第4話 ヰタ・マキニカリス ver.2.0
気持ちいい。しかし居心地は悪い。
他人の家のお風呂はなんとも落ち着かない。
終電逃してしまったわたしに
彼の伴侶であるタマキも着替えを用意してくれ、このお風呂をすすめてくれたのだ。
清とタマキはどちらも古い友人である。
出会った頃のタマキもまたサブカル大好きっ子としてあの時代を謳歌していた。
ちなみに当然ながらあの頃のわれわれのハートをがっしり掴んでいた某役者さんと同じ名前であることをしきりにアピールしていた彼女であったが、残念ながら同じたまきでもタマキの方は苗字のそれであった。
タマキとは清に紹介されるかたちで知り合ったのだが、その当時2人がつきあっていたのか?は定かではない。仲の良い兄妹のような雰囲気はあったがベタベタしている姿を見かけた記憶もない。
未だ夫婦なことを忘れてしまうほどにあの頃からイメージの変わらない関係性の2人の馴れ初めは…
清に言わせると、元々彼が大学で立ち上げたサークルにあとから入ってきた(彼女は2学年下だった)タマキがサークルの部室に置かれていた書籍群を読み漁る中で、それを持ち込んでいた部長の清の部屋に通うようになり、週一ペースで書籍を借りては返していたその期間がどんどん短くなり…やがてタマキは帰ることなく居座ってしまいそのまま同居状態になっていたそうだ。
清の立ち上げたそのサークルは寄り道をどう極めるか?を競い合うものだったそうで、大学からの帰り道をどれだけ逸れて遊び・楽しめたかの報告が主な活動であった。わたしも同じ大学に通っていたなら興味惹かれ入っていたと思うのだが、残念ながら一般的にはそうでもなかったようで、メンバー平均5-6人ほどの低空飛行で推移していたそうである。しかも姫路の町でどこまで寄り道できたのか?結果立ち上げて間もなくその活動は迷走し、ほとんどの時間は部室でのサブカル研究に尽きていたそうだ。
だからタマキが入ってきた時も活動はほぼ部室内、しかしこれが功を奏したのか?他の新入部員は聞いていたのと違う活動内容やそのあまりの地味さに一ヶ月ももたずに辞めていったのに対し彼女は最後まで残り続け最終的にはサークルを支える存在にもなっていたとか。
そもそも高校の頃にサブカル道へ大きく踏みはずれるもド田舎な当時の環境下ではそれをひた隠しに生きるしかなかったタマキにとって、存分にその趣味を開陳することが大前提なサークルや最大の理解者ともなる清との出会いは渡りに船であったろうことはよく分かる。姫路のフォーラスにひっそりと存在していたかつてのヴィレヴァンが高校時代唯一息ができる場所だったとはことあるごとに彼女が発する言葉である。
「最初に部室に入ってきたタマキが本棚を隅から端まで舐めつくように吟味して、これ自由に読んでいいんですか!?と目を輝かせていたんだよ。あの姿は一生忘れないだろうな」
と語った清の姿こそをわたしは忘れない。
まぁ、そこには当時のサブカル人間の誰しもが手を伸ばし・または過去に遡って手を出していたであろう書籍群が並んでいたそうなのだ。その興奮の姿は見てなくとも映像として再現できそうだ。そして清の当時の部屋にはさらなる深淵へと誘われるコレクションがあったのだから…
【ここで清が勧誘の名目でサークルの部室に並べていた書籍ライブラリーの一部を紹介しよう。
これらは普段から常に3-5冊持ち歩いてた彼がその管理が面倒臭くなり部室に置くようになったのが始まりだったそうだ。
タマキの記憶を拝借し当時置いてた物を列挙したが、一部彼女が持参したものもあるとか。
京極夏彦『姑獲鳥の夏』
江戸川乱歩『孤島の鬼』
夢野久作『ドグラマグラ』
稲垣足穂『一千一秒物語』
寺山修司『書を捨てよ、町へ出よう』
荒俣宏『帝都物語』
中嶋らも『ガダラの豚』
岩井俊二『ウォーレスの人魚』
H・Pラヴクラフト『ラヴクラフト全集』
ロバート・A・ハインライン『夏の扉』
ウィリアム・バロウズ『裸のランチ』
アーヴィン・ウェルシュ『トレインスポッティング』
松本大洋『鉄コン筋クリート』
望月峯太郎『座敷女』
岡崎京子『リバーズ・エッジ』
夢枕獏/岡野玲子『陰陽師』
大塚英志/田島昭宇『多重人格探偵サイコ』
萩尾望都『ポーの一族』
諸星大二郎『マッドメン』
星野之宣『2001夜物語』
つげ義春『ねじ式・紅い花』
藤子・F・不二雄『SF短編集』
HIROMIX『girls blue』
信藤三雄『CTPPのデザイン』
『STUDIO VOICE』(雑誌)
『H』(雑誌)
『QUICK JAPAN』(雑誌)
『fai』(雑誌)
『MORE BETTER』(雑誌)
『COMIC CUE』(雑誌)
『ガロ』(雑誌)
『夜想』(雑誌)
『フィルムメーカーズ』(ムック)】
しかしここまで書いていてなんだがタマキからはまた別の証言を得ている。
タマキはそもそも大学に入ってから姫路のカフェでバイトを始めていた。
清はそこの常連だったそうである。
いや、タマキの証言通りに正確に書こう。
そのカフェもまたすこしマニアックな場でサブカル好きにはたまらないセレクションの音楽が流れ、棚には唸るラインナップの書籍が並んでいた。
高校時代にヴィレヴァン帰りに寄ったそのカフェに惚れ込んだタマキは大学入学直後募集もかけていない時期に強引にバイトとして雇ってもらったそうだ。
そこに清がやってきた。それはたまたまでいわゆるサークルの寄り道の一環で見つけてだった。
清ももちろん店のセレクトしている音楽や書籍に惹かれその後足繁く通うようになったそうで、いつのまにかそれは週に数回のペースになっていた。カウンターに座る時の彼は必ずといっていいほど彼女が働いてる側を選んでいたそうで、大学最初の夏がくるころにはもう随分馴れ馴れしく話しかけられるようになっていて距離近ぇなと多少警戒もしていたとのこと。とはいえ清の話の多くは彼女の感性に触れるサブカルネタであり、カウンターに持ち込み読み進めている書籍も気になるものばかりだったのも事実。この人は何者なのだろう!?と思ってた矢先に大学の学園祭に誘われ、そこで初めて同じ大学に在籍していたことを知ったそうだ。
「まぁ、惚れてたからねアタシに、清は」
そんな風にカフェに通う彼の姿は想像しにくいが、そのカフェに行っていたことは当時も情報として知っていて一度連れてけよとお願いした記憶がある。その時はキミには敷居高い場所だとかなんとか言われてはぐらかされたのだ。
結局その学園祭で部室を訪れることになって以降はほぼ清の証言通りであるが、タマキによると部屋のはもっと好いコレクションだからと清はしつこく誘っていたようである。
【ヴィレヴァンことヴィレッジヴァンガードは“遊べる本屋”をコンセプトに1986年に名古屋にて生まれた。
10年後の1996年から名古屋以外にも進出、2002年には全国で100店舗突破、2013年には500店舗にも達した。
店の品揃えは本だけに囚われない雑多且つ独創的なもので、サブカル人間御用達なマニアックなムードとスタッフの個性が光るPOP群は他の追従を許さなかった。一方で時にグレーゾーン!?な危うい品揃えもある店舗の作りには間口の狭さ・敷居の高さを感じさせるところもあった。
しかし現在のヴィレヴァンは大きく路線が変わり最早“家族連れで寄れるちょっと変わった雑貨屋”な趣きである。
かつての店舗の雰囲気は映画版『モテキ』(2011年)やドラマ『ヴィレヴァン!』(2019年)&映画『リトル・サブカル・ウォーズ〜ヴィレヴァン!の逆襲〜』(2020年)で垣間見ることができる。
ちなみに姫路フォーラスのヴィレヴァンの開店は2001年。なので『うらかる!』の時間軸とは少しタイムラグがありますが、当時のサブカル世界の象徴としての登場としてお読みください】
さて、わたしは実はそのカフェに行ったことがあるのだ。それはずいぶんのちになってからの話で、もうその頃にはタマキとも知り合いになっていた。その日はたまたまカフェの近くを通ったので顔でも見ておこうと寄ったのだ。
が、彼女はその日は非番であった。
カウンター席しか空いてなかったためにそこで珈琲をいただいていたら、気の良いマスターがわたしに話しかけてきた。その流れでタマキと知り合いだと伝えたらわたしの存在を伝え聞いていたようで色んなエピソードを披露してくれたのである。
ここからはその時の会話とわたしの思考の再現である。
「あっ、タマちゃんと清くんの馴れ初め?あれは少し大変だったんだよ、ねぇ?」
マスターは隣で働いていた別のバイトの女の子に話をふった。
「そうなんです。あの夜タマキちゃんはこのカウンターに座ってた酔っ払いの2人組に絡まれてたんです。それがけっこうしつこくって…
その時カウンターの反対側に清さん座ってらして、当時はまだ親しくはなくって何回か来店されてる方だなぐらいの認識でしたけど」
「その日は休みで家にいたんだけど、そんな時はすぐ俺に電話入れてくれって伝えてるんですよ。ただもうちょっと様子見しようとしてたらそのタイミングを逃してしまったみたいでね」
「そうしたら清さん、その酔っ払いに静かにするように伝えたんです。とても冷静なトーンででしたけど、それが気に食わなかったのか2人組に外に連れ出されてしまって…
タマキさんは追っかけて外に出たんですけど、私は怖くなってすぐマスターに電話したんです」
その話を聞いてゾッとしたのだが、そういえばいつだったか顔にアザ作ってた清に大丈夫か?と声をかけた気がする。
「結局俺が店についた時にはその2人組は帰ってしまっていて、ケガした清くんをタマちゃんが気にかけてるところで、とにかく謝って病院行くか警察に電話しましょうと言ったんだけど、そんな大きなケガでもないですしとそのまま帰っちゃんたんだよね」
清らしいといえばらしいが、そんな話を彼もタマキもなぜわたしにしなかったのだろう?と少し淋しくもなった。
「結局それからタマキと清はどうなったんですか?」
「それがね、当時は誰も清くんの連絡先どころか名前も知らない頃で、しかも清くん読みかけの本をカウンターに置きっぱなしで帰っちゃったんだよね。
だからまたすぐ取りにくるだろうと待ってたんだけどね、全然こないの、彼」
「それまでは週一ぐらいは来店されてたと思うんですけどピタリと止まってしまって。結局2〜3ヶ月来られなかったですよね?」
「うん、その間もタマちゃんはずーっと清くんのことを気にしてて、忘れて帰った本も肌身離さず持ち歩いてたよね。あと彼が寄りそうな場所で聞き込みしたりしてた」
そんなタマキの姿はちょっと想像しにくいが、しかしその状況で消息つかめなくなったら気が気でないだろう。
「それが初夏の話だったけど、秋に入ったころだったかな?タマちゃんが見つけました!って店に軽く興奮気味で入ってきて、えっ?あのお客さん?って聞いたら…
アイツ同じ大学でしたよ!もう見つけた時心臓止まりそうでしたけど、駆けつけて本を渡しながら謝ったらどう言ってきたと思います?って、いつになくプンプンしてたんで変だなとは思ったんだよね」
たしかに変である。そもそもなぜ呼称がアイツになっているのか?
「タマちゃん、落ち着いてって諭してね、まず水飲ませたんだけど。
清くん、タマちゃんから本を返してもらって顔を見つつ面白かったかね?って本の感想を聞いてきたんだって!
そりゃ心配してたこの数ヶ月の気持ちを返してくれだよね」
それを聞いて思わず吹き出してしまった。その光景が見事に目に浮かぶ。
「で、タマちゃん頭にきちゃってビンタしたって」
「えっ?それは…」
さすがにその展開は読めないし聞いても光景は浮かばない。
「で、怒ってそのまま店まで駆け込んできたってわけ。
まぁ、清くんも清くんだけどタマちゃんもタマちゃんだよ」
そんなエモい2人の姿はわたしの持ち合わせているデータでは全く再現不可能だ。
「私もその場にいたんですけどタマキちゃん、落ち着いたら今度は泣き出しちゃって…
その日はバイト入ってなかった日なんですけど情緒不安定だったんで閉店まで店にいさせて他愛もない話して過ごさせたんですよ。
そしたらね?」
「うん、閉店間際だけど清くんがきてね、タマちゃんはもう帰る準備してバックヤードにいたんだけど呼んで、清くんにこんな時間だし送ってあげてくれない?って伝えたら快く引き受けてくれて」
「それから清さんはまたここによく来てくるようになったんですよね。私たちにもよく話しかけてくれるようになりましたし。
あと次の日から清さんの忘れていってた本をタマキちゃん読んでましたね」
そこからは大体清とタマキの証言通りにエピソードは進んだ。
しかしこの話を清もタマキとわたしにしないということは知って欲しくはないのであろう。マスターとバイトの子にわたしは聞かなかったことにすると伝えその日はカフェをあとにした。
これが2人の馴れ初めである。
そろそろのぼせてきた。
が、ここで心に引っ掛かり続けていることをひとつ吐き出そう。肝心のその本のタイトルである。
マスターもバイトの彼女もうろ覚えであったのだが、断片的な情報でたどり着けた書籍のタイトルこそこの古書店の一階の喫茶店の名前そのものであったのだ。
わたしは2人にそれを確認できる日を待ち続けている。
うらかる! なれ(ず)のはて @electolphin
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