今日、夫が痛風になった

ハナビシトモエ

暴飲暴食と魚卵と不摂生と運動不足

 足が痛いと言い出したことは知っていたし、恐らく痛風であることも予感していたので、夫には「筋肉痛じゃないの?」と言った。夫も単純なので筋肉痛かと納得して「飯はまだか」と言いやがった。


 事務職管理職のどこに筋肉痛になる要素があるのか、私にとっては疑問である。出勤は電車、帰りは将来性を見越してという無茶な理由で若い人を付き合いで連れまわして、仕事をしている気になっている。


 正月は私と高校生の娘で煮物と雑煮を作り、あとは百貨店のおせちにする。健康に気を使ってあえて薄味にしているのに目の前で味の素を振られると怒りがわいたのはもう十数年前の事だろう。


 全員に強制しないことがここ十数年で夫が成長したところだ。好きな物は田作りと数の子。そしてビール。ビールに至っては一日でロング缶三本も開ける。娘に彼氏はいるのかとセクハラをして、私にはお前の着ている服はババ臭いとモラハラをするのもいつも通りだ。


 私達がゆっくり食べているのに夫は「数の子いらないなら食ってやる」と、言って数の子の水煮をさらっていく。娘も中学生のうちはかっかしていたが、高校二年生にして諦めた。ごめんよ、私の教育方法が失敗したよ。


 夫が痛風になった前日は干物とビールの出す飲み屋に行っていたことだろう。けしてその干物屋が悪いとは思わない、悪いのは全部夫だ。月に二回、ウニいくら丼大盛を食べる。有名な漁港に休日はゆっくりしたい私を運転席に座らして、県外に出ていく。


 大好きなのは一日五十食限定、ウニいくら最強丼だ。ウニといくらだけでは飽き足らず、大きな生エビやその日獲れた生魚をふんだんに盛り込んだどんぶりだ。月に二回行くのもその味変に期待してとのことだ。


 私は一度、そんなに好きなら自分で運転すればいいのにと言ってみたことがある。何食わぬ顔で「お前も海鮮丼好きだろ。いつも刺身定食を食べているじゃないか」と。

 私が刺身定食を食べているのはそれしか食べる物が無いからだ。当人はその上「ビールを飲んだら運転出来ないだろう」と、何をおかしなことを言ってると不思議そうな顔をする。


 こんなにされたら痛風を筋肉痛だと言ってごまかしたくなる気持ちもわかるだろう。ある日、なかなか下りてこないので娘に火を見ておいてくれと言って二階の寝室に上がった。ベッドの上で苦しそうに丸まった夫。



「あなたどうしたの」


「痛い、痛い。指の付け根が痛い」

 痛風の発作はかなり痛いらしい。ここまで痛がればもう筋肉痛ではごまかせない。救急安心センターに電話をし整形外科をすすめられた。近くの整形外科に電話すると朝にも関わらずすぐに診てくれると言ってくれた。


 しっかりしてよと言いながら一階に下ろして、椅子に座らせた。


「ちょっとお父さん。大丈夫?」


「ダメだ、死ぬ」


「お母さん救急車呼んだ方が」


「近くの整形外科が診てくれるらしいから、お父さん車に運ぶの手伝って」


「幸子、お前、俺を殺す気か。救急車を呼べ」


「ほらお父さんも。救急車という言葉が出るうちは大丈夫よ。ほら、早く」

 病院の先生は朝にも関わらず診てくれた。私達と同じくらい五十手前の男性医師だった。もらった薬と後日来るようにと指示されて帰宅した。


「幸子は俺を殺す気だった。俺はあんなに痛がったのに見捨てたんだ」


「よく言うわよ。ウニいくら丼だけでも体に悪いのにそれを月に二回なんてどうかしているわよ」


「痛むのに筋肉痛だって」

 そこを突いてくるか。


「事務職でも歩くことはあるでしょう。まさか女性社員のケツばかり追っていないでしょうね」

 無言にビンゴだ。妻の情けで娘には黙っておいてやる。


「それで来週は海鮮丼屋に聞いたら、カニが入ってくるらしい。ロシア産だが、甘くてうまいらしい。なんでも毛ガニはなかなかいいらしいぞ」


「それを私の車で行くの?」


「飲めないじゃないか」


「その日は病院よ」


「ウニいくら最強丼毛ガニ付きはどうなる」


「その日くらい諦めたら?」

 土曜日不貞腐れて、病院を訪れた。基本的な健康診断と採血をした。

 私達より少し下の看護師と若くて可愛い看護師。先に先輩看護師が「この子がちゃんとやりますから、協力してやってくれませんか?」


 夫が好きそうな胸の大きな若い女の子。気軽に了承し、腕を差し出した。何回も間違えられて痛そうにしているさまを見て、ざまあみろと思った。


 次に栄養指導だ。

 胸は薄いが、夫の好きそうなえくぼの可愛い女性栄養管理士だった。


「普段、お食事は」


「普段から節制をしています。昨日はわかめの味噌汁でした」


「昨日は会社の人と飲み屋でべろべろになるまで飲みました」


「土日はウォーキングを」


「私の運転する車で県外に」


「何をしに行っておられるのでしょうか」


「少し遠方で空気を味わいたいと」


「ウニいくら丼最強丼を月に二回食べてます」


「息抜きもされたいですもんね。お仕事もお付き合いで大変そうですよね」


「ちなみにお正月の煮物には味の素を振りかけます」


「ウニいくら丼は痛風の影響があるかもしれません。急に止めるとよくないので、栄養指導の日だけ歩いて来られるのはどうでしょうか。お家からどれくらいかかりそうですか?」


「歩いて十分くらいです」


「歩いて来れそうですか?」


「歩きます!」

 夫の威勢の大きさに本当かよと思いつつ、栄養士さんを見て一言。


「どうかよろしくお願いします」


「はい、ゆっくり体力作りしましょうね」

 精算した後に夫がそわそわしだした。


「ウニいくら丼はダメだと思うわよ」


「止めろとは言われていない。お前も刺身が食べたいだろう」


「私は別に」


「車に乗れ、漁港に行くぞ」

 そう言って車のキーを寄越せと言い、さっさと助手席に乗り込んだ。

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今日、夫が痛風になった ハナビシトモエ @sikasann

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