第42話 エルファンに向かう前に③
「な、なかなかやるようだの」
「そっちこそ。口だけの腕自慢ってだけじゃなさそうじゃん」
突然取っ組み合いの喧嘩を始めたバカが二人。
口元を拭いながらお互いを認め合うようなセリフを吐いている。
「ほらそこー、急に喧嘩始めて周囲に迷惑かけるなよ。それはそうと腹減ったろ。飯できてるから仲良く食べるんだぞー」
どうしてこんなことになってしまったんだろうか。
発端は単純だ。
煮え切らない玉藻に対して、
ただそれだけなんだが、お互いに『お前やるじゃん』みたいな空気を醸し出している。
たった一度の殴り合いで、こうも打ち解けられるもんなのか?
女の子同士なのに。
生まれてくる世界間違えてねーかなぁなんて思う洋一である。
「いつからバトルスタイルが拳になったんだよヨッちゃん。ほら、焼き鳥ならまだ食えるだろ?」
「お、わかってるねぇ。こいつだこいつ」
「焼き鳥とはなんじゃ? 鶏の肉を小さく切り分けたのはわかるが」
玉藻にとっては初めて見る料理だったのか。
ヨッちゃんがうまそうに頬張るそれを気付かぬうちに目で追っていた。
「お、食いたいか? ちびっこ」
「妾は玉藻! こう見えてお前なんかより何百年も長生きしておる。見た目で年齢を決めるでないわ」
言いながら、
今までは手や口が汚れないような食事しか出すてなかったのもあり、タレで口の周りをベッタベタにして食べる『焼き鳥』なる食べ物は食べづらさと味の強みですぐには口に合わなかった。
「味が濃すぎるのう」
「ポンちゃん、ご飯ある? このちびっこに美味い飯を食わしてやりたい。可能であれば生卵にネギ、塩、胡麻もあれば」
「お? あれをやる気だな。いいぞ、すぐ用意する」
「何をする気じゃ? どんなに手を尽くそうと、食べ慣れぬものは食べ慣れぬぞ? それよりも小籠包をの、もらえぬか?」
「まぁまぁ」
用意されたものを前に。
椀に盛り付けられたご飯の上に串から抜いた焼き鳥をまぶす。
そこにネギ、胡麻、塩をふりかけ、最後に生の卵を落として完成だ。
「こいつはなぁ、こうやって混ぜて食うんだ。ポンちゃん、玉藻にも作ってやってよ」
そう言いながら、自分だけ混ぜてから口にかっこんでいく。
結局見せびらかすだけ見せびらかせて、完成品は自分の腹の中だった。
「妾のために作ってくれたのではなかったのか?」
「実はな、最初はそのつもりだったが。普通にうまそうでお前に食わせるよりまず自分で味見したいと思った」
自分に正直な女である。
あんまりな開き直り具合に、さすがの玉藻も目を丸くした。
「このぉ! このぉ!」
「悪い、ポンちゃん! 大至急作ってくれ!」
大暴れする玉藻に、自分の分を死守する
こういうところは本当、昔のままだなと笑う洋一。
「お待ちどう! みんなの分も要したのでどうです? お箸の使い方は分かりますか?」
「紀伊から聞いています。あの子も随分と皆様に感化されたようで。あら、意外といけるわね」
華が玉藻の言葉を聞いて、味が濃いのは少し……と思いながら意を決してご飯と共に口の中へ。
数回の咀嚼の後、うっとりと表情を綻ばせて。
甘辛いタレに卵は昔から鉄板だよなと頷く洋一。
「本当、これ美味しい! ヨーダ様、ミンドレイにいる時にどうして教えてくださらなかったんです?」
「単純に忘れてただけなんだよなぁ」
「今の今までです?」
「こうやって実際に実物を見て、急に食べたくなったんだよ」
「焼き鳥は居酒屋の定番メニューだからな。ということで一杯どうだい?」
洋一の手にはジョッキ。そこにはキンキンに冷えたビールがなみなみと注がれていた。
「さすが相棒。オレのことわかってんじゃん」
「何年の付き合いだと思ってんだよ。おかわりもあるぞ」
「あー、こうやって飲んでるとようやく学園も終わったんだなーって清々するわ」
「学園はそんなに窮屈だったのか?」
屋台のカウンター越しに、一息ついての近況報告。
「どこから話すべきかな」
どこか昔を懐かしむように、語り出す。
長いようで短い。
あらゆるイベントを力技で解決してきた、黒歴史がそこにあった。
横で聞いてたマールがなんか可哀想な人を見るような目で悲しんでいる。
「ヨッちゃん、友達作らなかったのか?」
「ポンちゃんと合流する前提だったしな。そういうポンちゃんは?」
「俺はヨルダを弟子にしちゃったからな。でも同年代のティルネさんがいてくれたので、気は楽だったな」
「ずりぃ」
唇を尖らせる
「そうはいうがよっちゃんも大活躍だったじゃないか。もしヨッちゃんが学園に行ってなかったら、もしヨルダの代わりにヒュージモーデン家に向かってなかったら。ヨルダもティルネさんも帰る家を失ったままだったんだぞ? だからよっちゃんのやったことは何も無駄じゃなかった。俺はそう思うけどな」
「そ、そうか? だったらオレも学園行った甲斐があったな」
「ですよー。紀伊様とだってお友達になれたのは、間にヨーダ様がいたからです」
「何気にファインプレーなんだよな、ねーちゃん」
「ええ。よかったですね、マール。すごい方とご縁が持てて」
「はい、おじ様」
「なになに、じゃあ彼女が聖女に覚醒しなかった原因の一端って」
いよいよ持ってシルファスが気がついた。
「ヨッちゃんだろうなぁ」「ヨーダ様です」
洋一とマールが頷きながら答える。
「そもそもにして、覚醒イベントがなんなのかも知らないんだよね、オレ。アソビィも教えてくれないし」
「あー、私も聞き逃してますね。聞いてきますか?」
「頼めるか?」
そう言って、その場に魔法陣を残して消えるマール。
突然の出来事に洋一達は騒然とした。
「ヨッちゃん、マールさんはどちらに?」
「ん? 実はな。俺たちはダンジョンと契約してるじゃん?」
「ああ」
「おい、契約ってなんだ? ダンジョンは人類の敵、魔王の先兵って話じゃないのか?」
「シルファス様、黙ってて」
「はい」
ヨッちゃんに一睨みされおしだまるシルファス。
そして少しして魔法陣からマールと、学園で別れたはずのアソビィ嬢がやってきた。
「お待たせいたしました」
「お、いらっしゃい。ビールでいいか?」
「両手がないのでストローで飲める物があれば」
「オッケー、おっちゃん。ジュースとかある?」
振り向きざまに、ドリンク系統ならティルねだろうと話を振る。
「いいえ、ジュースならヨルダ殿ですね」
「おっと、出せるかい?」
「いいよ。どういう系? みかんとかりんご、イチゴとかもあるぞ」
「合わせたミックスジュースとかは?」
「できなくもない。ちょっと待ってろ」
ヨルダはベア吉に頼んで以前作ったジューサーの魔道具を引っ張り出した。
程なくして、オリジナルミックスジュースが完成。
アソビィの前まで運ばれた。
「こんな感じで大丈夫か?」
車椅子の少女アソビィ。
その車両にセットできるように金具を取り付けて、口元にストローが当たるように一まで調整してみせた。
「すごいわ、ここまで望んでないのに。よくこういうのが欲しいとわかったわね」
「もし自分がそういう状態だったらどういうのが欲しいかなって考えればすぐわかんだろ。オレもさ、師匠を見て成長してるんだよ。そこでただ作って出すだけじゃダメだって気づいたんだよね」
「すごいわ。向こうの世界も知らないのに」
雑談に花が咲いてあっという間に話が流れた。
話を元に戻して。
本来ならマールがたどるべきゲームのストーリーをアソビィの口から聞いた一同。
それは家を出た学者の叔父の訃報を聞いて、がむしゃらに学者の道を目指したマールが対立貴族のサル家令嬢からいじめられてるシーンで覚醒するということだった。
マールはそこで助けてくれたロイド王子などの攻略キャラに惹かれて学園生活を充実させていくとかなんとか。
「なるほど、じゃあ原因はオレである以前にポンちゃんじゃないか?」
「ティルネさんを拾ったからマールさんがたどるべきイベントが発生しなかった?」
「どっちがよかったなんて、今は比べるまでもないですが」
と、マール。
でも、そんな物語に左右されるよりも、今が断然最高です、とマールは感謝の言葉を洋一に述べた。
叔父であるティルネの生還。
その上で腐ることもなく、新たな道を歩み始めた。
ずっと伸び悩んでいた叔父のそんな姿を見れて、マールは感謝しきれないのだという。
「なるほどねー。じゃあ、俺か、原因は」
「ようやく認めたな、諸悪の根源め」
ウリウリ、と
「うーん、つまりイベントはそれで不発になったというわけか。まぁゲームに似てるってだけでまんま一緒だなんて思っちゃいなかったが」
シルファスは踏ん切りがついたようなつかないような顔で納得した。
どちらにせよ、もう自分も勇者ではない。
王位を継承する手段をなくし、なんなら弟に全てを託した身であった。
「そんなことよりヨッちゃん」
「うん?」
「どうやってマールさんはこの一瞬で学園と行ったり来たりできたんだ?」
「あー、そこ聞いちゃうかー」
「そりゃ気になるからな。エネルギーの発生を感じなかった。何か裏技でもあるのか? だとしたら知りたいって思うもんだろ」
「そうだな。元々オレたちはそれで直接ジャンプできなかったのもあるんだよ」
「合流に足を使った理由がそれなのか」
「そうそう」
「で、その方法は?」
「ダンジョンだよ」
「ダンジョン?」
憎たらしい笑みで、
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おっさん料理人の異世界グルメライフ 双葉鳴 @mei-futaba
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