第5話 二面

 べっこり凹んだ鎧をぶっ叩いて治すのに一時間も掛かった。

 きっと早く探索したいだろうに、三毛谷は嫌な顔を一つも見せずに俺が修繕する姿をじいっと眺めて。

 気まずいのにちょっと嬉しいという、何とも言えない時間を過ごした。


「じゃあ、行こう。三毛谷さんのルートで行く? それとも俺のルート?」


「どっちでも……」


 目を合わせようとせずにボソッと答える彼女に保護欲が掻き立てられる。


「俺のルートでも良いけど……ここまで歩いて来て宝箱が一つも見つかってないんだよ」


「じゃ、じゃあ私のルートにする?」


 自信の無さそうな声がまた可愛らしい。

 撫で回したい欲を何とか抑え、「そっちで行こう」と返事をした俺は彼女と共に民家を出る。

 通りに出れば俺がさっき捨てたドラゴンの死骸に小さな生物がワラワラと群がっていた。


「キモイなぁ……」


 アレはダンジョンの掃除屋と呼ばれる謎の生物だ。

 人間やモンスターの死骸はもちろん、外部から持ち込まれた物なんかも全て食べてしまう。

 流石に生きている生物や、身に着けている装備までは食わないが、テントや仮設住宅などを設置してしまうと翌日を迎える前には倒壊するだろう。

 これを知ったどこかの国では放射性物質をダンジョンに大量投棄してアレに喰わせようとしたらしい。

 ……ダンジョンの全てが放射能を纏い、周囲数十キロの範囲が立ち入り不可能になる甚大な被害が出るハメになったそうだ。


 そんな事を思い出しながら三毛谷の案内で歩いて行く。

 どうやら彼女は大通りを悠々と進むスタイルだったらしく、アプリの方で共有されたマップには広い道だけを通るルートが示されている。

 ダンジョンの入り口近く以外で三毛谷と出会う事が少なかったのはこのためらしい。


「三毛屋さんはスネークバスターズの連中、どう思う?」


「すごく嫌い」


 案の定というべきか、直球な言葉が出て来た。


「俺が隊を抜けてから一線超えたような事とかされなかったか? 少し不安だったんだよ」


「見かけたら透明化で逃げてたから大丈夫」


「あいつらがしつこすぎて習得した感じ?」


「前から使えたよ?」


 ……あれ?


「前まで透明化で逃げなかったのはどうして?」


 先を歩く彼女に問いかけると、急にその場で立ち止まる。

 と、微かに獣の臭いと微かな振動を感じ取り、俺はこちらを振り返ろうとする三毛谷の元へ飛び込む。


「そ、それは――きゃっ?!」


 瞬間、俺たちの立っていたところに巨大な物体が降って来た。

 剣を引き抜きながら振り返れば、四メートル程の巨体が体を大きく広げて見せて。


「ゴゲェェェッ!」


 大声で叫んだソレは翼をバサバサとはためかせ、尾の蛇と共に全力でこちらを威嚇する。

 ――コカトリスだ。


「蛇に噛まれるなよ」


「分かってる」


 今までのオドオドしていた雰囲気が消え去り、頼もしい声が返って来た。

 ……カッコよくて可愛いって完璧じゃないか?


「俺が前を張る。魔法で支援頼むぞ」


「任せて」


 返事を聞いた俺は剣を構えて駆け出し、向かって来る蛇の頭に切先を叩き付ける。

 ドラゴンほどでは無くとも硬いはずの蛇頭の肉があっさり切れて、鶏が慌てたように脚で蹴り付けようとする。

 剣で防御しようとするより先にエネルギーが動いたのを感じ取り、そちらに目をやれば。


「【ピアッシング・エクスプローシブ】」


 いつの間にやら側面に回り込んでいた三毛谷の杖から放たれたのは、赤く輝く三角錐の物体。

 俺に夢中だったコカトリスの体側に命中したソレは容易に羽毛と分厚い皮膚を貫通して。

 

「ゴグゥッ!?」


 鶏ボディが内側から膨らみ、続けて体中から血を噴き出しながら無様な断末魔を上げて倒れ込んだ。

 しかし蛇の頭の方はまだ息があるようで、三毛谷の方へ向かって「フシャッ」と噛み付こうと飛び掛かる。

 素人なら回避なんて不可能なその一撃をあっさりと避けた彼女に少し驚きながら、悪あがきも失敗した哀れな蛇の胴を切り裂き、牙を剥く頭を串刺しにした。


「三毛谷さん、めっちゃ動けるんだな」


「……私、反射神経はある方だから」


 人見知りモードに戻ってしまったらしく、目を逸らしながらそんな事を言う。


「流石、ソロでやってる人は格が違うな」


「い、いや……そこまでじゃ……」


 ギャップ萌えで悶え死にそうだ。

 ニヤケを隠すため死骸の前でしゃがみ込んで足先を切り取っていると、頭上から可愛い声が降って来る。


「そういう肥川君だって凄いじゃん。私、全く気付かなかった」


「俺が話しかけてたからな。臭いで何となく分かったレベルだし」


 切り取った足の指を袋に入れながら答えると少し驚いた声が返って来る。


「臭い? 音じゃないの?」


「臭いと振動だったな。音は……三毛谷さんの声を聞こうとしてたから聞こえなかった」


「そ、そっか」

 

 ちょっと嬉しそうに口元をムニムニした彼女はハッと前を向いて顔を隠し、もっと弄りたくなる気持ちを抑えながら俺は。


「じゃ、行こうか」


「う、うん」


 戦闘開始と共に放り投げられた荷物を背負い直し、真っ直ぐに続く通りを歩き出した。

 

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