気まぐれこれくしょん~転移者の宿

多賀 夢(元・みきてぃ)

あきらめの早い戦士

 年下の同性に、口説かれた事がある。


 彼女は決まって、酒の席では私の向かいに座った。そして酔いが回りきると、熱心に身振りを添えて私に訴えた。

「姐さんとなら私、寝れます!私はもう姐さんを愛しているんで、愛し合いましょう!」

 背が高くいつも男装のようなスーツ姿で、普段は口数が少ない堅物な印象の彼女。しかし酒が入った途端、わたしを試すような言動を饒舌に繰り返す。

 私は困った笑顔を作りながら、ハイハイいつか気が向いたらね、と答えておいた。正直、そんなことが起こったところで動じない自信はあったし。


 とはいえ、彼女が私に手を出すことはついぞなかった。代わりにあまりにも貧乏だった子供時代の話や、自分を放置して帰ってこない女たらしな彼氏の話など、赤裸々な話を嬉々として語るようになった。

 私と寝たいという発言は、子供じみた試し行為だったのだろう。それでも私が逃げなかったから、やっと本当の悩み、分かって欲しい孤独が口にできたんだと思う。


 容姿にも人としても自信の無い、とても危うい人だった。だけど彼女を一途に愛してくれる伴侶を見つけてから、連絡はなくなった。

 やっと私は不要になったのだろう。寂しいが、良いことだ。


 と、思っていたのに!!


「姐さーん!会いたかったぁ!!」

「うわ抱き着くな松本!胸に顔をうずめるな、ここで何かをいたそうとするな!」

 ある日ある夜の帰り道、唐突に私は森にいたのだ。そして、大きな紫のマントに身を包んだ、コスプレみたいな恰好の松本に押し倒されていた。

「大丈夫ですよーう、誰も見てないしぃー」

「そういう問題じゃねえええ!」

 全力で弾き飛ばしたら、松本は思いっきり夜空高くに跳ね上がった。月光を身に受けて、向こうの岩山に「ぎゃぼん!」と激突している。


 え、何、いまの。

 ここって、重力が月レベル?


「うえーん、痛いですよ姐さーん」

「うわ、空飛んで戻ってきた!」

「魔法ですよう☆ だってここ、『異世界』ですもん」

 ……いせかい?

「そっ、異世界!」

 明るい松本の返答に、私は一瞬固まり、すぐ納得した。

「そか。ならしょうがないか」


 松本は、とりあえず私を宿屋に連れて行ってくれた。

『幻鏡亭』というらしい。山の中に、ぽつんと一軒家状態で建っている。

「おかみさーん、姐さんつかまえたよー」

 松本が、扉をあけて声をかけた。すると奥からぱたぱたという足音がして、中世ヨーロッパの庶民ファッションに身を包んだ女性が現れた。

「あらあら、マリーちゃん。成功しちゃったのね」

 そして私をチラ見した女性は、松本に笑顔を向けた。

「おいたしなかった?」

「してませーん」

「しただろ!襲っただろ!」

 女性は困った顔になり、でもすぐ元の笑顔を作った。

「まずはお風呂に入って、着替えましょうか」

「姐さんのお風呂なら私が!」

「マリーちゃんはダメ。洗い物でもしてなさい」

 女性は私の肩を抱き、さっさと奥に連れて行った。




「あなたの国とは、お風呂が違うでしょうけど」

 女性――おかみさんは、私を木製の大きな桶に入れて体を流してくれた。

「いえ、ありがたいです。ここ来るまでに、汗かいちゃったから」

「そう。よかったわ」

 おかみさんは、櫛で丁寧に髪をすいてくれた。なんだか子供に戻ったようで、こそばゆい。

「ここがどういう場所か分かる?」

「松本――さっきの子に、異世界だって聞きました」

「ああ、マリーね。それで、どう思ったかしら」

「どうって言われても……特に驚かなかったというか」

 私は独り身である。懐かしむ家族もいないし、家で待ってくれる恋人もペットもいない。食うために働いて働くために食って、こんな人生にどんな意味があるのかと思いながら生きていた。

「まあ、そんな人生もあるかなって。会社も、私一人抜けたところで困りませんし」

「あなたはあきらめが早いのね」

「よくそう言われます」

 おかみさんは、タオルで体を拭いてくれた。ちょっと肌触りが固い。

「あなたは召喚されたの。多分、戦士でしょうね。腕に力が宿っているのが、私には見えるから」

「あー、つまりまた、雇われるってことですか」

「そうね。それも、人を殺すお仕事」

 私の思考が止まった。異世界に転移すること自体は、何も抵抗はなかった。別に帰れなくてもいいとも思う。

 だけど、人は殺したくない。私に沁みついた現代の倫理では、人殺しは大罪だし、無条件で許されない。

「マリーも、最初は嫌がってたわね」

 おかみさんが服を持ってきてくれた。

「だけどあの子は、いい意味で自分がなかったから。あっという間に殺すことに慣れて、国家に認められた魔導士になった。だけど、やはり独りは苦しかったんでしょうね。だから、一番慕っていたあなたを召喚したの」

「松本が」

 ――松本が私を召喚した?

 凪いでいた心に、怒りが宿った。

 松本だけは信じていた、どんなに私を試そうが、それでもずっと許してきた。なのに。

 私は風呂場を飛び出した。適当にタオルを体に巻いて、あいつがいる台所に突進した。

「え、姐さ――」

 私は黙ったまま、思いっきり拳を松本の頬に叩きこんだ。

「ぎゃぼっ」

 吹っ飛ばされ、壁に強く叩きつけられて、動けないやつの胸倉を掴み持ち上げる。それこそ漫画のように松本は宙にぶら下がり、足元をばたつかせる。

「私は、お前の試し行為を全て許してきた。下世話な誘いも不幸な身の上話も、なんでも全て許してきた、でもな!」

 苦しそうに喘ぐ松本を、私は大きく揺さぶった。みちみちと、私の知らないデザインの服がちぎれそうな音を立てる。

「どこの世界に生きようと、私には許せない事がある!私の人生を、他人の都合でいじられることだよ!」

 そのまま思いっきり地面に叩きつけると、松本は動かなくなった。じわりと血が広がっていく。

「殺してしまったようね」

 後ろから、おかみさんの冷静な声がした。

「そのようですね」

 私も、意外なほど落ち着いていた。外れかけたタオルを巻き直し、おかみさんが持ってきた服を預かる。

「もう大丈夫です、一人殺してしまいましたから。私はこの世界の倫理に馴染めます、戦士として戦います」

「本当に、あきらめが早いのね」

 おかみさんの言葉に、私はやっと笑顔になった。

「ええ。よく言われます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る