最終話 ロマンティックは終わらない

 あんじょう、メールの送り主は会社――というか、社長からだった。


『有給の件、労働局に怒られちった! 今までの分は辻褄つじつま合わせるんで、月曜から普通に出勤頼むね! ごめんチャイチャイ♪ チャイナドレス♪ by 社長』


(GIF画像うっざ!! 削除ォ!)


 不本意ながら、俺は日常へ戻って来たことを実感した。



  *



 数週間ぶりの出社。百合谷ゆりやさんと交わす挨拶あいさつも何だか懐かしい。


「おはよう、久しぶり」

「おはよう、ひまくん。動画見たよ」

「動画?」


 俺の疑問をよそに、百合谷ゆりやさんは社用のタブレットで動画サイトを開いてみせる。こういうとこ、本当ゆるい社風だな――と、呑気に思ったのも束の間だった。


 動画の内容は、先日俺が子供を救出した一部始終にほかならない。野次馬の中の誰かが撮影していたらしい。

 百合谷ゆりやさんは俺に顔を近付け、小声でささやきかけてきた。


「モザイクかかってるけど、これひまくんだよね?」


 俺を見つめる瞳の輝きは間違いない、恋する乙女の眼差しだ! アピールのチャンス到来である!


「ま、参ったな。バレちゃったか~」

「やっぱり! 映画のヒーローみたい――」

「いや~、それほどでも……」

「――って、彼女と話してたんだ」


 百合谷ゆりやさんの衝撃発言に、俺の思考はすべて吹き飛んだ。


「え……彼女……?」

「あ! ゴメン、今言ったことナイショだからね?」


 二度目のおねだりポーズは、俺にとっての最後通告でもあった。初めからこの恋に可能性など存在しなかったわけだ。



  *



 こうして再び、俺は家と会社を往復するだけの無味乾燥な日々へ帰って来た。


「ヒマだ……」


 ベッドに寝転びスマホを見上げる。

 現在22時22分。ホーム画面には何の変化もない。


(結局、何も残らなかったな)


 得たものはある。気兼ねなく話せる異性の友人と、その連絡先。淡い恋とトレードオフで。

 何の警戒もされていなかったのが嬉しくもあり、悲しくもあり。


百合谷ゆりやさん、そのうち彼女との写真送ってくれるって――おっ!?)


 呼び出し音に身を起こす。スマホではなく玄関からだ。


(こんな時間に誰だろ)


 開いたドアの外には、キャリーバッグをたずさえた長身スーツ姿の眼鏡美女が立っていた。


「えっ!? 何でトキエル……」

み消しがバレて地上にせんされちゃいましたあぁ~! しばらく泊めてくださあぁ~い!」

「はいぃぃいいい――――っ!?」


 天使の土下座は、早くも日常の終わりを俺に告げていた。




(つづく……?)

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チートアプリで無限有給!? 小市民・暇田の終わらない休日 真野魚尾 @mano_uwowo

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