第6話衝撃
その日の夜――俺は悶々と悩んでいた。
その原因は言わずもがな、あの美優が運営している育乳垢と、そして俺が送ってしまったDMについてである。
俺が美優が私的に運営している育乳裏垢に、ほんの悪戯心で接触してしまったことから、今日の美優にはとんでもない恥をかかせてしまった。
「育乳にはネコミミをつけての登校が効果的」――こんな滅茶苦茶なアドバイスを美優はバカ正直に信じ、しかも実行に移したのだ。
おそらく彼女の中で自称・Hカップの大爆乳女子である俺の存在は天にまします神に等しい存在であり、その育乳アドバイスはまさしく天からの声――絶対に逆らうことなど出来ない神の言葉に等しいのだ。
つまり――俺が再度、大爆乳女子を騙り、DMで「猫耳登校はやめなさい」と言えば、もう二度と美優はあんな恥をかかなくて済む。
だが、それをやってしまうと、後は泥沼。俺は美優があの育乳垢を続けてゆく限り、大爆乳女子として滅茶苦茶な育乳アドバイスを続けなければならないことになる。
あの絶壁がむちむちぷりんになる、もしくは美優自身が諦めるまでに何年かかるかわからないし、そのうちにきっとそれが俺であると美優に悟らせるボロも出てしまうに違いない。
まぁ百歩譲ってあの育乳垢に付き合うのはいいとして、その大爆乳女子の正体が幼馴染の俺であることがバレてしまうことだけは――美優のためにも絶対に避けねばならない。
「どうしたものか……」
俺は表垢のTLを表示しているスマホの画面を睨んで唸った。
一度は忘れたはずの美優の裏垢を見るのが、怖い。
もしTLに「おかげで今日は大恥かいた。特に効果もなかったしあいつマジ殺す」などと書かれていたら、罪悪感よりも恐怖が先立ってしまう。
そのために俺はこうして椅子に座り、机の上にスマホを置いたまま、実に数十分も覚悟が定まらずに唸り声を上げる羽目になっているのである。
ふと――俺はスマホから顔を上げ、机の上に飾ってある写真立てを見つめた。
そこに映っていたのは、当時小学校3年生ぐらいだった俺と美優が、近所の夏祭りに行ったときに撮影してもらった写真があった。
美優は白地に鮮やかな朝顔の模様が入った浴衣を着ていて、はにかんだように笑ってピースサインをしている。
俺はTシャツに短パンという姿で、高校生になった今も変わらないアホ面でニヤニヤ笑っている。
ふと――ピースサインになった左手と反対、利き手である美優の右手が、そっと俺の短パンの裾をつまんでいるのを見て、俺は何故か、物凄く恥ずかしい気持ちになった。
写真の中の美優の右手には、金魚すくいで救った黒い出目金が入った袋が提げられている。
既に手に荷物があるからそうしづらいだろうに、写真の中の美優はまるで俺と離れまいとするかのように、短い指先をいっぱいに伸ばして、俺のことを掴んでいる。
そうだ、その時の美優は曲がりなりにも幼馴染として俺を信頼してくれており、離れたくないと思ってくれていたのだ。
そして、それはおそらく、今も変わらないまま――。
少なくとも、俺の方は変わってはいない。
美優とは、このままグレートな幼馴染として、いつも一緒にいたいのだと――少なくとも、俺はそう思っている。
そう考えると、たかが育乳垢ぐらいのことがなんだ、という気持ちになってきた。
そうだ、いくら裏垢がプライベートなものだとしても、俺たちはそのプライベートすら八割一致するような生活を、今までしてきたじゃないか。
一緒の布団で寝た、一緒に海にも行った、一緒に風呂にも入った。
お互いの全身にあるほくろの位置を五箇所以上答えろと言われても即答できる。
旅行に行ったら、確実に相手が一番喜ぶだろうお土産を買ってくることができる。
そこらの夫婦よりも確実に、お互いのことを知って知って知り抜いているじゃないか。
だったら――その育乳垢の存在すら、半分は美優のものだが、もう半分は俺のものであるとさえ言えるのではないか。
「覚悟を決めるか……」
俺は大きく息を吸い、吐いた。
そして、意を決して、美優が運営しているTLを閲覧すべく、表垢を裏垢に切り替えた。
しばらく――固唾を呑んでTLをスクロールしていた俺の目に――。
美優の裏垢、育乳垢であることを示す、己の絶壁を写したアイコンが見えた。
そして、そのツイートには――。
《ウッヒョオオオオオオオオオ!! 早速効果あった! 今計測したら+0.5cm!! 恥ずかしい思いした甲斐があったぜ!! シャアアアアッンナロォォォォ!! いやったあああああああああああ!!》
――なんだか、物凄く知能指数の低いツイートが見えた気がして、俺は一瞬、息を呑んで絶句してしまった。
なにかの間違いではないかと、俺はその美優のツイートを、ボソボソと口に出して唱えてみた。
うむ、間違いない。美優はこの文面通りのことをツイートしている。
それをしっかりと確認した俺は――物凄く拍子抜けする気分を味わい、椅子の背もたれに背を預けて天井を見上げてしまった。
美優、意外にアホだったんだなぁ――。
俺は思わず腕組みして、もう新たに発見することはないと思っていた幼馴染の意外な側面に唸った。
多分それは、俺の育乳アドバイスが功を奏したわけではない。
そりゃ人間のバストサイズなど、路上の工事現場のおじさんたちがやっているように、光学的な機器を使ってコンマ何ミリという感じで計測するわけではない。
おそらく美優は毎日毎日、メジャーか何かを使い、己で自分のバストサイズを計測しているのだろうから、当然誤差も出よう。
そして美優は今日の計測の際に出た誤差を、今日の猫耳登校の結果だと勘違いし、早速効果があったのだと喜びまくっているらしい。
「馬鹿だなぁ、アイツ……」
まぁ相も変わらず、素直というか、おバカというか。
どれだけ大人びても、どれだけ偏差値が高くなっても、どれだけ美少女に成長しても、どれだけ近寄りがたい存在になっても。
結局――斗南美優という人は、俺たちが毎日どろんこになって近所を駆けずり回っていたあの頃と全く変わっていないらしい。
その事実に拍子抜けしたような、安心したような気分で、俺は笑ってしまった。
一頻り声を出して笑ってしまってから――俺はふと、TwitterのDMの欄に視線を落とした。
そうだ、美優から俺にお礼のDMが来ていないとも限らない。
俺はそのことに思い当たり、TwitterのDMをタップした。
『大爆乳女子@98cmHカップさん! ありがとうございますありがとうございます!
今日、アドバイスの通りにしたら、早速効果がありました!
滅茶苦茶恥ずかしかったんですけど、その分女性ホルモンもドバドバ出たっぽいです!!
このまま猫耳をつけての通学を続けるべきでしょうか!? アドバイスお願いします!』
『大爆乳女子@98cmHカップさん、お手数ですがお早い返信をお待ちしております!』
『大爆乳女子@98cmHカップさん、他にも育乳のためのアドバイスがありましたらお願いします! 本当に、なんでもしますのでお願いします!』
『大爆乳女子@98cmHカップさん、もうお休みになられましたか? 返信お待ちしております!』
――やべぇやべぇ、大変なことになってる。
DM欄を開いた俺は、あまりに怒涛のように届いていたDMの量に焦った。
「ヤバいなこれ、完全に俺の信者になってんな……」
さっきの失笑もどこへやら、俺は一転してちょっと不安な気持ちになった。
美優のヤツ、今日の計測の際に出た誤差を俺の育乳アドバイスの成果だと信じ込み、一層深く俺のことを信用してしまったようだ。
仮にもし俺がこのDMで「育乳にはエベレスト登頂が最も効果的!」とアドバイスしたなら大変だ。世界史上最年少でのエベレスト登頂記録が塗り替えられてしまいそうな熱量と狂気が文面から伝わってくる。
俺は少し考え、意を決して返信した。
『【ゆうみ@成長中】さん、物凄い熱量の感謝、こちらこそどういたしまして。
猫耳登校、本当に実行に移したんですか!?
あれは育乳界隈でもかなり過酷な
完遂できた方を【ゆうみ@成長中】さん以外に知りません!
よく頑張りましたね! 偉い!』
「――よし、ツカミはこんな感じでいいだろう」
俺は今日の美優の恥じらいをねぎらう気持ちでDMを送信した。
とにもかくにも、ご苦労さんという気持ちぐらいは伝えるべきだろう。
俺がDMを送付して一分も経たないうちに美優から返信が来た。
どれどれ、どんな内容の返信だ――?
文面に視線を落とした俺は、ぎゅっと、心臓を手で鷲掴みにされたような衝撃を感じて硬直した。
『大爆乳女子@98cmHカップさん、返信有り難うございます!
クラス中の人たちに見られて物凄く恥ずかしかったけれど頑張りました!
まぁ、好きな人に恥ずかしい姿を見られてしまって悲しいですけど――。
それでも、効果があったからよかったです!』
「すきな、ひと――?」
一瞬前まで極彩色に輝いていた俺の世界が――いっぺんに色合いを失っていった。
◆
田植えのストレスが極地に達したので
思いつきで下ネタな話を掲載します。
完全にストレス発散目的の書き溜めナシ、
しかも原稿ナシのカクヨム直書きですので
いつぞや飽きて連載停止するかもわかりません。
「面白い」
「もう少し続けてくれ」
と思っていただけた場合は、
たった一言
「続けて」
とコメントなりレビューなり★なりをください。
それ以外の文言は一切要りません。
「続けて」だけで結構です。
よろしくお願いいたします。
幼馴染の貧乳美少女の裏垢がまさかの育乳垢だったので、今から大爆乳女子のフリをして滅茶苦茶な育乳アドバイスをしてみたいと思いま〜すw 佐々木鏡石@角川スニーカー文庫より発売中 @Kyouseki_Sasaki
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