アマリリス辺境伯領①
晩餐はとても豪華だった。
目の前にアマリリス辺境伯家の家人が奮った上質な料理の数々。
どれもがとても美味しそうに見える。
俺や辺境伯家の面々には椅子が用意されていて、ほかは立食形式というパーティーのよう。
王族と辺境伯家が円卓を囲い、ホールには立食用のテーブルが並び、そこには鮮やかで上質な食膳。
メインのこの大きな円卓では俺とヌリア母様が隣り合って座り、俺の後ろにはイリス・ラエヴィガータが、ヌリア母様の後ろにはコロネ・フラグランが立って控えていた。
「話には伺っておりましたが、私の友人の言葉の通りのお方で──本日はこうして歓迎させていただけることを光栄に存じます」
そう言って過度に遜るのはアマリリス家の嫡男、バルバナーシュ。
ベローネの異母兄だが彼女とは似ておらず長身で金髪の碧眼。つまりイケメンの彼が簡単に挨拶を返すと、その隣に座るアマリリス家の次男──ビアッジ・アマリリスが続く。
「私はビアッジ・アマリリスと申します。フロスガーデン学園高等部に在籍しておりまして、サクヤ殿下のことはベローネからよく伺っておりました」
それから、バルバナーシュの実母で正妻のレナエル、側妻のルース、ローナと挨拶と自己紹介が続いて──
「ブラッド・アマリリスです。兄と同じく中等部に在籍していて殿下のことはベローネからよく聞いています」
──と、俺より上背が低い少年が名乗った。
この三人の兄は皆、生母が異なる。
それから最後に、ベローネの隣にいた少女が慣れた所作でカーテシーを披露。
彼女が唯一、バルバナーシュと同じ母親から生まれた兄妹。
「ボアン・アマリリスと申します。姉がいつもお世話になっております。私のこともお見知りいただけますと幸いでございます」
彼女はヌリア母様に向かって名乗ってから俺の方を見ての言葉。
「この度はアストロンにご来訪くださり、こうして歓迎させていただく栄誉を賜り誠に光栄にございます──」
ヴァランが最後に挨拶を〆て晩餐が始まる。
ヌリア母様はヴァランや彼のご夫人たちと会話をしており、また、彼の側近たちと言葉を交えている。
たまに振られる話に相槌を打って軽く言葉を返す程度に俺も会話には参加したけれど──
「お姉様だけ、おずるいですわ。私もサクヤ殿下とお話をしたいです」
──と、ボアンの言葉で、
「有無。ではこうしよう。ベローネとボアンにサクヤ殿下のご案内をさせましょう。よろしいでしょうか」
ヴァランがヌリア母様に許しを請うとヌリア母様が快く応じた。
「ええ。宜しいでしょう。では、明日は私はイリスを護衛に市内を見て回りますから、サクヤはベローネを護衛としてボアンを随伴すると良いわ」
ヌリア母様の言葉にヴァランは口の端を小さく釣り上げたことを俺は見逃さない。
それから、ヌリア母様は優しい笑みを向けて口を開く。
「せっかくですし、サクヤはベローネを誘って踊っていらしてはいかがかしら?」
ホールの後ろ側にはアマリリス家が集めた楽団が静かに音楽を奏でている。
ヌリア母様の目線にはその楽団に向けられていた。
「わかりました。それでは──」
俺は席を立ち上がり、ベローネの右手側に移動する。
「一曲、踊りませんか?」
ベローネは俺が差し出した手に丁寧に手を重ねて、
「ええ、喜んで」
と、立ち上がる。
すると、ヴァランが立ち上がり、ホール後方の楽団に合図を送った。
ベローネが取った手をそのまま、中央に下りると、演奏が始まる。
曲はゆったりしたもので、十二歳という年齢を考慮してくれたようだった。
「ベローネとダンスをするのは初めてだけど、意外と上手で驚いたよ」
「殿下が私と手合わせするようになってからだよ。体が自然に動くようになったの」
お互いの耳元で小さく会話。
「やっぱり、殿下は王子様だね。ちゃんと教わってるってわかるわ」
「それはどうも──。これでも一応、第一王子なんでね……」
「ふふ。いつもそういうこと言うと声のトーンが下がるよね」
「……いろいろあるんだよ」
他愛のない言葉のやり取りは、久しぶりに会ったからということもあった。
「それにしても随分と手慣れたお誘いだったね?」
「ここまでの間に、何度か踊ってきたからさ」
「そう。わたしは殿下が初めてのダンスの相手だよ」
「それは光栄だね。たくさんの人の前で踊るのって緊張しない?」
「わたしは大丈夫。こういうことで緊張するような女じゃないし」
ベローネの足捌きは見事なもので、これまで踊ってきた女性たちよりもずっと上手い。
無理して踊る相手じゃないからこっちも伸び伸びと動ける。
「それにしても、殿下はリードが上手。王族だからちゃんと教わってるんだね」
「教えてくれたのはお師匠様なんだよ」
「ブラン様から教わったんだ……わたしもブラン様から教わってみたい……」
「言えば教えてくれるんじゃないかな。俺の教育の一環としてってことになるだろうけど」
「ブラン様に教えを請えるならそれでも良いよ」
踊りはベローネが持つ
バランスを保つために補助されているのだろうと推測はできる。
それでベローネの動きが予測できるから俺もステップを踏みやすい。
ダンスは終盤──。
最後のステップでポーズを決める。
するとホールは喝采に包まれた。
「お見事です。まだ幼いというのに素晴らしいダンスでした」
アマリリス家の寄り子の貴族たちが俺とベローネを讃える。
気持ち良く踊れたというのがあったからか、達成感があった。
俺が壇上の円卓に戻ると、今度はボアンが俺に期待の眼差しを向けている。
ホールでは貴族たちが、俺とベローネのダンスに触発されてか気ままに踊り始めていた。
「ボアン様、一曲、踊りませんか?」
手を差し伸べるとボアンは嬉しそうに俺の手のひらに手を重ねる。
「お姉さまみたいにうまく踊れませんけれど、どうぞ、よろしくお願いいたします」
彼女は正妻のレナエルの娘でベローネの一歳年下の異母妹。
そんな彼女の期待を裏切るわけにはいかなかった。
それにしてもベローネとは全く違いボアンの所作は流麗。
スカートをつまみ、俺のエスコートでフロアに下りる佇まいは貴族の夫人となるに相応しい滑らかな動作。
アマリリスの貴族に対する教育水準の高さが伺えた。
とはいえ、ベローネの扱いやリコリス領にいた彼女の母親──リディアのことを鑑みると身分の差による軋轢は非常に強いと感じられる。
このホールには禄が高そうな子爵家以上の貴族しかいないのは身分による隔たりが強いからだろう。
同格の家格同士でしか会話をしていない様子だし……。
改めて周囲を伺いながら、ボアンとのダンスを始める。
楽団は幼いボアンに気を使ったのか、ゆったりした曲調で動きが緩やかなアンサンブルを奏でていた。
「お誘いくださいましてありがとうございました。サクヤ殿下と踊れたことをとても光栄に思います」
ダンスを終えてテーブルに戻る途中、ボアンは頬を緩めて言う。
「俺もボアン様と踊れて良かった。このような機会があったら、また、誘わせてもらうことにするよ」
「はい。お誘い、お待ちしております」
ベローネとは違って金髪碧眼のボアンが嬉しそうにはにかんだ。
俺は王子である。彼女はまだ十一歳という幼い少女だから憧れに近いものを持ったのかもしれない。
表情からはそう読み取れたけど、十一歳で社交辞令か……と、前世の俺なら思うことだろう。
ボアンと踊った後──。
「少し気になったことがあったので、もう少し、女性とダンスをしてきます」
ヌリア母様の隣の席に戻り、念の為、許可をとる。
手当り次第女の子とダンスをしようとしたら節操なしと思われないかなと心配だったからだ。
「ええ。良いんじゃないかしら? 良い心掛けね」
「ありがとうございます。では、できる限り多くの方と交流をして参ります」
ヌリア母様から許しを得て、俺は家格の高そうな家の娘や、娘のいない家はそのご夫人をダンスに誘った。
最初は目が合った俺より少し年上の少女を誘い、ボアンと同様にダンスをする。
誘ったときは恐る恐るといった様子を見せていたけど、踊りながら、声をかけて褒めていくうちに緊張が弱まると次第に打ち解けてくれた。
娘がいない貴族と目が合ったときには「ご夫人と踊らさせていただいてよろしいでしょうか?」と許可を取ってから手を差し出す。
こうして俺は晩餐の殆どをダンスに費やした。
踊った後にはその貴族の当主の方々と一言二言と言葉を交わし、こうして、ヌリア母様が踊らない分も、異性との交流を重ねる。
娘さんを返したときには「私の娘をサクヤ殿下のお側に仕えさせていただきたい」などという言葉を頂いたり、ご夫人と戻ると「私の妻はおいかがでしょう」などという声もあった。
この場にいる伯爵家や子爵家との交流は浅いながらも深められたと実感がある。
会場には家格の低い子爵家以下は領地持ちだとしても呼ばれておらず、ベローネに対する評価の低さを耳にすることができて、アマリリス領がどういったものなのかもわかったような気がした。
明日はアマリリス領兵の訓練を見に行こう。
自然とそう思えたのはここの貴族たちを見てのこと。
席に戻るとヌリア母様が──
「あとでお話を聞かせてちょうだいね」
──と、成果の報告を求めた。
「それにしてもあんなに踊って息を上げてないだなんて……サクヤはやはりナサニエルの子だけあるわね」
そんな彼女が小さく独り言ちたような気がする。
ナサニエル・ピオニア──俺の父でこの国の王。
強そうに見えないあの見た目から想像がつかないけど、父上は体力があるらしい。
ゲームでは最後の方にちらっとした映らなかったからよく分からない人物だ。
というわけで宴もたけなわで晩餐は終わり、俺は今、ヌリア母様の呼び出しで部屋に二人きり。
ベッドに尻を並べて座り頭を撫でられている。
「今日はいろんな女性と踊ったけど、誰が良かったかしら。私から見たらやっぱりベローネは見た目が良くて目立つわね。あの赤い髪は個性的でよく映えてるし、お胸がよく育ちそうだもの。サクヤの好みじゃなくて?」
初手から全開だった。
それも答えに困るものを……。
だが、おっぱい含めてベローネは頭一つ飛び抜けた存在だったのはヌリア母様の言葉の通り。
まだ大きくなる余地があるし、柔らかくて温かいあの乳房に包まれたいと思うのは男の性と言えよう。
俺(朔哉)だったら絶対にこんなことは思わないのに俺(サクヤ)は大きな胸を見ると目線が自然とそれに向いてしまう。
「そういうところは本当に父親譲りね。スタンリーは異性に興味がないわけではなさそうだけど、遠くから指を咥えて見てるだけだもの」
ヌリア母様がスタンリーを評する。
彼は遠くから意中の女性を見ているばかり。そして、彼の初恋はどうやらお師匠様らしい。
どうしてもお師匠様を傍に置いておきたいと強請ったことがあったそうだ。
それで父上やヌリア母様がお師匠様にスタンリーの教育もできないかと相談したことがあった。
お師匠様は固辞してスタンリーに教えることは叶わなかったが、それでも諦めきれなかったようで、魔法の研鑽に集中したいという理由をつけて王位継承位の序列をさげてもらうように願い、父上がヌリア母様と相談した結果、それを受け入れている。
「今となっては魔法を使えるサクヤだものね。あのときにサクヤを筆頭に戻したのは正解だったように思うわ」
などとヌリア母様は言う。
どの話も俺は返答しづらいものばかり。
「それはそうと、ここは随分と家格の差が大きいわね。リコリスが林業や農業で高い水準の生産量を生んでいるのに貧しい理由がわかった気がするわ」
ヌリア母様も気にしている、異様なまでの家格差。
それがベローネとボアンの待遇の差にまで現れていた。
ベローネには従者はおらず、ボアンには従者が数名付き添っているし、何ならベローネはつい先程まで俺のお世話役として傍にいたほど。
俺としては学園で親しくしてもらってる友人なので気兼ねないことにありがたさを感じてはいたけど、体を差し出させるような接待は度が過ぎている。
それでも不思議なことに、人の目を引くベローネには忌避の視線と憧憬の視線が入り混じっていた。
晩餐で踊った少女たちはベローネに対する印象も二分しているのを彼女たちの口から直接聞いている。
ご夫人がたにおいてはアストロン城で奉公していたものもいるようで、そういった方々はベローネを呼び捨てしていた。
彼女の母親──リディアのことも耳にしたほど。
「明日は領兵の訓練を見学するつもりです。そこで少し、様子を伺ってみようと思います」
「私は市内を見て回るの。イリスは私の護衛につくけど大丈夫かしら?」
「ベローネが居ますし、俺は自分の身を守る程度には戦えるから問題ありません」
「そう。だったら問題ないでしょう。くれぐれも無理しないように頼むわね」
ヌリア母様はそう言って俺を抱き寄せて「では、明日は頼んだわ」と今日のところはこれで解放してもらえた。
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