第8話小説「八月の手紙」落選(Goat×monogatary.com文学賞)

 智晴はすでに日本の戦況が危ういことを、かつて留学生として欧米を旅した経験と現在の士官という立場もあってとうに承知していた。が、日本の敗戦は決定的に濃厚であるなどとは口が裂けても言えるはずはなく、戦地において多くの兵士の命が虚しくなるのを半ば静観するより他なかった。


 しかし末端の兵士に戦況の打電など知らされることはないにも関わらず、ほとんど誰もがその事実を知っていて、智晴にしてみれば一縷の望みもない絶望に彼らが身を置いているのが悲しくてたまらなかった。


 というのも、時に壕の中で、行軍の野営で誰が始めたものか一様に遺言をしたためる者が相次いでおり、それを軍事郵便の係りに託したものが次第にその数を増やしていた。


 思えば、彼らをこのような場に駆りだしたのも最初は一枚の手紙であった。


 赤紙と呼ばれた、実際は赤ではなくうっすらとした赤っぽい紙きれがなんのわれもなく彼らを家庭生活から切り離し、無論、銃など持ったこともなければ、いや、それ以前に故意に人を傷つけるような術ひとつ持たない者を駆りだしてきて「さあ、殺しあえ」と命じたのも一枚の手紙であった。


 今、彼らはその手紙に始まって、終りの手紙を書いている。


 智晴は夜半、汗と泥の草いきれの中で寝付けずにいる時、自身がかつて受け取った手紙のことを考えていた。


 南方の夜の真の暗闇でも星だけは闇雲に明るく瞬き、飢えと渇きは誰もを消耗させていた。


 まだ世界がこのような陰惨な様相を呈していなかった頃。智春は英国に留学し、語学と経済を学んでいた。勉学の大変さもさることながら、文化と生活習慣の違いに慣れるのも大変で日々は驚きに満ちていた。


 当時はまだ許婚の間柄であった妻の百合子にその新鮮な日々を書き送っていた。


 雨や霧の多い冬の、すべての風景が灰色に見えること。パン食に飽きたこと。学友に誘われて田舎を旅した際の彼の地でのじゃがいもの料理が旨かったことなどを書き送っていた。


 百合子は帰国した智晴にそれらの手紙について「大変楽しく読ませて頂きました」と笑っていた。


「それ以外にも、いろいろ書いてあっただろう」


 智晴が言うと百合子は「智晴さんが食いしん坊でいらっしゃることはよく分かりました」と返すだけで、学問のことや英国と日本の将来について、如何にして学んだことを持ち帰って自国の為に活かすかなども書いたのだが、百合子は頑として「そのようなことは一度も」とこれを否定した。


 届かなかったのだな。智晴は思った。他にも大切はことを書いたのだけれど、と。

 南方戦線の物資不足は深刻で、階級の別なく誰もが飢えていた。食わねば力などでるはすもない。戦闘による負傷者は増える一方だった。


 智晴はその状況から上官が玉砕に傾く思想を押しとどめんと必死だった。


 耳元でぶんと蚊の羽音を聞いた。マラリアに罹患する者も増えていた。


 軍隊毛布を敷いた上に横たえていた体を起こし、水筒の水を飲んだ。その時、がさがさという葉ずれの音を聞きつけ智晴ははっとして身構えた。


「秋山小尉、起きてらしたんですか」


「うん。どうした」


「いえ、見回りで」


「そうか。ご苦労だな」


 やつれた顔の一等兵は疲労の為にひどく老けて見えた。


「少し休んでいくといい」


 智晴は自分の水筒を差し出した。若い一等兵は素直に従い、土に腰を下した。


「君、一谷といったな」


「はあ」


「君もみんなのように遺言を書いたか」


「……ええ、まあ」


「こんなことを聞くのもなんだが、誰に宛ててどんなことを書いた……?」


 一谷は驚いて智晴の顔を見た。それはまったく不可解なものを見る顔だった。


 しかし、実際のところ智晴にはこのぐらいの若者の書きそうなことはおよそ想像がついていて両親への感謝や御国の為に云々であろうと思っていた。


 が、一谷は意外な事を口にした。


「僕のうちでは母が婦人雑誌に載っていた珍奇な料理を作るものですから、それは大概にしておくようにと注意を……」


「ええ?」


「もちろん開戦以降は配給不足で料理もなにもあったものではなかったのですが、以前は母が乾しうどんを一晩水で戻してどろどろにしたものを野菜とソースで煮て飯にかける……あれは一体なんと言う名前だったか忘れましたが……、まあ、そのようなことをよくしていたので。パンに奈良漬を挟むですとか……。雑誌で読んだとかで、挽肉と玉葱を炒めてビールで煮るスキヤキなんかも……」


「ずいぶんハイカラなお母さんだな」


「はあ。新しもの好きというか……」


「それで、それは美味かったのかい?」


「いいえ。僕も父も弟たちも大変迷惑していました。僕の死んだ後も母が家族に珍妙な料理を作り続けるのは弟がかわいそうで」


「それが君の遺言か」


「……他にも伝えたいことはあるのですが、今思い出されるのはそんなことばかりで。母の明るい、呑気で、弟たちと一緒に大騒ぎしたことや、父の困った顔が浮かぶんです」


 智晴はふと微かに笑って、一谷にもう行けと彼を追い払った。


 時々、遠く離れた部隊の爆撃の音が聞こえていた。


 かつて英国帰りの紳士として憧憬の眼差しを集めた風貌は面影もなく、汚れ、不精ひげに覆われていた。


 智晴は百合子に宛てる手紙は、これが最後になるだろうと分かっていたので何を書くべきか迷っていたが、一谷の手紙の内容を聞き初めて心静かになった。


 伝えたいことを、書けばよかったのだ。


 何か辞世の句でも認めなければならない気がしていたが、恐らくそれを読まされても百合子は喜びはしないだろう。そもそも遺言そのものが悲しいのだから。


 翌朝、智晴は起き出して膝に置いたなけなしの用箋に手紙を書き始めた。


 一谷や他の一等兵たちが皆の水筒を集めてまわり、近くの沢まで水を汲みに行ってくれていた。


 ここへいては危険だろう。ゲリラ戦に転じる方がまだ生き残る芽はある。でなければ早々に投降した方が。智晴の心は手紙を書く間に何度も揺れ動いた。


 百合子へ。南方は当然だがひどく暑く、マラリア蚊も多い。が、私は意外なほど強靭で運がよく、まだ怪我も病気もしていない。部隊の若い者がバナナを採ってくることがあり、我々はそれを焚き火で焼いて食べる。青いバナナは焼くと旨い。これがここへ来て初めて知ったことだ。


 英国で君に出した手紙が一部どうやら届かなかったらしいことを思い出したのでここへその内容を思い出せる限り記しておく。


 当時、英国での生活に不慣れで私は時々ひどく寂しかった。心通じる友人もなく、飯はだいたいいつもまずかった。そのような時はいつも君のことを考えていた。


 私は君に一度も歯の浮くようなことは言わなかった。


 言えなかったのでは、ない。手紙に書いたのでもう言わずともよいと思っていたのだ。


 百合子、私は君が花嫁修業中に作った粉っぽくてぼそぼそして、固くて、焦げたビスケットに呆れていた。が、それを作ろうとする君の意気込みを心から愛していた。そして生涯君を愛するだろうと思った。


 あの頃、君に気持ちを伝える手紙を書いたのが届かなかったのは残念だった。あれは一世一代の勇気だった。なので、今一度ここに記しておく。また君に会えたら良いと心から願う。


 智晴はそこまで書いて封をした。


 次の瞬間、智晴は撃鉄を起こす音を聞き、それから何も見えず、聞こえなくなった。


 8月のことだった。あとわずかな日数を過ぎれば、すべては違っていただろう。


 智晴の手紙はまたしても百合子に届くことはなかった。            

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神戸新聞文芸投稿作品 三村小稲 @maki-novel

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