(最終話)どしゃ降りの決闘…うなりをあげる無限飛びヒザ蹴り‼︎ (完)
<その5>どしゃ降りの決闘…うなりをあげる無限飛びヒザ蹴り‼︎
今…日曜日の午後3時すぎです。
嵐は本格的になりました。
と…その時です。
ウータンが突然…玄関のほうで吠えましたっ‼︎
はじめて聞きました…こんな敵意をもったウータンの吠える声をっ‼︎
おこったように…誰だあーっ⁉︎みたいに…嵐の外へ向かって何度も吠えていました。
あまりにも急だったので。
何なの⁉︎…とタチバナさんが見ると…玄関のドアからガリッガリッ♪…と変な音がして。
えっ?なにっ?…と…おそるおそるチョッとだけ…あけたんです……そしたらっ?
強風と痛い雨が…一気にっ…ブワーーッ‼︎っと入ってきてっ。
ドアチェーン忘れてたの?…はずれたの?
ドアがっ…ドアがっ…全開にバタアーーーンッ‼︎と…なってしまったんです‼︎
(キャアアッ‼︎)…って…タチバナさんの悲鳴ええっ‼︎
その時です。
嵐の外からカラスや海ドリが10羽ぐらい…ドバッ‼︎っと室内に飛びこんで来たのです。
強風と…横から入ってくる激しい大つぶの雨と…多数のあばれた鳥たちで。
私たちの家の中は…ゴッチャゴチャぐっちゃぐちゃになってしまいました。
あばれ狂った鳥たちは。
一階の廊下やいろんな部屋をバンバン飛びまわると……。
そのうちの何羽かが…次の標的をもとめて?バタバタバタッと二階へ飛んでいきました。
そして。
二階の各部屋もメチャクチャにしてしまって…人をこわがって逃げるかと思ったら?
そんなことなくて…一階と二階の天井あたりをバタバタと飛びまわると…つかれたのか?
家具やイスやテーブルやそのへんに並んでとまっては…すずしい顔で休みだしたのです。
(なんなのっ?これーっ‼︎…どーなってんのよお〜⁉︎)…って…おばさんが叫びました。
タチバナさんや家族全員…ゴッチャゴチャにされ散らばって汚れた家の中を見ながら…。
どうしていいのか…あぜんボーゼン…脳がまわらず考えがまとまらない状態でした。
とりあえずみんなでタオルで汚れた床をふきながら…ワイワイ話しあってる時でした。
私だけ気づきました。
ウータンが…いないのですっ‼︎
私は無意識に…旅用の荷物をグイッと手に取ると……。
みなさんに気づかれないように。
風圧で重くなった玄関を静かにあけて…嵐の外へ…ザッと力強く出ました。
ウータンがいなくなったのは…なんか…理由があるはずです。
それが何なのかは今はわかりません。
でも…どこに行ったのかや場所は…ハッキリとわかります。
そこは嵐の砂浜…海の家です‼︎
アイツのとこっ…口笛の男のとこっ…ぜったいぜったい…まちがいありません‼︎
ウータン頭いいから…きっと何かを感じたんだと思います…そうにきまってます。
ウータン…ウータンっ…ウータン‼︎…待っててねっ?…待っててよおっ?
わたし…わたしっ…行くからねえーーっ‼︎
天空の下は荒れ狂った雨っ…風っ…そして…波っ……‼︎
アイツっ。
計画通りなんでしょう…私が来るのをちゃーんと…わかっていたんだっ。
人っ子ひとりいない砂浜で…古い海の家の前で…アイツは立っていました。
ボロボロの黒い空手道着を着て…(よゆう)つけた風な仁王立ちをして。
荒れ狂った中でもビクともせず…無表情で…黒帯に手をかけてジッと立っていました。
私が近づくとその男は…目をほそめてギッと私を見っ…ニヤッとイヤな笑いをしました。
私のきらいな笑いでした。
それにしても…大きい体をしています。
190センチはありそうですっ…大男です‼︎
私がさらに近づいてゆくと…その口笛の大男はスローな出だしで…こう…言いました。
…野花かい?
そうです。
…オレが誰かわかるな?
はい。
…お前に。何人…やられたと思う⁉︎
わかりません。
…だろうなああ。勝者とはそういうものさ。それにしても……。
なんですか?
…子どもじゃないか。女の子だぞっ?いくつになった?
12です。
…ははははっ。12だってえ?…六年生かい? 笑えるなあ…ええ?。ははははっ。
笑うならっ。笑いなさい。
…生意気いうなあーっ‼︎子どものくせにっ。
あなただって。ただの大人ですっ。
…うるさいっ。
どうしますかっ?闘いますかっ?
…うるせえんだよぉ。うるせえなぁ……。
わたしは。
…なんだよ?
あなたを。たおしますっ。かくじつにっ。
…ふううん。ほおぅ。いいじゃないかっ。で…野花っ。
なんですか?
…その格好でいいのかい?短パンにTシャツじゃあ…血を見るぞ?
はい。いいです。このままでお願いします。
…お願いしますぅ?はあ?馬鹿にされちゃったよぉ…ははははっ。
馬鹿にしてません。本気ですっ。
…ちっ。やっぱ…ジャマだな?コイツっ。オレたちの前から…消えてもらおうかっ。
そうはいきません。あまく見ないでください。
…いちいちうるせえなあ。野花?…骨だけじゃあ…すまないぜ?
その時でした。
横に立っている古い海の家から…強風と荒れた波しぶきの音とともに。
(ワン…わんワン?…わんわんわんわん‼︎)…と。
犬の強く吠える声が聞こえました。
ウータンだっ‼︎…まちがいないっ…そう思って男にたずねると。
…ああ。白い犬かっ。チョロチョロうるさいんで…中へ入れたよっ。
ケガはないんですねっ?
…ああ。犬なんか相手にしてどーする?お前をつぶしたら…はなしてやるさっ。
鳥のあとを追って来たんですか?(海の家に一羽の海ドリがとまってたのをチラ見して)
…たぶんなあ?オレの命令でお前のウチをおそわせたが。一羽だけ…もどって来てなあ。
みなさん。こまってますっ。命令をといてくださいっ‼︎
…ああ。いーよっ。お前を完全につぶしたらな?
あなたは。鳥と話せるんですかっ?
…ああ。ちょっとなぁ。訓練のタマモノでねえ。
もったいない。その特技。ほかに使い道…あるんじゃないですか?
…うるせえなあ。お前に言われるとハラがたつ。イラつくんだよっ。
大男の黒い道着はスッカリ雨にぬれ…ますますボロボロに見えました。
その…きたえぬかれた骨格は…やわらかな鋼鉄のようにも見えました。
まちがいなく……強い‼︎
目の前の男だって…私と同じ…苦しい練習つらい修行をしてきたにちがいありません。
それは……わかります。
でも。
あなたは…まちがってる。
私は男に言いました。
おカネがほしくて空手を使い。ケンカのために空手を使い。はずかしく…ないですかっ?
…いいやっ。ぜんぜんだねっ。むしろ楽しいくらいさっ…はははははっ。
本心ですかっ?
…ああ。本心だねっ。なぁ…野花?
なんですか?
…カネでこまった人間はカネを大事にするものさ。命の次にな?わかるか…野花っ?
男は……。
はいていたサンダルを乱暴にぬぎ…横へけり飛ばすと。
キツイ目でにらみつけながら…私に強く言いはなったのです。
(……野花っ‼︎…聞けえっ‼︎)
(お前は先生を敵にしたっ。お前は…われわれ武闘流裏カラテの最大の敵だっ)
(お前をたおせばっ…名が上がる。先生もよろこぶはずだっ)
(今のうちに…つぶしておけっ。大人になる前につぶせっ。空手を…あきらめさせろっ)
(それが。先生の。絶対の指令なんだ……)
(先生はこわいお人だっ。さからえない。まあ…カネも…くれるんでねぇ…)
(野花?お前も…大人になればわかるさっ。空気だけじゃ腹は満たされん……)
(全力でいくぞっ。手はぬかん。覚悟しろっ……)
そう言いはなつと。
男は…ハアッ‼︎っと気合いをいれたあと…私のすべてを飲みこむような乱暴な顔になり。
両うでを(ハの字)に下げ…両足をやや広げ…不気味な自然体で立っていました。
普通の小学生ならダメでしょう。
普通の女の子なら声も出ないでしょう。
でも。
私は…ちがいます。
普通の小学生とも…普通の女の子とも…まったくちがいます。
私は空手の女の子です‼︎
私の空手は…すべてをたたきのめすチカラがあるのです‼︎
一撃必殺の大技…誰にもマネのできやしない必殺技があるのです‼︎
私は母のカタミの腕時計をはずして。
(お母さん?今から野花は闘います。見ててくださいね?)…って。
そう心の中で言ってから…旅用の荷物の中に大事にしまいました。
それから…私もクツをぬぎ…ちゃんとそろえてから荷物のよこに置きました。
日曜の夕方の砂浜は大荒れの嵐のせいで…人っ子ひとり…だ〜れもいませんでした。
さあっ……舞台の幕は上がりました‼︎
ここから先の私は導火線に火がついた…心の叫びに正直な本物の私です。
私は…私の名は……空手野花‼︎
7〜8メートル先に立ってた大男が…動きました。
ザッザザザッ‼︎……(接近戦)には注意しなくてはなりません。
12歳の小さな女の子です。
190以上の大男につかまれたら…あの太くて長いウデでつかまれたら…逃げられない。
いえっ…もっともっとヒドイことになるかもしれない。
ウデはおられロッコツはおられ…頭をグリッとされてっ…顔が背中を向くかもしれない。
でも。
最後の最後は(接近戦)で決着がつきます。
私が必殺技で…無限飛びヒザ蹴りでキメるからです。
忘れましたか?
この空中殺法の大技…無限飛びヒザ蹴りは。
相手の体のスグ近くから…接近しての…近距離からの垂直ジャンプが鍵をにぎるんです。
もし相手とはなれていたら?私の…体の小さな私のヒザ蹴りでは…まず…とどきません。
だから危険をおかしてでも。
大男の…長い両手両ウデで(つかまる)危険があったとしても……。
思いきって…強く決断して…男の(胸元)まで飛びこんでいかなければならないのです。
いっしゅんの判断と命がけの勇気が必要です。
最後の最後あと戻りはできない…たった一度の判断・決断です。
二度は…ありませんっ。
大男が来ましたっ‼︎
一気に来たっ…ザッザザザッ…来た来た来たっ‼︎
どしゃ降りの雨と強風をけちらして…うす暗い森でエモノをおそう肉食獣のように。
私を(わしづかみ)に来ました。
私も…やや前傾姿勢のまま…ぬれた砂地をハダシの指でギュッとふんでいました。
5メートル…3メートル。
私は…せまってくる巨体の肉食獣一点に集中しました。
とっ……2メートル手前で大男は…とまった⁉︎
(…つかみに来ないのっ?)…アレッ?と思った私は…ゆだんはしていません。
してはいなかったのですが…無意識の動作がでてしまいました。
アイツっ。
長い右足のつま先で…私の顔に…足元の砂をバシャッと蹴り上げてきたんです。
(えっ⁉︎…)と…私ねっ。
無意識に砂から両目を守ろうと…顔を…少しだけ(左に)向けて砂をよけてしまった。
無意識にやってしまったっ…マズイっ…と思いました。
敵もプロの空手家です…相手のスキはけっしてみのがしません。
私の視界の外から…男は…(左足)の下段まわし蹴り(足を狙うローキック)を出してきた。
まともに受けたら…子どもの足の骨なんてボロボロになってしまいます。
私はとっさに。
得意のジャンプで上に飛んでよけたんだけど…一瞬…ほんの一瞬おそかった。
地面から50センチの空中で。
私の(足の裏)1ミリに…かすめるように…男の重いローキックがあたってしまいました。
たった1ミリでした。
それでも私には…体の小さな子どもの私には…じゅうぶんなダメージだったんです。
痛くはありませんでした。
ただっ…空中でのバランスをくずしてしまって…着地が少し乱れてしまいました。
着地した地面でヒザがやや曲がってしまい…不安定な姿勢になった私に…男は。
ニヤッ…と…あのイヤな笑いを見せた…次の瞬間。
アイツっ。
乱暴にっ…まるで粗大ゴミでもふんづけるように…ニヤつきながら私の体を。
おもいっきり反対の右足で…デカい足で…ふみつぶしにきたんです‼︎
私は…とっさにダッシュ‼︎
曲げた両ヒザを利用して短距離走の手をつくスタートのようにして…何とかよけました。
ギリギリ…ふまれませんでした。
私は体勢を立てなおすと…男をニラミつけながら反発しました。
(あなたはっ…ひきょうですっ‼︎砂で目つぶしなんてっ‼︎)…と言うと。
大男は。
(ひきょう?死闘に…ひきょうもクソも無いっ。生きて残ったものこそ…勝者だっ‼︎)
と…裏カラテらしい(へりくつ)を堂々と言ってのけたのでした。
自分のひきょうさをカッコつけて言う大人は…私は認めません。
流れが悪い……変えなきゃっ‼︎
私は走った。
海の家の後ろのほうには…7〜8メートルの高さのコンクリートの壁があります。
私は…その壁に向かってダッシュしました。
とつぜん逃げるように?私が走り出したので…男もつられて私のあとを追ってきました。
私…わざと逃げるフリをしたんです…気の迷いのフリをしたんです…弱そうに。
男は(やっぱり子どもだなあ?…コイツっ)…みたいな顔をして追いかけて来ました。
おもうツボでした。
これでいいのです。
20メートルぐらい走った先でゆき止まりになり…そしてコンクリートの高い壁です。
その高い壁の前に立つ小さな私に…走って追いついた大男はニヤリと笑い…叫びました。
(どーしたあっ?あわてたかっ…ええっ?うしろは壁だぞっ?…野花ああ‼︎)…と。
私も強く言い返しました。
(あなたは言ったっ。生き残ったものこそが勝者だと。私も…その通りだと思う)…と。
そして。
(来なさいっ‼︎勝者は…だれっ?…どっちなのっ⁉︎)…と言ったら。
大男は気が短くてイライラしたのか…小声で(うるせえなぁ…)と…本心をつぶやくと。
わたしに。
きたない大人の男の感じで(はあ…)と…ため息をしてから…もう一度つぶやきました。
(子どものくせに…)…と。
大男は(自分が有利)だと思ってる…そうに違いありません。
後ろは高い壁です…私は子どもです…誰が見たって男のほうに勝ち目があります。
でもね?
有利な時こそ…気をつけなければいけません。
(自分の強さや経験は…自分以上の強さや経験の持ちぬしには…かなわないのです)
その持ちぬしが私…と…言ってるのではありません。
ただねっ…少なくとも私はつねに…自分よりも体の大きな男たちと闘ってきました。
これからも…そうでしょう。
だから。
子どもや…女の子と闘うことが(初めて)の…目の前の男よりは経験があるのです。
吹き荒れる雨と風を無視して…3メートル先の大男は(体あたり)をしかけてきました。
私を(わしづかみ)にするつもりです。
でも…私は…左にも右にも逃げません。
はじめっから逃げるつもりなんて…サラサラありませんでした。
後ろは高い壁‼︎……目の前にはジリジリとつめよってくる大男‼︎
私は呪文を念じるように…声を出さずに待ちました。
(これでいい……もっともっと……)
(まだまだ…もっと近づいて。もっとよっ。来なさい。さあ…来なさい)…と。
そして男が1.5メートルまで近づき…長くて太い両うでをグワッと伸ばしてきた……。
その時そのタイミングを…私は待っていました。
三角飛び‼︎
壁を利用する空中での(蹴り技)です。
私は壁のほうを見ながら…両足で強く地面をけって垂直ジャンプしました。
驚異のバネで1.5メートル上昇すると…目の前の壁のデコボコに両足をうまくのせて。
今度は…壁をナナメ上に強くけってジャンプしました。
二度目のジャンプは目の前の男に向かって飛ぶ…(ナナメの角度をつけた)ジャンプです。
壁のデコボコから…さらに1メートルは上昇しているはずです。
そして…私は今っ…空中にいます。
そうです。
男の頭上に私の体が浮いているのです‼︎
地面からの高さは2.5メートル‼︎
完全にっ…190センチの大男を…真上から視界にとらえることに成功しました。
男の足元の点から壁のデコボコの点…そして男の頭上の点…この3点を線でむすぶと?
どうですか?
なんか…三角形に見えませんか?
だから…三角飛びって名前なんです。
この三角飛び。
壁でなくても何でもできます。
太い木やブロックべい…ゆっくり走ってるトラックやバスだって大丈夫です。
身が軽くてジャンプ力がある私にはかかせない…空手の空中秘技の一つなんです。
さあ……ここからです。
三角飛びとは(蹴り技)です…蹴り技の種類もいくつかあって…この流れで出す蹴り技は?
かかと落とし‼︎
足の(かかと)を相手にぶつける…落とす…ハンマーでたたくイメージの蹴り技です。
今…私の体は。
男の頭上60センチの空中に…ピタリと…両ひざを(かかえて)浮いています。
三角飛びは(まばたき)一回ぶんの速さでやって来ます。
アッというまの出来事です。
受け身の(かまえ)さへできない時もあります。
私の真下にいる大男も…そうでした。
あわてて…両うでで自分の頭を(ガード)しようと動かした…その瞬間。
(…いけっ‼︎)…と。
わたしは。
イルカが水面に飛び出てくる時のような力強さで…(かかえて)いた両ひざを。
ビュン‼︎…と…垂直落下しながら一気にのばしました。
真下にいる男の頭をめがけて…両足の(かかと)を落としにいったんです。
2歳からきたえた私の空手の(かかと)は…集中すれば(鋼鉄のハンマー)にも匹敵します。
大男のがんじょうな頭でも…そうとうのダメージはさけられません。
ビューーンッ‼︎とっ…超スピードで落下する私を見て…男は。
(マズイッ…間にあわない⁉︎)…と…そんな風な身のこなしをしてから。
その場から動けず上半身だけを少しだけ後ろへそらし…自分の頭を守りにきました。
両うでのガードもガッチリできずに…フワッと中途半端でした。
わたしは。
かかと落としの照準を…男の頭に(あわせた)はずでした。
ギシッ‼︎………っと…肉体のこすれる音がしました。
(…ウッッ……‼︎)っと…男っ。
体に受けた痛みと相手の技をうけたショックからか…(らしくない)声を発していました。
でも私だって…(手ごたえ)は30パーセントでした。
なぜでしょうか?……それは。
男の頭に確実に…正確に…かかと落としを命中することができなくて。
私の両かかとが…男の(両目の上あたり)を(こすった)ように流れてしまったからです。
空中から正確に狙ったはずでした。
が…でも…やっぱり敵もプロの空手家です。
あせったとは…いえ。
上半身を少しずらされたし…ゆるいガードにしては太い筋肉質の両うで2本の守りです。
がんじょうな両うで2本に…ジャマされてしまった。
うまく…男によけられてしまった。
そしてもう一つ。
私の最大の弱点(体の軽さ)です…12歳の小さな女の子です。
体が軽いということは…(身軽さ)や(身のこなし)ならスピードがあって有利です。
でも。
軽いということは…反対にです。
相手にあてた時の衝撃が弱くて…相手へのダメージも小さいということにもなるのです。
みなさん?
ピンポン玉を遊びで投げあってムネで受けても…そんなに痛くはないですよねっ?
でも…。
バスケットボールをおもいっきりムネで受けたら…どうですかっ?
スッゴイ痛いとおもいますっ。
それと同じなんです。
体重が軽いということは…それだけで…不利でもあり弱点でもあるんです。
でも…それでも。
今の(かかと落とし)は…ムダではありませんでした。
かかとがヒットした大男の(両目の上あたり)が切れたのか…血が…にじんできました。
最強の男だろうが野獣だろうが…流れでる赤い血は同じです。
血は…出れば流れるのです。
どしゃ降りの雨とまじった男のにじみ出る赤い血は…だんだん濃くなっていきました。
そして。
アッというまに赤い血は川になり…ズルズルと流れ落ちるようになってきました。
しかめっつらした大男は。
その両目に血と雨がズルズル入るようになって…私が…なんか見えずらいようすでした。
目の前の大男は。
(ええいっ…クソッ…)っと…きたなく言葉をはきすてると。
男はコシの黒帯をほどき…両目の上のキズにあてながら…包帯のようにまいたんです。
黒帯をグルグル巻きにして頭の後ろでギュッとしめると……。
きていた上半身の空手道着を…野蛮にぬぎすて。
ニヤッと…あの…見たくもない笑いをしてから…男は私に言いました。
(野花ぁ…どうしたっ?風が弱点かっ?…思ったとおりだ……)
(お前は軽すぎるっ。あたりさへズラせば…こわくはないっ。どーだっ⁉︎)…と。
そうです。
さっきの空中技の決まり方が少しズレたのには…もう一つ理由がありました。
強風です‼︎
頭上から(落下)する時の…かかと落としの動きの最中に。
ほんの少しだけ私の体が…この強風に流されてしまった…それは間違いありません。
男の言うとおりでした。
男は…私の最大の弱点を(みやぶって)いました。
だから…男は強い風が吹くのを待ってたんです…鳥たちの訓練をしながら。
この低気圧の嵐が来るのを…荒れた天気になるのを…わかって…ジッと待ってたんです‼︎
私は…まんまとワナにハマってしまった。
私は…いま確実に…イヤな予感が的中しました‼︎
無限飛びヒザ蹴りが…きかないかもしれない⁉︎
今さっきウータンを追って…ここへ走って来るとちゅうに感じたこと…気になったこと。
それが…強風でした‼︎
イヤな予感があたってしまった…………。
今も強風はつづいています。
でも。
気まぐれに?真空地帯のように?…フッ…と弱まる時もありました…たまぁにです。
ただ…どしゃ降りの雨だけは弱まるけはいは…ありませんでした。
私は予感が的中し…ちょっとだけ…暗い気持ちになって目をほそめた時。
弱気の虫が一匹。
ムネの奥の暗い倉庫の中でブ〜〜ンと…羽音をたてて飛ぶのを感じたの。
と……(アッ⁉︎)……(やってしまった……‼︎)
私はその時。
目の前に立つ相手への集中力が…ほんの一瞬まばたき二回ぶん…とぎれてしまいました。
それをっ。
目の前の敵は…みのがしませんでした。
高い石の壁に私を完全に追いつめようと…パワー全開で向かってきました。
なりふりかまわず無鉄砲に…では…ありません。
正確にマトをしぼり…冷静にテクニックを使い…一気にせめてきました。
速いっ‼︎
コブシが飛んできますっ。
タテからヨコから蹴りも飛んできますっ。
アッ…ああっ…と…私っ…よけるだけで…かわすだけで精一杯になりました。
左にかわせば左に来て…右にかわせば右に来ます。
一歩さがれば一歩前へ来て…二歩さがれば二歩前へ来ます。
そしてっ。
うしろは……高い石の壁………。
壁ですっ‼︎
どしゃ降りの雨でも…私がふみつける地面はかたかった。
海の家の砂地よりは…土や雑草や小石もあって……かたい。
波うちぎわでなくて…良かった。
ふんばれない砂地でなくて…良かった。
波と砂が…私の…子どもの…ほそい両足の動きを弱めてしまうから。
(よしっ。この地面ならっ…いけるっ……)
男が来る…来る……来るっ………‼︎
私はよける…よける……よけるっ………‼︎
もう…やるしかないっ。
うしろは高い石の壁…左右もダメ…スグ目の前には大男。
逃げられないっ…かわせないっ。
逃げちゃだめっ…かわしてばかりじゃ…だめっ。
やるしかないっ。
やるしかない…もう…やるしかないっ。
でも…この風が…⁉︎
この風っ…この強い風がっ……じゃまっっ。
また笑った…アイツっ。
ニヤッと…見たくもない…気持ちの悪い大男の笑いでした。
と…攻撃をとめて…太くて長い両うでを左右に大きく広げた大男は。
デカい体を山のように見せつけては。
ふぅぅ…っと…ひと息はき…どしゃ降りよりも大きな声で言ってきました。
…野花あああ‼︎
…さすがだっ。俺のコブシも蹴りもっ。お前の髪の毛にしかあたらないっ。
…その身のこなしっ。動きっ。みごとだっ。さすがだぞっ…野花あっ。
聞きたくありませんっ‼︎
…まああ。聞けっ。お前の最後だっ…聞けっ。
最後っ⁉︎そうやって…相手を追いつめて…たたくんですねっ⁉︎
…んぅ?どういう意味だっ?
あなたたち(裏カラテ)は…きたないっ。キライですっ。
…ほおぉ。
私の父と母も。あなたたちに殺されたっ。
…殺されたあぁ?オレたちは殺人はしない。まあぁ。徹底的に…たたきのめすがなっ。
あの日も。こんな嵐だった。殺されたんだ…殺されたんだ…殺されたんだ……。
…なにをブツブツ言ってる?最後だっ。オレに言うことはないのか?
ウルサイッ‼︎
…ほおぉ?女の子が言う言葉じゃないぜ?野花お嬢ぉ…さん?(ニヤッと笑う…男)
ウルサイッ‼︎…聞きたくないっ‼︎
…ほおお。子どもだからって…てかげんはしない。たたくっ。地獄へおとすっ。
イヤですっ。行くもんですかっ。教えて?(裏の十段)は…どこにいるのっ?
…さああ。知らないねええ。知ってても…言えんがな?
わかりましたっ。なら…自分でさがします。絶対っ…さがすっ。見つけて…たおすっ。
…ほおお。やれるかなあぁ?先生はコワいお人だ。オレの何十倍も強いぞぉ?
かまいませんっ。たおしますっ。父と母のため。私のため。空手のためっ。
…空手のためぇ?何様だ?…お前は。ああ…イライラする。野花あぁ?
なんですか?
…たおされた仲間のぶんまで。痛みを感じてもらうぜ?最後だっ…野花っ‼︎
誰もいない荒れ狂う砂浜の…大男と私でした。
どしゃ降りの雨とはげしい波の音が…私たちの声を…消すの。
やるしかない。
私の心は決まっていました。
無限飛びヒザ蹴りで一気にキメる。
それしかない。
それしか…私の命の炎が燃えつづける方法は…ないのです。
私の闘いかたの基本…それは…ただ一つです。
それは…攻撃をうけずに攻撃する。
12歳の子どもの体でまともにコブシや蹴りを受けたら…死ぬかもしれない。
ただではすみません。
敵は本気です…真剣勝負です。
だから。
生きのこるためには…やるしかない。
一撃必殺……‼︎
空手の極意は一瞬で一発でキメること。
男の…大男の(むなもと)へ(ふところ)へ飛び込んで…深くもぐってから飛ぶしかない。
無限飛びヒザ蹴りでキメるしかない。
ただ……。
三角飛びが強風で少し乱れたように。
(飛びヒザ)も…また。
高くジャンプした空中で。
私の軽い体を(ゆさぶって)しまうんじゃないのか?
(飛びヒザ)のフォームを狂わせてしまうんじゃないのか?
そういう不安があります。
もう一つ。
大きな不安があります。
もし(飛びヒザ)がうまく命中しないで乱れて着地したら?どうなる?
大男の足元でガッチリと(おさえつけられ)身動きとれないままに。
私は大男の空手のパワーで(こなごな)にされてしまいます。
むざんな結末になることでしょう。
確実に。
ああ……。
それでも…やるしかない。
やるしかないのです。
その時…どしゃ降りの雨のせいでしょうか?
それとも…闘いのはげしい動きのせいでしょうか?
大男の……。
まぶたの上でグルグル巻きにしていた…血をとめる黒帯が…ゆるんでズレてきたのです。
大男は…じゃまくさい感じでした。
ズレ落ちて両目がふさがったら大変です。
大男は……。
(勝ち)を意識したのでしょう。
楽勝を(きめつけた)のでしょう。
どうせこの強風では(飛びヒザ)は成功しない…そう…大男は(きめつけた)のでしょう。
コイツっ…巻いていた黒帯を一気にはずして投げすてたのでした。
でも…キズは…ふさがったの?
視界が自由になった目の前のプロの空手家は…目つきが(さらに)変わりました。
勝ちほこっている。
そんな感じをうけました。
こんな小さな女の子に…今の…プロのオレは負けるはずがないっ…と。
勝ってあたり前だっ…そういう表情…目つきをしてるんです。
コイツっ…また…ニヤッと笑って言ったんです。
(野花あああ‼︎)
(どうしたっ⁉︎…来ないのかっ?夜もふけるぞっ?…ははははは‼︎)
(さて。そろそろ帰ろうじゃないかっ。あの世の…おウチええっ‼︎)…と。
自信満々の大男はガガガッ……っと来ました‼︎
(一発目)私の顔へ…右手の…大きなコブシのストレートパンチがきた。
サッと…私が右へかわすと…(二発目)男の左足の(まわし蹴り)が頭に飛んできた。
小さな私は…サッと…上半身を前にたおしてかわすと…頭の上を男の左足が空を切った。
すかさず男は(三発目)…太い左ウデの(ヒジ打ち)を…体重をかけて落としてきた。
私は深い(おじぎ)の姿勢で…一歩半っ…前へ出て背中へのヒジ打ちをかわした。
かわしたまでは…よかったんです。
が⁉︎……(ああっ。しまった……‼︎)
不運?……絶体絶命のピンチ?
わたしっ。
目の前の大男の…(さらに)目の前に接近してしまった‼︎
引きよせられるように。
計算されたパンチやキック…大男は…小さな私を(手玉)にとっていました。
問答無用のケンカ空手のうまさ…スゴさでした。
わたしっ。
大男の胸からお腹…太ももの前…つまり男の(ふところ深くに)つっこんでしまった。
私の姿勢…闘う体勢も不安定で悪かった。
どしゃ降りの雨が目に入る……。
強烈な風が私の動きを弱める……。
大男の(ふところ)で…足元で私は。
しかられた子犬が…どうしたらいいのか悩んでるように…小さな背中を丸めていました。
……心の中で叫ぶ私。
(あああ…まずいっ。逃げられないっ。どうしよう……?)
(後ろはダメっ…壁だから……)
(横もムリっ…左右の長いウデでつかまっちゃう。どうしたら……?)
(あああっ。どうしたら…どうしたらいいのっ⁉︎)
と…心の叫びを願いに変えた私でした。
そして。
ふるえる子犬の私は…少し前かがみの姿勢から…上目づかいで恐る恐る見上げました。
大男の足元から…なぞるように見上げるその肉体は…その筋肉のカタマリは。
遠くから見るよりも…もっとデカい…岩石のようなコンクリートのビルのような。
とてつもない山のような大男に見えました。
あまりにもデカすぎます……‼︎
きたえぬかれたプロの空手家の恐怖を感じました。
(こんなヤツに全身つかまれたら…終わりだっ……‼︎)
そう感じたら…わたしっ。
急に…サアーッと…ふつうの女の子の感覚が…シュンと出てきました。
何も持てないガンバレない時の…あの…女の子のシュンとした心の感じがでてきました。
(あああ………)
(お父さん…お母さん。野花は。いま…ここにいます………)
(もうすぐ…わたしっ。コナゴナにされます………)
(あああ………)
(おとうさぁん?…おかあさぁん?………)
と……なにっ⁇
スグにでも。
私をガーーッ‼︎とおさえつけっ。
私をコナゴナに…ひねりつぶしに来るはずの大男の動きが。
どうしたのっ⁇
ほんのちょっと…数秒…体の動きが止まったように見えたんです…感じられたんです。
その時でした。
(…えっ?…)っと…私の目に…ハッキリと見えるものがありました。
どしゃ降りの中でも…間違いなくハッキリと見えたんです。
血です……‼︎
大男の顔に…ホホにっ。
ダラダラと流れ落ちている…うすい色の赤い血っ。
そうです。
あの時の…(三角飛び)でできたキズの血が…どしゃ降りの雨とまじって。
うすい色の(赤い水)となりダラダラと流れ落ちているんです。
大男は…イヤそうでした。
(しみる)より(見えない?)…そう…私には見えたし感じられたのです。
大男は両目をパチパチさせ顔を左右にふっては…目に入った血を出そうとしていました。
イヤそうでっ…ジャマくさそうでした。
(…今だっ‼︎)…と。
私は心のまん中で叫びっ…闘いのドアを全開にしました。
(今しかないっ‼︎)
(今しか…無限飛びヒザ蹴りのチャンスはない‼︎)
(大男の…ゴリラのうでにっ。つかまる前にっ。飛ぶんだっ……)
私の…心のまん中に電光石火が走ると。
(一撃必殺への勇気)と(逆転への強い決意)が爆発しました。
わたしはっ。
嵐の強風でも(一か八か)と決め…姿勢をセットし両足をスタンバイした…その時ですっ。
(……えっ⁉︎……)
(風っ…風がっ……やんだ…?)
(強い風が……やんだっ⁉︎………‼︎)
そうですっ。
上下左右から吹く連続の風も…ある一瞬…真空地帯のように…ふわっと弱まる時が…今。
万が一の……ラストチャンス‼︎
よしっ‼︎
もおおお…迷いは無いっ‼︎
わたしはっ。
超速で体勢をセットしなおし…かたい地面にスタンバイした両足に全力を…こめてっ。
ゆるぎない自信と。
あふれ出す勇気と。
この時この瞬間に風が弱まった(時の運)に感謝して……飛ぶっ。
わたしはっ…わたしはっ…飛ぶしかない。
敵の大男の(ふところ)から…デカい体の足元から…私は…(ステップ動作)に入った……。
うなりをあげる必殺技。
誰もマネできない私だけの大技。
無限の破壊力が爆発する空中技。
うなりをあげる無限飛びヒザ蹴りを…今こそ…今ここで…キメるんだっ。
(正しいことは正しい)と言いたい…たとえ…それが苦難の道であっても。
そうだよね?…お父さんっ…お母さんっ。
いつも私を見てくれる。
いつも私の心にいてくれる。
ありがとうございます…私は幸せです。
私は…いつでも…どんな時でも……二人の娘ですっ‼︎
(お父さんっ………‼︎)
(お母さんっ………‼︎)
(私を……見守ってくださいっ‼︎………)
そして。
私は垂直に……飛んだっ‼︎
うなりをあげる‼︎
(いけえええーーーーーーーーーーーーっ‼︎)
垂直上昇と同時に。
大男は…血と雨の両目をカッと見開くと…私と一瞬だけ視線がガッチリ合いました。
でも…男が見たものは⁇
ただの視線です。
もう…そこには…私はいません。
大男の足元には…私がふんばった時の…ドロの(足あと)しかありません。
私は…影も形もありません。
どんな空手の達人や格闘家であっても…私の飛ぶ姿は(目では追えない)のです。
極限の速さで上昇する私の垂直ジャンプは…瞬間移動に近いのです。
大男の視界から…私は…完全に消えました‼︎
わたしがっ。
衝撃の速さで上昇するため…私の体にあたる雨つぶが蒸発し水蒸気がただよいました。
脅威的な私のジャンプ力は…かるがると…大男の頭上まで私を浮かせてしまった。
私は垂直上昇しながら。
高速シャッターを切るように男を見ると。
男は…なにもできずに…両うでのガードを下げたままでした。
私は垂直上昇の限界点(大男の頭上)で一瞬で判断し…狙いを男の(左側頭部)にしました。
大男は…今ごろになって。
自分の頭上よりも高く空中に浮いている私に。
ハッ⁉︎…と気づいたようすでしたが…もう…おそいっ。
おそすぎますっ‼︎
私は空中で…飛びヒザ蹴りのフォーム(弓なりの形)から0.2秒で。
爆発的な(弓なり)からの反動を利用し。
生みだされる脅威的な反発力で。
すさまじい無限のパワーと破壊力をもった…私の唯一無二の(ヒザ蹴り)を。
誰にもマネのできない空中殺法の必殺技…(無限飛びヒザ蹴り)を。
0.2秒で………キメるっ‼︎
風は…弱い。
私の目線は下に向き。
正確に狙いをさだめる…それは男の左側頭部です。
照準…OK。
……シュッ……………………………………‼︎
どしゃ降りの雨音にまじって。
かすかに…グシャ…っと…頭がこわれたような音がしました。
飛び散る雨つぶと空気のツブ。
そして…飛び散るぬれた皮膚のカケラ。
敵は…大男は。
なにもできずにくずれ…かんたんに…たおれました。
死んではいません。
いっしゅん彼は…自分の頭と胴体がズレた感覚はあったと思いますが……。
死んではいません。
少しのあいだだけ眠ってもらいます。
こんな無責任な人間でも…生きたい気持ちは同じです。
(ああ……終わった……………)
荒れた嵐の夕方…どしゃ降りはつづいていました。
フッと弱まった強風も…また…ビュービューと音を出して吹いていました。
私たちの上空を…見守るように狂ったように飛んでいた一羽の海ドリが。
どうしたのかな?
いつもの自分にもどったのかな?
催眠術でも(とけた)かのように…ピュウーッと…一直線に向こうへ飛んで行きました。
私は直感しました。
あの海ドリ…タチバナさんのおウチへ知らせに行ったにちがいない……と。
そして。
おウチの中であばれた他の鳥たちの(命令)をといて…(帰りなさい)を言うはずです。
これでひと安心。
ごめんなさいっ……迷惑をかけました。
タチバナさん…家族のみなさん。
あっ?
ウータン‼︎……そうそう…(海の家)から出してやらなきゃねっ。
(ウーターーーンっ?……)
(だいじょーぶぅ〜っ?……)
(わたし…元気だからっ。ほら…ほらっ…そんなにナメナイでっ…て……)
(ねっ…ねっ。ウータン…ウータンっ。わかった…わかったってっ……)
(ふふふっ……)
闘いに勝っても……さみしい。
また。
サヨナラが…はじまるから。
(もう。この町を出なくちゃ……)
(ここにはいない。宿敵…裏の十段っ)
(どこに行けばいいの?)
(お父さん?…お母さん?わたし。ひとり旅…平気だから。平気だからっ…)
(だいじょうぶ…だいじょうぶだよっ。だいじょうぶ………)
心配したウータンが…悲しそうによってきてくれました。
私もウータンも…仲良くずぶぬれです。
(ウータン?…ありがとう。おわかれだよっ?ひとりで帰れるでしょ?……ねっ?)
(わたし。最終の夜行バスで行くから…ついてこないでねっ?ここで…お別れだよっ?)
(ありがとう…ウータン。ありがとうねっ…ウータンっ………)
タチバナさん。
家族のみなさん。
お母さん校長先生…そして…クラスのみなさん。
みんなみんな…ありがとう。
タチバナさん?このままサヨナラして…ごめんなさい。
あとで…お手紙かきます。
思いをこめて…いっぱいいっぱい書きます。
いま会えば…泣いちゃうっ……泣いて…つらい………。
駅のバスターミナルは近いです。
さあ…最終の夜行バスに乗ろう。
私は…どしゃ降りの雨と風の中を歩きました。
私は…後ろを見ません。
つらすぎます。
歩いていると私の後ろ姿に。
誰もいないだろう砂浜で…ジッと…どしゃ降りの雨にぬれながら。
たぶん…ポツンと小さなウータンだけが。
さみしそうに…さみしそうに…いつまでも…いつまでも。
はなれてゆく私に向かって…悲しい声でないていました。
12歳で旅をする。
私は空手の女の子。
私の名前は…空手野花。
<おわり>
空手の花 kuzi-chan @kuzi-chan
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