アマリリス辺境伯領②

 翌日──。


「ここがアマリリス領兵の訓練場だよ」


 アストロンの領城から馬車で小一時間。

 そこに訓練施設があった。

 中級ダンジョン──星星に散りばめられた騎士の証──スター・オブ・ナイツと呼ばれる迷宮。

 スタンピードが発生しない常設型の迷宮で、ご都合主義の塊とも思える設定のダンジョン。

 ダンジョンになる前は墓地だったのだが、いつからかアンデッドの棲み家となって迷宮としての機能し始めた。

 ダンジョンボスはワイトキング。

 全七階層から構成されていてフロアごとの広さはそうでもない。

 その気になれば一日とかからず攻略できるだろう。

 同じ中級ダンジョンのラクティフローラ地下水道と比べると難易度は低い。

 アマリリス領軍訓練場は迷宮スター・オブ・ナイツに併設されている。

 ベローネが手綱を握る馬車は訓練場の高い塀の門を潜った。

 車内に座る俺の隣にはボアン。

 馬車が停まるとベローネが扉を開いて俺を先に下ろしてからボアンが下車。


「お姉さま。ありがとう」

「ん。さ、行こっか」


 馬車を置いて俺はベローネの後ろをついて歩く。

 こうして赤い髪の後ろ姿を見ると彼女の母親のリディアを思い出すけど、ベローネはまだ子ども。

 見惚れるほどのものではなかったが、未来の彼女はきっとリディアに似た色香を周囲に漂わせそうだと思わせるには十分なものだった。

 それに昨日とは打って変わって今日の彼女は胸がぺったんこ。


「ベローネ様! おはようございます」

「ん。おっはよー」


 領兵とすれ違うたびに彼女は挨拶をされ、その度に気軽に挨拶を返す。


「お、お姉さま……良いんですか?」


 ボアンは気軽な振る舞いをするベローネの様子に注意したいようだった。

 彼女がここに来たのは初めてのようで、すれ違う領兵はベローネには気軽に挨拶をするものの、ボアンの顔を知らず、ベローネもボアンを紹介しないから声をかけたりされず、ボアンも軽く会釈をする程度で声を発することはしない。

 訓練場──迷宮の入り口近くはちょっとした広場になっていて、そこに領兵が訓練をしていた。

 ベローネはその訓練している場所に近付いて一人の教官らしき男性に話しかける。


「おっはよ。ジャック」

「お、ベローネ様。おはようございます。本日も迷宮に入りますか?」

「や、今日はサクヤ殿下が訓練の様子を見学したいというから連れてきたんだよ」

「殿下? って、もしや──ッ!!」


 ジャックと呼ばれた男は慌てて片膝をついて頭を下げた。

 近くにいた男性の兵士たちもジャックに倣って膝をついて頭を下げる。


「気を使わせてしまったようだね。訓練中のところ突然訪問して申し訳なかった。頭を上げて立ってくれ。できれば訓練もそのまま再開して欲しい」


 どうやらノーアポだったらしい。

 ベローネは内心『大丈夫。大丈夫』と思っているに違いない。


「サクヤ殿下もそう言ってるし、いつもどおりにしていいから。わたしがいるときと同じ感じで良いからね」


 ベローネの言葉が領兵に届くと彼らはぞろぞろと立ち上がり、


「それでは、お言葉に甘えて、訓練を再開します」


 と、先程の続きを始めた。

 ベローネは(あ、ボアンのことを言うの忘れてた)と小さく独り言ちていたが、ボアンもベローネも気にしない様子。

 ボアンに関してはどうやら俺の従者だと思われているようだ。

 それでも俺の視線を意識して緊張しているのか顔色が悪い兵士が何人もいる。

 しかし、これだけでわかったこともあった。

 ここの領兵はベローネに対して友好的で親しげだった。

 なのに正妻の娘のボアンには見知らぬ様子で見向きもしない。

 そこに強烈な違和感を感じる。


「ここは領兵の訓練所の中心だけど、将校や上級士官はアストロン城に勤めてるんだ」


 ベローネがこの施設とここで訓練を受けている兵卒の構成を説明し始めた。


「ではここでは主に前線で戦う兵士の訓練をしている──といったところか……」

「ん。そだよ」

「将校や上級士官とされてる──騎士になるのかな? その人達は──」

「お城の訓練施設で軍学を学んでるよ」

「そうなのか。王城だと近衛騎士が実技の訓練が中心で護衛法は座学だけど、軍学は滅多にやってないな……」

「そうだったね。王都に王国騎士団の施設があるから軍学も同じ敷地内だもんね。こっちもそういうほうが良いんだけどね」


 アマリリスはどうやら軍内での上下関係や身分、階級などによって厳しく区別されているらしい。

 出世も身分に応じて決められていて、その所為か、士気の低さが目立っている。

 この施設内でも平民出身の兵士と男爵家出身の兵士では待遇が違い所属する舞台も異なる。

 迷宮に近い場所は平民の領兵が平民の隊長に訓練されていた。


「よし、次はあっち」


 ベローネはそんなことも気にせずに今度は平民たちが訓練しているところに俺とボアンを連れて行く。

 なるほど、ボアンが口を開かないのは知らないからというだけじゃなく、身分の違いで言葉を交わすことが憚られるからなのかもしれない。

 では、どうしてベローネは気軽に会話をしているのか。

 それは彼女の人柄があるんだろうけれど、母親が男爵家の出で、アマリリス家に籍は置いているものの出戻っているという複雑な身分。

 そういった背景もありそうだ。


「ジェイク! キミ、まだここで働いてたんだね」


 ベローネが平民の部隊の訓練を見ていた壮年の男に話しかけた。


「ベローネ様! お久し振りでございます」


 ベローネがジェイクと呼んだ男が頭を下げて挨拶を返すと、ベローネは俺のことを紹介する。


「遠路はるばる、王都から来てくださったサクヤ・ピオニア殿下だよ」


 そう言ってベローネはニヒヒと口端を釣り上げて笑う。

 おそらくからかっているのだろう。

 平民のジェイクは俺が王子だと知るとその場で平伏して頭を地べたにくっつけた。

 ジェイクの様子を見た平民の兵士たちも彼に続いて平伏。


「皆さん、頭を上げて気楽にしてくれ。私は訓練の様子を伺いに来ただけだから」


 何とか説得して、みんなに立ち上がってもらったが訓練が再開される様子はなかった。

 皆、顔色が悪い。


「この人はジェイク。お祖父様の頃に中尉を務めていた人で、今は兵長なんだ」

「ルッツさんの──」

「そう。リコリスに寄ってきたんでしょ? お祖父様は昔、ここのアマリリス領軍の大佐だったんだって。わたし、お祖父様のことあまり知らなかったけど、ジェイクからたくさん聞いたんだ」


 ベローネの言葉を鑑みるとルッツが現役だったころは身分で分かれたりしていなかったのか。

 そうだとしたら考えさせられるものがある。

 もしかしたらベローネはこれを見せたかったのかもしれない。

 一体何のために?

 ともあれ、ルッツがここでどんなことをしていたのか気にならないわけでもない。

 当時を知る数少ない人間だ。


「ジェイクさんはルッツさんのことを知っているようだけど、とても興味がある。お話を聞かせてもらえないだろうか?」

「ええ……それは構いませんが──」


 ジェイクの歯切れ悪い言葉で──しかも、顔が青褪めている。

 ここにはボアンもいる。機会を別途もうけて話をきあせてもらったほうが良いかもしれない。


「ならば、ベローネに調整をしてもらうから後で話を聞かせてもらえないかな」

「大変恐れ入りますが、そうしていただけると助かります……」


 ジェイクの願いを聞き入れて別途調整することにした。

 たぶん訓練の後になるんだろう。

 俺では離せないこともベローネになら話せるだろうし、彼女もきっと訓練の後にと言うはず。


「では、俺はこの辺の訓練を見学してくるよ」


 とベローネに伝えてから「俺と一緒に見てみませんか」とボアンに声をかけた。


「かしこまりました。私、ここは初めて来た場所なのでご案内できるか自信ありませんが……」


 ボアンの返答に俺は「かまいません」と返して、訓練の様子を見させてもらう。

 とはいえ、俺には見たいところがある。

 この機を逃せば入ることはないだろう。

 中級ダンジョン──星星に散りばめられた騎士の証──スター・オブ・ナイツ。

 その迷宮の入口に俺は向かった。


 迷宮の入り口は俺(朔哉)の記憶のとおり。

 ある種の懐かしさに襲われる。


(懐かしい──)


 常設型のこのダンジョン。

 スタンピード後は自由に出入りができた。

 でも、今は入り口に兵士がいて見ることはできても入るのは難しい。

 上級ダンジョンを攻略した後に入れるくらいだからそれほど需要はないけれど、育成不足のメイン攻略キャラクターやシナリオには影響しないサブ攻略キャラクターのレベリングには有用だった。

 けれど入る度に少量のお金を払う。

 きっとスタンピードを受けて滅びかけたアマリリス領の立て直しに冒険者に解放して迷宮に入るお金を徴収するようになったのだろう。

 ゲームではベローネが次の領主になっていた。

 ここでのベローネの扱いを考慮したら絶対に無理だとしか思えない。

 つまり、ベローネが領主にならざるを得ないほどスタンピードの被害は甚大だった──と考えられる。

 まあ、この訓練場の現状を見れば、滅びるのは必至といったところか。

 平民だから、下級貴族だから、中流だからと身分を傘に来て訓練を分けているようでは指揮系統が機能するようには思えない。

 千年の歴史を持つアマリリス領だけど、千年もの年月が腐敗を生んだ。

 前世の記憶を持つ俺からはそうとしか見えなかった。

 ボアンが付き添ってくれてるけど、彼女は俺が王子だからここにいるだけ。

 訓練場の兵士とは目を合わせようとしないし口を開くこともしない。

 まるでそこに存在しないかのような振る舞いに徹していた。

 それでも俺の言葉には反応してくれるし、話しかけたら顔を見てくれる。

 身分でこうした対応を変えているということなら、ある部分では仕方ないにしても違和感は拭えない。

 とまあ、それはさておいて、ダンジョンに入れるかダメ元で聞いてみる。


「この迷宮には流石に今は入れないよね?」

「は、はい……。殿下にお断りを申し上げるのは憚られる思いですが、本日のところはご遠慮願えたらと──」


 とても断りづらそうにボアンは答え。


「そうだよね。興味があったから入ってみたかったけど、何も準備をしていないからまたの機会にするよ」

「ご理解くださいまして感謝いたします」


 兵士が答える間もなく返事を返したボアン目配せをする。兵士はそれに続いて頭を深く下げる。

 こうして話すとボアンという少女は年齢の割にしっかりしていて印象は良い。

 外に出てからベローネとあまり会話をしないボアンは、俺に対するスタンリーみたいな感じかと思っていたけど、スタンリーみたいに身内で固まって他とは全く交流しないという様子ではなかった。

 遠巻きにベローネを見ていて嫌うような表情をしていないしね。

 ともあれ王家とは違った何かがあるのは間違いない。

 家のことに干渉するつもりは全く無いけれど、家族間での温度差はちょっと気になった。

 それでも折れることなく明るい表情を保ち続けるベローネは心が強い。

 俺なんて無能者って言われ続けて折れそうになってるからね。

 ゲームの結末で俺はどうなるのかわかっているだけに、ベローネのこの環境を身近にすると、彼女のことがとてもまぶしく見えた。

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2024年12月14日 22:00
2024年12月21日 22:00

乙女ゲームの攻略対象イケメンキャラに転生したけど逆ハーレムエンドは絶対に嫌なんです ささくれ厨 @sabertiger

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