第42話 エルファンに向かう前に②
ここに来るのにエネルギーを消費した。
失ったら貯めればいい。
それができてしまう洋一達は、ジーパで再度歓迎会を開いた。
とはいえ、ボートに乗り付けずにそのままジャンプしてきたものだから、鬼人たちの前に顔を出すのは忍びない。
方法を尋ねられてもうまくはぐらかす術を持たぬと判断した洋一達は、華と玉藻を対象に宴会を開くことにした。
娘である紀伊の学園生活を聞いてご満悦の華様。
ここはヨッちゃんとマールに任せて自分達は料理を作ろうとそれぞれが動き出す。
暇を持て余した玉藻が、支度中の洋一たちの様子を見て回った。
「そういえば玉藻様」
「なんじゃ」
「ほとんど様子見で全然顔を出してくれなかったじゃないですか」
「ああ、そのことか。ちぃとジーパで面倒なことが起きてての」
「面倒なこと?」
それが忙しくてほとんどこっちに連絡が行かなかったらしい。
料理の手は止めず、しかし続きが気になる洋一は促す。
「今回ミンドレイとの国交樹立でミンドレイに留学生が渡ることになったであろ?」
「俺はそこら辺よく知らないんですが」
世情に疎い洋一である。
そこへ情報を付け足したのが藤本要、ヨーダだ。
「実は紀伊様がポンちゃんと直接料理をやりとりしたのが起因して、ロイド様がなんとしても手に入れたいと婚約を結びつけたのが始まりでな」
「ああ、あったね」
「そこでロイド様が本気を見せた結果、ミンドレイ貴族の侯爵相当に鬼人を置くことになってさ」
「爵位とか全くわからん」
「まぁ、ポンちゃんはそうだな。わかりやすくいうなら、お店的にいえば、今までオーナーの元で腕を振るってきたスタッフのチーフがもう一人増えた感じだ。その店のことは何も知らないし、しかも文化も食事事情も大きく異なるチーフだ。まぁ厨房は混乱するわな」
「すごくわかりやすい」
やっぱり教える才能がずば抜けている。
洋一という存在がどのような人物かを熟知した上でわかりやすい見方を説明できるのが藤本要という人物だった。
「ま、付き合いが長いからな。んで、問題はそれだけじゃなくてな。その店にどんどんそっちの文化圏の料理スタッフが入ってきた。店のパニックは想定を超えたってわけだ」
「そんな状態じゃオープンもままならないだろ」
「ああ。しかし困ってるのはお店だけじゃなく、移転してきたスタッフたちもってことでな」
「そのお店以外も?」
「突然移籍が決まったんだ。中にはそっちの店一本でやって行くって決めてた連中がだよ? 突然上司からの通告で店を併合することになったから、翌日からそっち行けってなったらポンちゃんならどう思う?」
「難しいな。店には思い入れがあるし、できればそこで世話になりたいとは思う」
「まぁ、そういうこと。鬼人がジーパ以外で暮らすって考えがなかったんだよ。心の故郷はいつだってジーパで、外に出たいと願っても、それは心の故郷があってこその冒険だった」
「出て行きたくないって人が増えたのですか?」
「そうじゃな。妾と華はそれにかかりきりよ。せめて怪生も共にあったら話は違うんだがの」
「全く違う文化が同居するのは難しいですからね」
「料理みたいにもっと軽率に迎合しちゃえばいいのにさ」
シルファスは面倒なやっちゃな、とぼやいた。
全くもってその通りである。
洋一も話を聞いた限りではジーパ人に同情したが、食事で文化破壊をしてきた洋一だからこそ思うこともあった。
「簡単にいうなよ、新入り。根はもっと深い問題じゃ」
シルファスの軽口に、玉藻が憤る。
「たとえばザイオンは生肉食の文化がある。あんたらジーパ人もそうだろ? それをぶっ壊して回ったのが洋一さんだ。あんたたちもそうだったんじゃないか? 最初こそはジーパの食文化を汚された! と思ったかもしれない。しかし受け入れたら受け入れたで、一歩前進できたんじゃないか?」
「うっ」
玉藻とて覚えはあった。
それは中華料理という柔らかい、つるんとした皮に魚介を挟んだ料理であった。
小籠包と呼ばれるものである。
生食文化。特に魚介類を好んで食すジーパ人とも非常に相性が良いというのも幸いした。文化圏の違う食事を受け入れた。
だったら文化も受け入れられるのではないか?
シルファスはそう言いたいみたいだ。
「たとえば今作ってるたこ焼き。これも魚介をふんだんに使う」
「だが、見てる限り胸焼けしそうなほどの油分量じゃ!」
「ああ、これは表面をカリカリにするための施しだからな。それにこの熱気、すぐに弾けてしまうよ。いうほど油分はないと言っておこう。そして仕上げたこいつにかけるのはソース、マヨネーズ、青のり、鰹節。最後に紅生姜だ」
シルファスは慣れた手つきで舟形に押し込み、玉藻に食ってみろと手渡した。
事前に爪楊枝をさして、自分で食べ方を教えている。
つまみ食いという形だ。
お互いに猫舌なので涙目になりながら口の中で転がした後、ゆっくりと味の感想を述べた。
「猫舌が恨めしい」
「だの……じゃが」
「こいつが食文化の迎合だ。ジーパの生魚食文化に、今度新しくザイオンの名物になる粉物文化。どうだい? こいつは受け入れられないかい?」
「これならば受け入れられる」
「食はな、意外とこだわりがあるからなかなか捨てられないんだ。けど、こうしてお互いにすり寄ることで認め合える。文化だってそうじゃないのか? ミンドレイはとんでもないくらいに今までの横暴さを捨て去って、受け入れ体制を整えてくれている。そこになんか気に食わないから合流したくないはただのわがままってもんだろ?」
真剣にたこ焼きを作りながら、シルファスは自分なりの回答を玉藻に示した。
国家の繋がり。統一国家といえどいいことばかりじゃない。
民族同士のぶつかり合いがそこにあった。
元々、人種差別をしてきた国との迎合だ。
疑う気持ちも大いにわかる。
けれどそれを受け入れてまで、勝ち取ったのは洋一の食事優先権だった。
国と国のすり合わせなんかより優先したのは安定した食事だった。
「はいよー小籠包お待ち」
シルファスの話なんて丸っと無視して、洋一が奥から渾身の一品を持ち出した。
蒸し籠のなかは熱気が溢れており、見ただけでうまそうな匂いが顔中にかかった。
「おー、これじゃこれじゃ」
いつぞや食べて、味覚を刺激されたよその文化の集大成。
それに手を伸ばし、先ほど呪った猫舌を再度呪いながら玉藻は味わうことを再開した。
口の中に溢れる旨味の洪水。
これを定期的に摂取できるんなら、多少のわがままでも許せる気になった。
「今回の小籠包派ですね、実はミンドレイ式でお肉がたっぷり使われております」
「む、これがミンドレイでの小籠包なのか?」
「悪くないでしょう?」
今までの魚介を一切使わず、それでもジーパの野菜、香辛料を肉と合わせて使えばジーパ式となる。不思議なものだ。
味わいこそ違うのに、どこか懐かしいと玉藻は思ってしまった。
「むしろ今まで毛嫌いしてきたのがバカらしくなる思いだな」
「そうなんですよ。結局は食わず嫌いの思い過ごしなんてことはよくあります。文化圏の違いは、そう言った思い込みでいつまでも味わうことができないまま時間が経過してしまう。俺はそれをもったいないなと思ってしまうんです」
「洋一殿はそう思うか」
「ええ。結局俺は作るのもそうですが食うのも好きなんですよ。いろんな地域に行って、その地域の食事を堪能する。ついでに思いついたオリジナルレシピを公開して、現地人に振る舞う。最初こそみんな食いつかないんです。俺たちがそうであったようにね。知らない文化圏の食事なんて、毒じゃないのかって疑っちゃう気持ちもわかります。けどね、一歩進んだからこそ見える景色もあるわけで」
「それこそが文化圏の迎合というわけか?」
「別に全てに身を委ねる必要はないと思います。心構えはジーパのままで。まずは食事から慣れてみたり、歩み寄ったりしませんか? 一緒に食べて飲んで馬鹿騒ぎして、ん仲良く慣れたら友達だ。俺たちはそうやって有効の輪を広げてきました。文化の違いがなんだっていうんですか。そんなもん、美味い飯の前では気にならなくなる。俺はね、自分の飯を食って喜んでくれる人が一人でもいたら勝ち! くらいの気概で料理人をやってますよ」
「国も、ワシらもそうあれと?」
「別に無理強いはしませんがね」
「いや、妾たちは少しどころかかなり頑固じゃからの。そういう思いを先行しがちじゃった。しかし、そうよの。そういう考えもあるか」
「ま、美味いもん食えればなんでもいんじゃね?」
藤本要は、そう締めくくる。
人の皿の上の小籠包を勝手に平らげ、あっけらかんと述べた。
「貴様、人のものを食うなと親に教わらなかったのか?」
「なんだ、チミっ子? 飯は早いもん勝ちだってルールを知らねーのか?」
「ほう、貴様。命がいらないと見える」
「やるか? 腹ごしらえのウォーミングアップにちょうどいい、こい! ミンドレイ式の格闘術を叩き込んでくれる!」
「妾の仙術でコテンパンにしてくれるわ!」
「あーあ」
うだうだ言ってる玉藻に、藤本要は喧嘩をふっかけた。
気に入ってる料理を横から掻っ攫われるのは最上級の喧嘩の売り方である。
そこから先は戦争だぞ?
お互いに話がまとまりかけた時のこれである。
「ま、ああいうのは言葉でどうこう言ってもわからんだろ。だからあれでいいと思うぞ?」
「そうかなぁ?」
「ジーパってのは生粋の戦闘民族だろ? ザイオンもそうだからな」
だから小難しい話は後回しですぐ喧嘩に走るんだよ、とシルファス。
なんだかなぁ、と思う一方で喧嘩を通じてしかお互いを認められない厄介な人たちなのだなぁ、と勝負の行方を見守りながら料理に向かう洋一だった。
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