エルファン編

第42話

おっさん、ダンジョンを構える①

「ヨシ、なんとか押し付けることに成功したな!」


 ワハハ、見たか弟の間抜けづら! と、シルファスがドッキリ大成功とばかりにはしゃいでいる。


「兄ちゃん、めっちゃ驚いてたな」


 ヨルダも、そのことを思い出してニヤニヤする。

 なんだかんだとこういうサプライズは好きだったりするのだ。

 周囲に仕掛ける相手がいないってだけで。

 そういう意味では、ヨーダとマールが来てくれて良かったのかもしれないね、と洋一は思う。


「ゼスターさんには悪いことをしちゃったかな?」


 唯一洋一だけが今後のことを心配していた。

 今回の仕掛けは、シルファスによるものである。

 曰く、弟は優柔不断が過ぎて手を伸ばせばすぐに届くだろう距離まで来てもの菓子続き的たのだそうだ。

 特に上の兄二人がやらかす。

 今回は選ばせるまでもなく、押し付けて全部手中に収めた。

 邪魔してくる兄もいない。

 今頃手中に収めたものを噛み締めていることだろう、と姉らしいことをしたつもりでいる。


「でも、やる気はあったんだろ? なら使いこなして見せなきゃよ。気持ちだけデカくたって王様にゃなれんぜ?」


 ヨーダが理想論を述べる。


「ははは。彼にとっては他人から寄越された力に頼ることなく、自分で掴み取りたかったんでしょうな。男の子はそういうところがありますから」


 それに対し、ティルネが男の子とはそういうもんです、と昔を懐かしんだ。

 自分にもそういう時期があった。

 今はすっかりやさぐれてしまった。

 もし自分にもそんな待遇があれば、どう思っていただろうかと。


 過ぎ去った過去の殆どは思い返すのも苛立たしいことばかりである。

 なんなら楽しい思い出は、洋一と出会ってからの方が多かった。

 そこからは苦労の連続であったが、不思議と苦ではなかった。

 

 なんだったら、苦労して覚えた知識は今に生きている。

 過去に学んだ時とは何処か心構えが違っていた。

 その場しのぎではない、次に活かすための知識の研鑽。


 最初は洋一を真似ていただけ。

 けれどいつの間にか、自分の新しい生きがいとなっていた。

 苦労して覚えた知識は、今も自分の中で生きている。

 次は何を覚えようか。

 それを考えるのも楽しくなってきたティルネであった。


「ああ、わかります。借り物の力って恐縮しちゃうんですよね。俺も先輩に教えてもらった技術をもて余したもんだ」


 洋一も共感した。

 自分で育てた技術や育んだ知識ではない。

 他人から与えられた技術。

 それは果たして自分の力なのか?

 

 修行時代の思い出。

 教えてもらった技術は、上手くできてもまだ自分のものではなかった。

 それでも自分の中に落とし込んで、他人に食べてもらって自分のものとした。


 それを飲み込むまでの期間が短すぎるとしっくりこないものなのだ。


「私だったら、ありがたく使わせてもらいますけどね」


 マールはそんな感傷に浸らず、もらえるもんはなんでももらうといった。

 努力をして得られるものも必要だが、貧乏男爵家生まれの彼女は自分の地位が向上するんならなんでも飲み込んできた。

 そんなメンタルや生まれが考え方の違いを生ませるのだという。


「俺も」


 マールの考えに理解を示したのは男の心を持ちたいと言いながらも、メンタルは女子のままのシルファスだった。

 せっかくくれたものをどう扱うかは本人次第。

 力は力でしかないんだから、それに萎縮するのは違うという考え方だった。

 

「それより、ここはどこだ?」


 改めて周囲を見渡す。

 シルファスにとっては見慣れぬ景色。

 しかしヨルダやティルネ、洋一にとっては見覚えのある、懐かしい風景だった。


「ジーパか」


「久しいな、契約者殿。そちらの方は初顔か」


 そこへ姿を現したのは華だった。

 すっかり激情を潜めてお淑やかさを身につけている。


「鬼人、ていうことは紀伊様のご親戚?」


「あら、うちの紀伊を知っていますの? もしかしてご学友の方かしら? マール様?」


「あ、はい」


「オレはヨーダです。まぁ、この通り男装してるんですが一応女っす」


 マールが挙手し、ヨーダは自白した。

 両人とも男装しているが、マールの男装は男物の服を見に纏っただけの違和感がある。ヨーダくらいになると年季の入り方が違い、一見して女だとは見破られないから自白したのである。


「あぁ、ヨーダ様! お噂は伺ってますよ。なんでもフィジカルで鬼神と張り合うのだとか?」


「紀伊様は手を抜かれておりましたよ。本気を出したら殺してしまうだろうというて心をかけてくださったんでしょう」


「ふふふ、嫌だわ。あの子は仙術を用いた上で圧倒されたと言っておりました。その力、ぜひ私の前でも見せていただけます?」


「勘弁してください」


 お互いに笑顔のままで腹の探り合いをしている。


「ま、まぁ積もる話もあることでしょうが。少しご相談があって参ったのです」


「ジーパの恩人である洋一殿のお頼みならいくらでも聞きましょう」


「恩人って?」


 話をうまいことまとめた洋一に、ヨーダが聞き返す。


「何、大したことないさ。ちょっと過保護が過ぎた華様がジーパごと心中しようとしてたのをうっかり止めてしまっただけさ」


「あれをうっかりと言ってしまっていいのかもわからんがの」


 華の肩から小狐がぴょんと降り、軽く一回転して玉藻が姿を現した。


「お久しぶりです、玉藻様」


「うぬ、分体から貴殿の活躍を見ておったぞ」


「まるで活動してなかったように思いますが?」


 洋一はアンドールでもザイオンでも、全く動いていなかったことを示した。

 たまーに声をかけたり、管理者同士で内緒話をしていたことは知っているが、


「流石にザイオンでの過去のやらかしがあるからの」


「やらかし?」


 ザイオンと聞いて耳をパタパタさせるシルファス。


「300年前、国を滅ぼしかけた金毛九尾というのがこの玉藻様らしいんだ」


「は? 御伽話の逸話じゃないんかあれ!」


「そこの獣人にとっては御伽話か」


「一応俺、王族なんだけど。ほら、聖剣」


 シルファスは玉藻に聖剣を突き出した。


「ほう、これが姉上が施したイベントというやつか。ほれ、封印を一つ解いてやったぞ?」


『玉藻様、そういうネタバレは』


『ぬ? だめじゃったか?』


『オリンだったら気を利かせて何も言わないもんです』


『母上どのには至らぬか』


「え、封印? マジじゃん。封印解けてら。もしかして玉藻様って?」


『ここはダンジョンに封印されてた妖精だと言って誤魔化してください』


『そういう設定か、任せれよ』


 玉藻は陽一と内緒話をしながら、飛び上がってくるりと一回転。

 するとその場に小さな妖精の姿で姿を現す。

 ダンジョンモンスターのフェアリーだ。

 なぜか狐の耳を生やし、尻尾が羽の代わりになっている造形の甘さだ。


「よくぞ我をダンジョンから解き放ってくれたの、勇者よ。我も其方に力を貸そうぞ!」


 ピカっと光り、聖剣の中に吸い込まれていった。

 そう見えるだけで、玉藻様はそこにいる。

 ちょっと目に見えないだけだ。


「こんなイベント知らない。え? これで解放? あっけなさ過ぎんだろ」


「まぁ、使用回数が増えたんならよかったじゃないですか」


「納得はいかないが……そうか、弟が受け取りたがらなかった力の譲渡はこういう類か……これは確かに、考えさせられるな」


 玉藻に会うまでは、なんでも受け取ると言って見せたシルファスも、こういう強引なやり方は納得がいかなかったみたいだ。

 なんだかんだ似たもの同士なようだ。

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