第7話 君は俺の天使
俺は美女の誘いに応じ、共に喫茶店を訪れていた。
ブレンドを二つ注文し、テーブルに向かい合う。彼女は公園での俺の勇姿を目撃していたらしい。つまり、俺への好感度はほぼ
「あの……そんなに見つめられると切り出しにくいのですが……」
彼女ははにかんだように視線を外す。そんな仕草もまた
「フッ……これは失礼。貴方がまるで天使のように美しいもので」
「――っ!? まさか、これほど早く見抜かれるとは……流石ですね」
「……はい?」
ぽかんとする俺の目の前で、彼女はおもむろに眼鏡を外した。
途端、彼女の頭上に光の輪が、背中には一対の白い翼が現れ出る。さながら本物の天使の
驚いた俺は思わず周囲を見渡した。
さらなる驚愕の光景。客も店員も、店内はおろか外の景色までもが動きを止めていた。
「時間が……止まってる……!?」
「私は天使トキエル。
美女改め天使トキエルは、自身の正体と目的を明らかにした。俺にとっては大打撃である。
「そんなぁ……せっかく美人にナンパされたと思ったのにぃ……!」
「あなた、状況分かってます?」
冷静にツッコまれてしまった。冗談は通じないようだ。
そう、あくまで冗談だ! 本気でガッカリしたとかでは決してない!
「トキエルさんが言ってるのは、このアプリのことですよね?」
俺はテーブルの上へスマホを差し出した。もはや時刻とは関係なく、画面に天使モチーフのアイコンが出現している。
「はい。守護天使として
「偶発的な事故……」
心当たりは――ある。最初の夜、落としたスマホを頭にぶつけたのと、アプリの通信タイミングが重なったのが原因なのだろう。
「つきましては権限の返却をお願いしたいのです」
「もし、返さないと言ったら?」
俺はちょっとした好奇心から、お約束の問いを浴びせてみた。
トキエルの反応は――まさかの土下座であった。
「お願いしますうぅ! 上司にドヤ顔で強行導入したアプリにこんな
「えぇ……」
俺は軽く引いたが、それ以上に同じ勤め人として同情の気持ちが湧き上がる。
トキエルは、なおも頭を床に擦り付けながら
「
「そう言われても、俺にはどうすればいいか……」
「この
殺気立つトキエルの手に
「ま、待ってください! 返却のやり方が分からないって意味です!」
「なぁんだ、それならそうと言ってくださいよ」
トキエルは俺の前髪をかき上げ、額に口づけした。
「……っ!?」
「これで権限は私に返却されました。あ、それとスマホちょっとだけ貸してくださいね。ササッと数値を戻しますんで」
「は、はい……」
俺が
「これで全部……っと。では、お返しします」
スマホの受け取り際、トキエルと手が触れ合い、ちょっぴり意識してしまっている自分がいる。
「……これで何もかも元通りになるんでしょうか」
「そうですね。あなたが歪めてしまった因果も自然に修正されるはずです」
歪めた因果――主に有給300日のことを指しているのだろう。
「すみません。俺が余計なことをしたばっかりに」
「いいえ~。あなたは先ほど善行を積みましたので、それで大目に見てあげます」
まるで天使のような優しさ……というか、本物の天使だった。俺もさっき抹殺されかけたことは水に流すとしよう。
トキエルが眼鏡をかけ直すや、時は再び動き出した。俺たちは残ったコーヒーを飲み干すと、何事もなかったかのように喫茶店を後にする。
「用件はこれで終わりです。今後のあなたの人生、陰ながら見守っていますよ。それでは、お達者で」
それっきりトキエルはいずこへと去って行った。もう会うこともないのかと思うと、俺の胸は言い知れぬ感情に満たされるのだった。
(やっぱり眼鏡かけてた方がソソるなぁ……)
別れの余韻を噛み締めていた俺のスマホに、その時1件のメールが届いた。
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