将来の見えない召喚士
この世界における『転移』には、二つの種類がある。
一つは、人が持つ魔法の力で異世界の人間を呼ぶ召喚。
もう一つは、原因もなく異世界から飛ばされてくる、いわゆる事故。
ケイと呼ばれる青少年は、事故の方だった。転移の宿にたどり着くまで数日かかり、更に中に入る勇気が出るまで数日かかった。
文明にズブズブな令和日本人のケイは、夜露が飲めることを知らず、草や木の実が食べ物になることも知らなかった。学校でも成績しか興味のなかった彼は、他人に助けを乞う勇気もなかった。幻鏡亭の前でうろつくこと約7日、衰弱死直前になってやっと女将に見つけてもらえたのだ。
女将はすぐさまケイを毛布にくるみ、抱きかかえて宿の中に連れて行った。そのまま食堂の椅子に座らせて、少し冷ましたスープとパンをケイに与えた。
「うーわ、サバイバルの知識ゼロとか、シャレになんないんだけど」
そう呟いたのは、青いローブを纏った少年だ。その場にいた客たちは、大なり小なり彼と同じ意見だった。この世界は弱肉強食だ、情弱になんて関わりたくない。
「あなた達も、似たり寄ったりだったでしょ。たった数年で人を見下せるほど偉くなったものね」
女将が静かに、だが棘のある言葉でたしなめた。途端に、集まっていた冒険者や傭兵は静かになった。咳払いするものもいれば、反抗的に女将を睨むものもいる。
空気の悪化を察した女剣士が、わざとに明るく尋ねた。
「てか、その子の適正なんなのかな!ほら、おかみさんは相手の適性が見えるって言ったじゃん?適性が分かったら、力の欲しい国家が保護してくれるかも」
女将は少しケイを見て、軽く肩をすぼめた。
「内緒です。適性は、本人にしか教えないんですよ」
結局、ケイは魔法学校に入れられた。
ケイは女将にこう言われた。
「あなたは、この世界の知識を付けられた方がよいでしょう。鍛錬次第で魔力は上がりますから、しっかり学んでください。生き残る知識は後からでも身につくものですし、生きる道も無限にあります」
女将は、ケイに特性を教えなかった。その代わり、この世界にはダイガクもガクレキもありません、ということは教えてくれた。
学歴がないということに、ケイは一番困惑した。彼にとって、それは空気の次ぐらいに当然にあるものであり、なおかつなくては困る存在だったからだ。
大学もないのなら、どうして学校が存在するのか。将来の特にもならないのなら、通う意味なんてないじゃないか。
教室のすみで、ずっと世界を呪っていた。
授業もろくに聞かず、実習も身に入らず、元いた世界に戻りたいとそれだけを願う日々。こんな世界は滅びろと、ノートに延々と書きなぐる日々。
しかし、ある授業で彼は初めて顔を上げた。教授が口にした言葉が、彼の心に響いたのだ。
「今日は、召喚について学びましょう。いわゆる異世界から人間を呼ぶ召喚は、高い適正と膨大な魔力を持つ人間にしか――(ここで居眠りをしてしまった)――召喚術を依頼する顧客は、国王やその側近といった高位の方です。もし習得できるものがこのクラスから現れたら、その人は『将来を約束された存在』です」
ケイの心が、この言葉でいきなり決まったわけではない。ただ、じわりじわりと意識の中に浸透し、『召喚士となって国王に重宝される未来』に取りつかれてしまったのだ。
そこからのケイは真面目だった。元の世界にいた時同様に、ひたすら書物をあさり内容を暗記し、召喚士となるべく奮闘した。
成績などない学校である。他人との交流も、人見知りなケイにはできない。だけど勉強量の多さだけは一番だと胸を張れた。
だけど。挫折は、あっさりと訪れる。
「なんでだあああああ!」
授業の後、学校の裏山でひたすら召還を試し続けていたケイだが、何度やっても成功することはなかった。最低限の鍛錬もやっていた、知識は最大限に詰め込んだ。なのに、地面に描いた魔法陣は光ることもなく、なんの変化すらもなく、ただ魔力だけがごっそりと奪われる。それでも努力は報われるはずと、ひたすらくりかえしても疲れるだけ。
――ある朝、山に山菜を取りにきた老人が、激しくやせ衰えた青年を見つけた。慌てて駆け寄った老人だが、青年を見るなりすぐ離れた。
彼は魔力も体力も使い切り、もう生きてはいなかったのだ。
話はさかのぼり、ケイが魔法学校に旅立った後の幻鏡亭。
「ねえ女将さん。あの子の適正って、本当に魔法なの?」
盗賊の女の子が尋ねると、テーブルを拭いていた女将ははっきりと首を振った。
「あの子は学ぶことしか知らないのに、なんの知恵もないから。だから魔法学校を勧めただけよ」
「え、じゃあ本当の適正はなんなの」
好奇心から来る質問に、女将はダスターを軽く払いつつ、小さく肩をそびやかした。
「さあ、なんだったかしら。彼が学校で生き抜く知識を身に着けて、もう一度ここに帰ってきたときに、改めて見てみるわね」
気まぐれこれくしょん~転移者の宿 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki
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