第6話 商人街

「今日、調子悪いな……」


「……どうしてだろ?」


「時々あるよなー、こういうの」


 宝箱が出現する確率はそこまで高くは無いため、丸一日歩き回っても一つや二つしか見つからないなんてことは稀に起こる。

 ……金が無くて困っている時は特に、よく起こることだ。


「アレだけじゃ足りないしなぁ……」


 辛うじて一つだけ見つかった宝箱には純金のコインが入っていた。

 しかし、ダンジョンでは金や宝石類が出現する機会が多く、金の価格はかなり下がっている。稼げる金額は十万円にも満たないだろう。


「私、そろそろ物資が無くなっちゃうし、一回帰ろうと思うんだけど良いかな」


「ま、まじ?」


 それは困る。メチャクチャ困る。

 貯金のほとんどを使い尽くして口座に残っているのはたったの三万円。今住んでいるマンションの家賃すら払えなくなる状況だ。

 そんな俺の焦りようを見た三毛谷は申し訳なさそうな顔をして。


「だ、ダメかな……」


「……いいや、大丈夫。三毛谷さんは先に帰って」


 そもそも、しっかり貯蓄をしなかった自分のせいでこんなに苦しんでいるのだ。そんな自業自得の話なのに彼女を巻き込むわけにはいかない。

 そう思っての言葉だったが、彼女は何か慌てたように前のめりになって。


「待って……私も行く」


「物資無いんじゃ――」


「良いのっ!」

 

 大きな声を出した彼女は、ハッとした顔をすると目を逸らす。

 恥ずかしそうに顔を染める姿にドギマギさせられながら、俺は改めて手を差し出す。


「分かった。予備の食料はあるから道のわかってる範囲を歩こう」


「うん」


 表情こそ硬いが、その眼はキラキラと子供のように輝いていて。

 自分よりもずっと大人だと抱いていたイメージが揺らぐ。

 しかし、それは幻想の形が変わるだけの話であり、むしろ彼女に対する知りたい気持ちが大きくなる。


「嫌なら答えなくて良いけど、三毛谷さんって何歳?」


「えっ……二十一歳……だけど?」


 歩きながらの問いかけに、彼女は恥ずかしそうに声を震わせて答える。

 年上だと思っていたのもあって驚く俺に、彼女の方もおずおずと尋ねて来る。


「ひ、肥川君は?」


「同じ。二十一歳だよ」


 そう答えると彼女は心底安堵した様子で息を吐いた。

 やっぱり気があるよなと、そんな期待を抱いてしまいながら、幾分か表情が明るくなった様子の彼女に。


「三毛谷さんはずっとソロ?」


「国から要請受けた時じゃなければずっと一人……」


 気恥ずかしそうに答える姿が大変可愛らしい。

 腕の立つ探索者には国から指定のダンジョンを探索するよう要請される事がある。

 かく言う俺もその要請を受けてスネークバスターズの一人として向かったことはあるが、大抵の場合が出現したばかりの不安定なダンジョンを調査する内容だ。

 魔物の多さもさることながら、宝箱の出現率は低いし、出て来る宝物も不完全な状態であることが多い。

 その反面、普段は見られない住人の死体であったり、何かの危険を知らせる警報が鳴り響いていたりと、そこで生活していた痕跡が見つかる事があるため仕事としては楽しい部分もある。

 

「ソロってキツくないか? 三毛谷さんみたいな美女だと敵はモンスターだけじゃないだろ?」


「……本当は隊を組みたかったよ? でも私、コミュ障だから……」


 この事実をもっと早く知りたかったと、そんな思いが湧き上がる。


「そうか。じゃあ、俺を練習台にしてコミュ力付けよう」


「うん」


 目は合わせてくれないが、嬉しそうに微笑んだのを見て今度はこちらがドキドキさせられる。

 と、前方に壁門が見え始めた。


「商人街、入るか?」


「浅いところ、探索しよっか」


 今歩いている所が平民街で、多少の差異はあれど小さい一軒家が多く、モンスターも比較的弱い。

 この先にある商人街は平民街とは壁で隔たれた先にあり、色とりどりの店やある程度大きな一軒家や屋敷と呼べるような豪邸なんかも立ち並ぶ区域だ。

 何度か入った経験はあるが、平民街ではレアなドラゴン系のモンスターが闊歩していることが珍しくなく、それ以外にも狡猾で厄介なものも現れ始める。


「三毛谷さんはどこまで入った事ある?」


「貴族街……だけど、その時はまだ弱かったから、入口近くを探索してすぐ帰ったけどね」


 貴族街は商人街の次の区域だ。

 制圧のため入った自衛隊の戦車隊が壊滅的な損害を受け、たった十数体しか討伐出来なかったという話は有名だ。

 そんな場所に一人で立ち入り、しかも探索までしている時点で俺とはレベルが違う。

 

「……今更こんなこと聞くのもアレだけどさ、本当に俺なんかと組んで良いのか?」


「今は弱くても、これから強くなってくれそうだから大丈夫」


「精進します」


 冗談めかしてそんな事を言っている間に、平民街と商人街を隔てる壁門の前に辿り着く。

 常に開け放たれているため、その先に続く大通りと、それに沿ってずっと奥まで並ぶ様々な店。

 きっとダンジョンとなる前までは住民たちで賑わっていたであろうノスタルジックな光景を見ていると、不思議と焦燥感に襲われる。


「じゃ、軽く壁門周辺を探索して、それでも何も見つからなかったら帰ろう」


「うん」


 こっくり頷いた彼女と共に、俺たちは壁門を潜って中に入った。

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不当解雇された雑用係は凄腕コミュ障魔術師ヒロインと共にダンジョンを攻略するようです ぴよぴよ @piyopiyonyan

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