雨夜怪談

水飴 くすり

第1話 石

ホラー体験は大体が夜中に起こるもので、どんなに恐ろしい事も、朝日が昇れば解決する。それが定石。そうでなくては、恐ろしすぎる。救いがない。


 だから、同じサークルに所属している赤松が怖い話を始めた時、大人しく話をきいた。まだ外は明るい午前中で、今日の夜はサークルの飲み会がある。これで今が深夜一時だったり、一人暮らしの家にこれから帰らなくてはいけない理由があったなら、俺は空気が読めないと誹られようが、赤松の頭をぶん殴ってでも黙らせていただろう。


「地元に、子供の通っちゃいけない道がある」


 赤松はそう言って、妙に据わった目で俺を見た。いつも笑みを浮かべている軽薄そうな薄い唇に、常と変わらない愛想笑いを浮かべている。


「俺の実家は愛知県にあるんだけど、別に都会でもない、かと言って山ばっかりみたいな田舎でもない。普通の街で、電車もそこそこくる。学校に七不思議もなかったし、近所に変な曰く付きの洋館も無かった。でも、子供が絶対に通らない道があった」


 ゆっくり、子供に言い聞かせるような静かな声音。時間潰しに入った食堂は、時間帯もあって大して人は多くなかった。


 赤松は唇を湿らすように静かにペットボトルの水を一口飲んで、また話し始めた。


 その道は普通の家屋の間にあって、道とも言えない只の隙間みたいなモンだった。近道になる訳でもない、木やら草やらじゃんじゃか生えてるから、大人は絶対に通らない。


 ある日、やんちゃな子供が探検しようって入って行って、そのまま行方不明になった。四人いて、男子も女子もいたけど、帰ってきたのは三人だけ。男子が一人、行方不明になった。


 大人達が子供らに何した、どこ行ったって聞いたら、「探検した」「空き地に行った」って言うんだ。どうやら、あの細い家の隙間を通ると、突き当たりに空き地があるらしい。


 よくよく近所の人に話をきくと、周りの家が全部背を向けるようにして、ぽっかり空いた穴みたいな空間があるらしい。


 誰の土地かも、近所の人も知らない。


 子供達はそこに行ったって言うから、当たり前だけど大人達が探しに行った。周りのどの家から入ろうとしても狭いから大変だったらしいよ。


 入ってみると、子供達の言った通り空き地があった。草もボウボウに生えてて、手入れされてないんだろうなって感じ。でも別に、何もなかった。子供もいなかったよ。


 ただ、四方を壁に囲まれた土地のど真ん中に、一箇所だけ石が積んであったらしい。


 その一番上の石に、その男の子の名前が書いてあったんだって。




「だから、色々噂になったよ。その土地の何かがその子を呼んだんだとか。そこに名前を書いた石を置くと何かに連れて行かれるだとか」


「……何か、って、何だよ」


「さあ? 俺の周りでそこに入っちゃったやつはいなかったけど、別の学年にはいたよ」


「え? 入っちゃ駄目なんじゃないのか」


「駄目だよ。大人も隠すし。でも、子供なんて大人の言うこと全然聞かねえじゃん」


 赤松はそう言って低く笑った。


「やっぱり、帰ってこなかった。でも、一緒に入った奴は帰ってきたよ。やっぱり、石が積んであったって。それを見て、その子の名前が書いてある、って振り返ったら、もう居なかったって」


「……」


「怖いのか?」


「……怖いよ。だってお前、何でそんな話急に始めたんだよ」


「今朝、大学来る間に見たんだよ。似たような道ってあるじゃん。あ、ここ地元のどこそこに似た景色だな、みたいなの。あ、ここ真っ直ぐ行ったら空き地だなって思った。県も違うし、当たり前に違う道なんだけどな」


「……入るなよ?」


「入んねえよ。ここ地元じゃねえし、ただの似てる道だろ」


 背中がずっとぞわぞわして落ち着かない。霊感なんて無い筈なのに、嫌な感じがした。赤松が話し始めてからずっと、背中がビリビリして後ろから誰かに見られている気がした。


「そろそろ時間だろ」


 赤松の言葉に頷いて、荷物を軽く纏めた。視界の端に、窓の外の明るい景色がうつった。




 その日の夜、赤松からメッセージが一件届いた。本文はなく、添付写真が一件だけついていた。


 真っ暗な地面に、石が積んである写真だった。フラッシュをたいたらしく、周辺だけが明るい。


 その石には確かに、赤松の名前が書いてあった。




 その日から、赤松には二度と会えなかった。




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