第22話「名誉会長の人」

ルークを背負いながら、そしてリルルに気を配りながらイングラムはただただ突き進んでいる。苦しくもないし、後悔もない。

ただ自分の成すべきことのために、友を救うために歩いていく。


「……ごめん、イングラムくん」


ルークが倒れて早数時間、意識を回復した彼が最初に呟いた言葉がそれだった。


「謝るな」


「……じゃあ、ありがとう」


感謝を述べられた。別にそうされるほどのことをイングラムはしていない。当然のことだ。立てないのなら背中におぶってイングラムが代わりの足となる。だから、別にどうということはないのだ。


「あぁ……どういたしまして」


声色を変えないまま、返答する。ルークはそれに対して安心したようにまた意識を深い闇の中へと落とした。


(ルークをここまで追い詰めたやつは

一体どんなやつなんだ?)


イングラムはリルルを守るために家に残っていたので、激しい戦闘音しか耳にしていない。どれほどの規模だったかは想像するには材料が少なすぎる。彼は思考を一旦やめて、再び周囲に対して警戒する。


「ねえ騎士様」


途端にリルルが鎧の一部を強く握りしめる。何事かとイングラムは視線を落とした。


「……何か、いるよ?」


シュルルと、何やら聴き心地のよろしくない音、いや、声のようなものが聞こえる。

イングラムはルークを下ろしてリルルに

目を離さないように言った後

槍を構えた。それと同時に、その何かは地面を這うように直進してくる。


「まさか……こいつはっ!」


その影に隠れて黒いものだったシルエットの正体は、巨大な蛇であった。


しかもこれは、西暦種よりも遥か太古に存在していた蛇。


「ティタノボアか!?」


遥か昔、確かに存在していたとされる

古代蛇のティタノボアは恐竜時代と共に姿を現し、そして絶滅したとされる生き物。

しかし、それが数万年の時を経てこの時代に姿を現した。一体なぜなのか


「馬鹿な、オオアナコンダが巨大化したわけでもあるまい」


現在の蛇は西暦種に近しい種であり

最大でも1メートルがやっとである。

それがいきなり目の前に佇んで舌をチョロチョロ出して威嚇しているのだから不思議である。


対策としては、相手が警戒と威嚇行動をやめるまでじっとしているのが最良の行動ではあるのだが、今はそんな悠長なことをしている場合ではないため、イングラムは紫電を両腕と槍に宿して突貫し、攻撃しようと————


「あぁー!ちょっとちょっとー!

待ってくださいそこの人ぉー!!!!!」


「!?」


上空から響く、いや、轟くような声が

イングラムの動きを止める。

ティタノボアはうねりながら上空を見上げた。


「うぉおぉぉ止まってぇぇえ!!!!!」


ズンッ


2メートル近くある影が5メートルのティタノボアに激突した。そして、その影から人影が吹き飛ばされて尻餅をついた。


イングラムは上空に吹き飛ばされたティタノボアを見やる。そして数秒後には小さなクレーターができるほど凄まじい勢いで落下した。頭の上な無数の星が回転しながら輝いているように見えた。疲れてるからか?


「ちょっとちょっとそこのお兄さ〜ん!

僕の心配もしてくれると嬉しいんでございまさぁ!」


「……あぁ、これは申し訳ないことをした。本当に済まないと思っている」


尻についたゴミを払いながらその青年はイングラムに近づいてきた。陽の光に照らされたおかげでその姿を鮮明にすることができたが、その人物のまさかの正体にイングラムは驚いた。


「お前、ベルフェルクか!?」


「んええ〜っ……?あー、イングラムくん!」


指を指して名前を咆哮するが如く叫ぶベルフェルクは、イングラムたちの同期で

動物愛護部門に所属していた生徒である。

理由は至極単純、動物嫌いを克服したいからであった。


褐色の肌に五分五分に分けた黄色い髪

そして海の底のように澄んだ青い瞳と

おちゃらけたこの特徴的な喋り方は

彼にしかできないだろう。多分


「いやぁー、久しぶりだねぇー!お元気元気してましたかぁ?」


「あぁ……まあ、な」


圧倒的ハイテンションで詰め寄ってくる。

思わず後退する有様である。そしてベルフェルクは後ろの少女、リルルに気付いて声をかけた。


「こんにちはー、僕ぁイングラムくんの

同級生ですぅ。ベルフェルク・ホワードって言うんですけどもぉ……お嬢ちゃんお名前はぁ?」


「ええとね、リルル!」


「ほぇー、リルルちゃんかぁ!動物は好きですかぁ?」


「……うん!大好きだよ!」


そっかそっかぁ、とベルフェルクは頷くと、指で輪っかを作り口笛を吹いてさっき乗っていたらしき動物を呼んだ。


すると、2メートル近くある二足歩行型の

恐竜らしきトカゲがやってきた。ベルフェルクだけでなく、人間に対しても敵対心を出していない。


「うわっ!なぁにこれ!!」


「そうだねぇ、この子の名前はラプターくんですぅ」


顔を近づけてきてて顎を撫でると猫のように愛くるしい声を鳴らす。


「おい、ベルフェルク。これは一体どういうことだ?恐竜は遥か昔に————」


イングラムの疑問を遮って、ベルフェルクはその問いに答えた。


「西暦時代では化石の復元までが限界だった……でも、今の時代は復元蘇生できるレベルにまで科学が発達してるんでござますよ」


「復元蘇生だと……?」


復元蘇生とは。太古の化石に現代に存在する生物の生態エネルギーを照射することによってその対象を復活させる一種の科学である。復元結合された骨格に照射をすることで生物の復活に貢献したのだ。


「恐竜は鳥の祖先っていう過去のデータがあったからもしかしたらと思って試してみたらビンゴぉってやつでございまさぁ!

恐竜が復活したんでござますぅ!」


「それは素晴らしい!と、喜びたいのは山々だが、危険性はないのか?その個体種、ヴェロキラプトルだろ?」


ヴェロキラプトルとは、白亜紀に登場した

肉食恐竜の一種である、集団での狩りを得意とし、また脳の大きさから知能も高い生物だった。そんなものが目の前にいるのだから未だに驚くことばかりである。


「イエスサー、しかし問題ないでさぁ。

大量に作られたクローン、その卵の中の

遺伝子情報に人間、もとい飼い主に従順であるよう新しく書き加えたんでござまさぁ」


「なるほど、それでこのラプターくんは

こんなに従順なのか」


イングラムが頭をよしよしとしてやると

ラプターは嬉しそうに瞳を閉じて気持ちよさそうに声を出した。


「……ところで、ルークくんはなんでそんなとこに寝てるんでござましょうか」


「あぁ……実はな……?」


イングラムは先に起こった経緯をベルフェルクに説明した。


「あーなるほどそういうことね大体理解した」


「このままでは衰弱死してしまう。その前にコンラへ辿り着きたいのだが……」


ふーむ、とベルフェルクは腕を組んで顎に手を当て考える。


「あ、ならこの子を連れて行くと良いでさぁ!ほいさぁのこい!」


ベルフェルクはそういうと、腰元に装着していた小さな筒状のカプセルを地面に置いた。すると、もくもくと煙が立ち上り、そこからドラゴンが出現した。


「は?」


「え……ド、ドラゴン!?」


西洋のドラゴン──

赤い翼と体躯を持ち、口から炎を吐くと

言われているあの空想上の生物である。


「まあこれはドラゴンに似せたオオトカゲとコウモリの遺伝子を組み合わせたハーフ種なんだけどね」


「ハーフ種……??」


「そうですがぁ、なにかぁ?」


ハーフ種、キメラとはまた違った合成獣の

用語の一つだろうか。イングラムの脳裏には、あのゴリラックマとの激闘が鮮明に思い浮かぶ。


「何か思うところがあるみたいだけど

これ、合法獣ですからぁ!」


「合法だと?」


「そうでさぁ、騎士竜機動隊が直々に

許可を出した人工生命体、それが合成獣でさぁ!難民を救助したり、行けないところへ行ったり!とにかく違法に触れなければ合法なんでさぁ!!」


「騎士竜機動隊……国に所属せずに犯罪を取り締まる軍隊みたいな奴らだったか?」


「……まあ、そうでさぁあっちこっちに要請があれば赴いて犯人を引っ捕らえるっていうすごい部隊なんだよねぇ。おまけに戦闘までこなしちゃう!きゃー!!!!!」


「うるさい」


「ごめんなさい」


急にテンションを上げると制止するまで止まらない。それがベルフェルクだ。


「だからまあとりあえず、この子はお貸ししますぅ!同級生料金で2000路銀になりますぅ!後で振り込んでおいてくださいねぇ!」


「む……まあ妥当な料金か、少々高い気もしなくもないが……」


「嫌なら貸しません返してください」


「いや、すまん。払うからコンラに着くまで貸してくれ。」


「普通なら時給いくらって感じで換算するんだけど、イングラムくんは友達だからぁ

何時間でも2000路銀でお貸ししますぅ!」


1時間がいくらかは知らないがその割合を考えれば安い方なのかもしれない

ちなみに、昔の単価に換算して、1路銀で

1円なのだ。


「男子ふたりと女の子リルルちゃんひとりでも飛んでくれるはずでさぁ!

あ、でも臆病だから戦えないのでぇ!

そこのところよろしくぅ!怪我とかさせたら追加料金でござまさぁ!」


「わかった、怪我は絶対にさせないと約束する」


うんうん、とベルフェルクは頷いて契約という名の握手を交わすために右手を差し出した。イングラムもそれに応えるように手を差し伸べて強く握る。


「それじゃあ、僕はあそこで伸びてるティタノボアちゃんを回収しますんでぇこれでぇ……」


「あ、おい待て、ベルフェルク。お前はなんの仕事をしてるんだ?」


「えぇ?」


首を傾げながら疑問符を浮かべる。まああそこを無事卒業してから何年か経っているし、気になってもいたので聞いておくことにした。


「あ、申し遅れましたぁ……私こういうものでさぁ」


電子媒体を起動して名刺みたいなデータを送ってきた。そこには


【復元蘇生名誉会長 ベルフェルク・ホワード】


と記載されていた。


「随分凄い職についたんだな」


「まあねぇ、僕の役割は脱走した個体を

探し出して捕まえるっていう単純なやつなんですけどもぉ…コモドンとかねぇ」


きっとコモドドラゴンのことだろう。

この男はなんでも短く名前を言いたがる癖がある。長いのは特にそれが現れている。


「イングラムくんはぁ?何の職に就いてるんですか?僕ちょっとぉ気になりますねぇ」


「……今は騎士だ。この子のな」


リルルに目線を配って教えてやる。ベルフェルクは顔全体でニヤついた。


「まあ色々世の中にはありますからぁ

頑張ってねぇ!」


「お前、絶対変なこと考えてるだろう?

違うからな?」


はははぁ!と笑いながらラプターくんの背に飛び乗り、気絶しているティタノボアの目の前に立つと————


「ゴー!シュート!」


小さな半透明の螺旋状のカプセルを

上空に投げ飛ばした。すると、ティタノボアをそこへ回収した。


「……どこかで見たような、知っているような気がしなくもないが突っ込むのはやめておこう」


「それじゃあイングラムくぅん!ルークくんが起きたらよろしく言っておいてねぇ!」


上空から落ちてくるカプセルをキャッチしてラプターくんの手綱をピシッと叩いて嘶く。


「っしゃあ!レッツラゴーホームアウェイー!!!!」


ラプターくんが咆哮すると、凄い勢いで走り去っていった。駆けた後の砂塵が凄まじい。


「……せめて少し離れてからにして欲しかったが、まあいいか」


イングラムはドラゴンもどきに近づいて

顎を撫でてやる。


「友をのせてコンラまで連れていってくれるか?」


この子は言葉が理解できるらしい口元を近づけて鼻を鳴らす。肯定の印に頷いてくれた。


イングラムはルークを再び背負いリルルの手を引いてその背に乗った。


「よし、いざコンラへ!」


ドラゴンくんは吠えてその両翼を羽ばたかせる。赤い翼が風を呼び、やがて空に舞い上がり飛んで行く。


イングラムは友のおかげでコンラへ向かうための足、いや、翼を獲得することができた。雄々しく羽ばたきながら、ただひたすらにコンラへと向かって行く。

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