魔王vs無敵艦隊

田辺すみ

魔王vs無敵艦隊

 私はボートから跳び降りて、周りの部下たちに「あまりはしゃぐな」と怒鳴り散らしている海賊の首領であり今はイングランド海軍の提督である男のもとまで走った。


 「キャプテン、ノブナガ様はこちらに来られませんでしたか?」

 砕けたタール塗りの木片塗れになっていたサー・キャプテン・ドレークは、遂に怒りも頂点達したらしく輝かしい太陽の下、吼えた。

「あのジジイ! 海賊よりもタチが悪いときてやがる!!」


 オダ・ノブナガという人物が陛下の前に引き出されたのは、まったくイングランド史上最大の災いだったと言えないこともない。なんでも日本という国の王だったらしいが、部下の反乱に遭い出奔したところ明の海賊に攫われ、オスマンの商船に売られてから、キャプテン・ドレークの船に捕縛されたという悪運の強さである。因みに私は、オランダから連れてこられた何の変哲も無い英語と日本語の通詞である。胃が痛い。


「女が王とはと思ったが、なかなかのものである」


 エリザベス女王の前で跪くこともなく、ノブナガ様は言ってのけた。陛下は爆笑し、今でも“アンクル・ノブナガ”と親しんで呼ばれている。『陛下は父親のような年齢の男性に甘いからな……』とキャプテンは明後日の方向を見る。そんな身も蓋も無い……


 イングランドは現在スペインと一触即発である。陛下とキャプテンはスペインの無敵艦隊アルマダを駆逐するため、あらゆる手段を講じてきた。


「まず、スペインの港を席捲し、“樽”を全て破壊することだ」


 陛下に茶を立てて差し上げながら、ノブナガ様は言った。タールを塗った樽は、船上で飲料水や食糧を保管するのに欠かせない。つまり遠回りではあるが兵糧攻めである。キャプテンの船は逃げ足の速さで有名だ。それで今日も、港から港へ樽を壊して回っているのである。海賊だって元男の子だ、樽とか壁とか壊すのは大好きである。


「”火攻め“を心得よ」


 タールの塗られた木材は回収して、海流に浮かべて火を放つ。投石機と”ギリシャ火“で火勢を呼べ。イギリス艦隊の機動力を以て取り囲め。神の名をかたって政ごとをおこなうとどうなるか、思い知らしてやるがいい。海峡の風に靡かせて立つノブナガ様は、故郷を想っているのかもしれない。傍らでキャプテンが私に耳打ちした。ありゃ絶対神仏と火攻めに怨みがあるぞ。もー、仲良くして下さいよ。イングランドはお二人の双肩にかかっております、って陛下も仰っていたでしょ。あの方こそ全ての黒幕ってかんじだけど。

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魔王vs無敵艦隊 田辺すみ @stanabe

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