第6話 ヒーローはクールに去るぜ

 時刻は11時11分のゾロ目。現れたアプリのタイムリミットは1分間。

 迷っている時間はない。


(副作用なんて気にしてられるか――!)


 俺はログインと同時にスクロールを開始、有効な手立てを探す。


 【血糖値】――違う。

 【足首の直径】――これも違う。

 【肺活量】――これでもない――


(――これだ!! 【背筋力】……一気に500kgだ――!!)


 俺は倒木の下に身を滑り込ませ、力の限り上へ押し上げた。


「うごぉ……っ!」


 思っていたよりも持ち上がらない。だが、子供がって出られるだけの隙間は確保できた。


「は、早く……ママの所まで走るんだ……っ!!」

「うん!」


 男の子は元気に小屋を飛び出し、母親のもとへ駆けて行く。

 避難の完了を確認すると、俺は倒木をかつぎ下ろしながら後ろに身を引いた。


(助かったか……レイ君も、俺も)


 背中も腰も無事らしい。明日は筋肉痛かもしれないが。

 小屋が完全に潰れるとともに、俺の後ろでわっと歓声が上がった。


 振り向けば、いつしか近所の人たちが公園に集まって来ていた。10人……いや、遠巻きにしている人も含めると20人はいそうだ。女性の姿も少なくない。


(何と! 図らずも『ひまロウ・モテモテ大作戦』が大成功してしまったか!)


 悦に入っていた俺の所へ真っ先に駆け寄って来たのは、助けた男の子とその母親だった。


「にーとのおじさんありがとう」

「本当にありがとうございますっ! ニートでもこんなに素晴らしい方がいらっしゃるんですねぇ!」


 感動してるところ悪いが、俺はニートじゃない――と言おうとしたが、すでに周囲ではニートコールが沸き起こっていた。手拍子付きで。


「ニ・イ・ト! ニ・イ・ト!」


(や、やめてくれぇええ~! 恥ずかしい~!)


 結局、俺は名乗るタイミングを逃したまま、愛想笑いだけを残してその場を立ち去る羽目になった。




 線路を渡り、商店街に足を踏み入れる。ここまで来れば、公園での騒ぎを知る人もいないだろう。


(思わず逃げて来てしまった……)


 もしあの場にとどまっていれば、女子の二、三人と連絡先の交換ぐらいはできたかもしれない。そう思うと、俺は途端に後悔の念にさいなまれた。


(何てことだ……モテ作戦成功を自らふいにしてしまうとは……!)


「ちょっとよろしいでしょうか」


 突如とつじょ、どこからか若い女性の声に呼び止められた。


「お、俺ですか?」

「はい。先ほど公園で子供を助け出されていましたよね」

「えっ、知ってるんで――」


 俺は声の方を振り返り、女性の姿に釘付けになる。


(う……美しい――!!)


 眼鏡にスーツ姿、百合谷ゆりやさんとタイプは違えど端正な顔立ちに、長身で整ったスタイルの美女がそこにいた。


 俺は瞬時に理解した。一度はついえかけたモテ作戦が今、大復活を遂げようとしているのだ。


「あなたに大事なお話があるのですが……どこかゆっくりできる場所に行きませんか?」


 人生初、俺は美女からナンパされた!

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