えることが出来た。


「闇より出でし新たな命よ。目覚めよ!生きとし生けるものすべての尊厳を冒涜し、あらゆる生者をしもべとせん!」


 モルガナの詠唱が終わると同時に、ドットは狂ったように高笑いした。窮地から脱したという確信と解放感によって、ドットはハイになっていた。


「クソの役にも立たねえ女神と戦神に祈りな!楽に死ねますようにってよぉ!」


 ドットが金髪の騎士の攻撃で倒される直前、膨大な量の瘴気がモルガナから放射される。瘴気はモルガナの髪を黒く染め上げ、禍々しい不吉な気配が盛りに漂う。周囲を観察していたモンスター達も、瘴気に驚いてその場から離れていく。


「俺たち冒険者はなぁ。こう思ったんだよ。……どうせ人類の側に立っても誰も助けちゃくれねえ」


「……だったら、好き勝手にやればいいってな!人類だぁ?クソだな!魔族?結構じゃねえか!魔族として生き延びられるならそれでいい!誰だってそうな筈だぜ!」


 それはドットの本心か、あるいは命の危機にあるがゆえの高揚感から来る陶酔か。いずれにせよ、金髪の騎士見習いはドットの叫びを愚行と断じた。


「……嘘をつくな!お前達は迫り来る恐怖から逃れるために、安易な逃避行動を取っているだけだっ!」


「苦労知らずの坊っちゃんがほざきやがるぜ」


(……ま、そのお陰で助かったんだけどな)


 瘴気の中から、這うように男の姿が現れた。騎士のショートソードと鎧に身を包んだ男。ただし、その首はなく、その体は腐り落ちている。躯の騎士は、ショートソードの一振りで獣人族の魔法をかき消してしまった。


「…………お前らには倫理観はないのかにゃ!」



「ねぇよ!生き残ったやつの勝ちなんだよ!死んでこうなるよりはよほどマシってやつだ!」


 獣人族に対してドットは堂々と勝ち誇った。


 一方のモルガナは、瘴気の中で一人の女性を椅子にして座っていた。獣人族の年配の女性は、魔王軍の将軍に匹敵するほどの瘴気を周囲に放ちながらただモルガナに従っている。その女性は既に躯。躯の姿のまま犬のように従わされるその姿からは、かつて雄々しく戦い、誇り高かったであろう生前の女性の面影を感じ取ることは出来ない。


「想像できるか!?Cランク冒険者だったこいつらですら、死んだ瞬間に魔王軍の忠実な尖兵に早変わりさ!しかも魔力量じゃあ将軍に匹敵するときてやがる!」


 モルガナの悪癖と、魔力の不足が原因か、呼び出せたアンデットは二体。それも一体はモルガナの奴隷のような扱いになっている。しかしそれでも、形勢が逆転するには充分な戦力だった。



「アンデット!金髪の心臓を貫けっ!ソイツも同じアンデッドにしてやりな!」



 アンデッドの騎士はドットの命令を忠実に実行した。アンデッドの騎士が、禍々しい瘴気とともにその場から消える。


 否、消えたように早く動いた。


 その間、金髪の騎士と猫人族の騎士は滑らかな動きを見せた。ドットの動体視力ではその動きを捉えきれなかったものの、金髪の騎士は天馬を巧みに操り、超高速で迫るアンデッドの攻撃にカウンターの体勢を整える。天馬と一体となった金髪の騎士の斬撃と、猫人族の獣人の攻撃は確かに、アンデッドを捉えた。


 その瞬間。


 確かに金髪の騎士がアンデッドの迎撃に成功した瞬間、騎士の心臓は射貫かれた。


 森人族の弓使い、ツァボは、すべての魔力をショートソードに流し、攻撃に用いた金髪の騎士見習いの隙を見逃さなかった。矢は鎧を貫き、確かに騎士の心臓を撃ち抜いた。


 

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騎士見習い、勇者パーティーを追放される 捨独楽 @n130to10

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