第4話


「……ほう? ん? しゅ、酒吞童子が? と言ったか?」

「え、ええ」

「本当に酒吞童子か? そいつ」

「信じてないの? 見たという妖がいたらしいわ。大江山ではなく伊吹山で招集していると言っていたわね。それに蛇を操っていたし妖術も強大でそれに屈したものたちが集っているというのよ。あとは鈴鹿山でもそういう動きがあると童子丸は言っていたわ。私にも妖側のことを聞いていたわ。でも私はほとんどこの森に引きこもっているし大した情報は上げられなかったの。とにかく伊吹山のこと……どうかしら?」

「興味はあるな」


 ぐいぐい詰め寄る葛葉。

 肯定はしても俺の腰は重い。

 しかし大江山ではなく伊吹山のほうか。

 葛葉はくるりと回って瞬く間に壺装束に身を包む。本当に俺より血の気が多い。思い立ったが吉日とはいうが。

 酒吞童子というのが本当なのか定かではない。実際にその場にいた奴がここにいるんだが。俺の話は聞いちゃいない。

 葛葉が友人と言っているのは九尾の狐の玉藻の前だろう。小耳には挟んでいた。殺生石だったか。

 封印を解いたらどうだと問うたが、まず復讐を第一に考えていると返された。不安要素がなくなれば封印を解くと言っていた。つまり末席に至る陰陽師までやろうとしているのだから驚いた。

 これは今も変わらないだろう。

 俺はどうこの場を切り抜けようか考えていた。


「さ。参りましょう」


 にっこりとされてもな。

 女狐に興味ない。

 その美貌は俺には通じない。再び催促の言葉を述べられるが俺は無視を決め込んだ。

 顎をこすり下に置いた白湯を見つめる。

 一度今のように考え事をしていて葛葉を見つめていたら息子がいる身ですとかめんどくさいことを言われたから。


 やはり……息子を山車にするのは気が引けたが仕方ない。たしか晴明は陰陽師としてなんとかという奴に弟子についていると聞いている。それなら母が妖側につくなら大問題だろう。

 人間側の罪がいかようかは知らないが罰は与えられる可能性だってある。

 よし。ここはこいつの良心に訴えてみよう。


「晴明はどうするのだ? 巻き込むのか?」

「我が子を巻き込む母がどこにいますか」

「いや、目の前に」

「あの子も立派な陰陽師……元服も終わりました。ちゃんと向こうで頑張っていますし、うまく切り抜けられるでしょう」

「わかった。では俺が行く。おまえはここに居れ。晴明が帰ってきて誰もいないのでは話がこじれる」

「むう。わかりました」

「では俺は寝る」


 そう言ってから普段使っている庵にさっさと寝に行く。

 よし。

 この場は切り抜けた。

 明日はどうしようか。

 仕方ない。恥を忍んであの庵の男の元に向かうか。








  

 

 日が高く登った頃、俺は昨晩いった道を辿っていった。目的は奴だ。

 といっても血が流れることはする気はない。

 ……向こうも強者だが話はできるはずだ。


 あの女狐が連れて行けとのたまっていたが、これをどうにか制して出かけることができた。

 血の気が多いのだ。

 俺も引きこもって友人が残した命を大事にしたいところ。その伊吹山の自称酒吞童子とやらも穏便に済めばいいと思っているんだが。

 再び狐の姿で行ってみることにした。

 どう切り出そうか考えても纏まらず、とうとう庵の前に来てしまった。

 草むらをかき分けていったが人気はない。慎重に行ったが杞憂の様だ。幸い家にも来客はいないらしい。

 訪れた時のようにとりあえずかりかりと戸を叩いてみる。しばらくしてこの家の主が現れた。


「ん? 今日もか? ……いや、籠は持っていないようだな。うむむ」


 何か悩んでいるみたいだが戸が開いたのでひょこひょこと勝手に入っていった。静止の声が頭上から聞こえたが、土間をどうにか飛び越え廊下を進む。申し訳程度に庭が作られていた。奴の隠居後の趣味だろうか。

 居間らしい場所にたどり着いた俺は前足が片方ないので疲れもあって座り込む。


「……い、いったい」


 困惑している男を他所に俺はそのまま周りを見渡す。多分武器となるものはないと見て問題ない。男も俺の対面に座ったのを見計らって変化を解いた。

 異端な場所以外は見た目は美丈夫だ。己で言うのもあれだが。

 俺はその辺の布を拝借して腰に巻いて正座する。

 一瞬目を見開いたがすぐに静寂。

 静かに佇んでいた。

 その反応は流石だ。


「碧腕の鬼がいかようかな」


 俺の訪問を尋ねてきた。狐の時より物腰は固い。これが隠居か。過去に大江山であった時と同じだ。


「そうだな。大江山では世話になった。不意打ちするとは鬼の所業であったな」


 少々煽ってみたのは向こうの反応を見てみたかったから。

 しかし俺の幼稚なそれに乗ることはなかった。

 まあそうではないと困る。

 向こうからの返答もないので俺は話を続ける。

 

「こたび……いやこれまで狐としていたのはお前を見ていたからだ。確かに隠居は良いものだ。あの庭はお前が手を入れたのか」

「そうだ」

「俺も腕を持っていかれて……一応返してもらったは良いがつけることはないだろう。俺もむやみに争って同族を減らしたくはないからな。しかし風に聞くところによれば伊吹山で酒吞童子が名乗り上げているようではないか。俺も平穏を保ちたいところではあるのでな」

「つまり、わしが討てと? おまえの友人だろうに」

「いや、あれは違うと断言できる。友人が命をとして俺を生かしたのだ。それとわからず一時は復讐の道に走りかけたが今は違う。森でゆっくり過ごしたくてな。しかし友人の眠りを妨げるなら同族といえど許せんでな。それで……」

「回りくどいな。つまり一緒に戦ってほしいのだろう」


 俺の言葉を遮って結論を告げる。

 戦う気はないのだが……乗る気なことは大いに助かる。

 そしてにやりとじじいが口角をあげる。

 ……歳をとってもまだ血は見たいのか。それとも部下が頼りないからもどかしかったのか? どちらにせよなぜ俺の周りは血の気の多いやつらが多いんだ。


「そういうことだ」

「弱った妖一人がお供か。……あの森には葛葉という狐がいるだろう。彼女は?」


 来るなと言ったがどうだろうか。

 しかしまあ説明は必要かもしれない。一度ここに連れてくるか。

 俺が答えを言わずにいるとじじいが提案してくる。

 妖の情報も欲しいことは欲しいのだろうか。


「一度話を聞きたい。連れてこい。引きこもり三人なら良い戦力だ」


 なんだ。妖と共闘などと突っぱねられるかと思ったが拍子抜けだ。逆に俺が目を丸くしてしまう。

 しかしこれで安穏に一歩近づいたのではないだろうか。


「とにかく一時の共闘だ。……源頼光よ」

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