処刑王子、二度目の人生は平穏無事に過ごしたい!

美原風香

第1話 処刑王子、死に戻る

 グラディオン王国王城。建国記念パーティーが開かれている大広間にて、それは起こった。


「お、お待ちください! ですから殿下の出席を、こ、国王陛下は許可しておりませ……」

「黙れ。俺は俺のしたいことをする。それだけだ。前を阻むな」


 蹴破る勢いで開かれる扉。

 入ってきたのはこの国一番と言われている問題児と、その行く手を阻もうとする補佐官だ。

 ざわめく貴族たち。顔を顰める王族。

 一際渋い顔をしているのは玉座に座る壮年の男だ。


「あいつ……今度は何を……」

「陛下……」


 国王アレイド・ヴォルフ・グラディオンの声に、隣に座る同じく壮年の女性——王妃フェリシアが心配そうな表情を浮かべる。

 だが、二人の心配をよそに乱入者は二人の目の前まで来ると、笑みを浮かべた。

 その軽薄な様子にアレイドの目が吊り上がる。


「お前、今何をしているかわかっているのか!?」

「わかっております。ですが、私がここに来たのには深い訳がございます。そう、ここにいる全ての者が、いや、この国に住まう全ての者が知っているあの件に関して、我が身に降りかかる嫌疑を晴らしたいのです」

「何……?」


 乱入者の言葉に、アレイドは顔を顰めた。

 同時に広間にざわめきが広がる。


「あの件とはもしや……」

「殿下がリリアナ様を暗殺したという噂のことだよな?」

「噂というより十中八九本当のことだろう。陛下はあれ以来殿下に謹慎を命じているのだから」

「実際逆鱗に触れて消された人間が何人いることか。リリアナ王女様だって……」

「迂闊なことを言うな! 聞こえたらどうする!?」


「黙れ!」


 アレイドが一喝する。気まずそうに口を閉じ、恐怖を湛えた目を逸らす貴族たち。

 広間は再び静まり返った。

 アレイドは乱入者を睨みつけると、重々しく口を開く。


「話を聞こう。だが、聞く価値のないものであれば、謹慎で済まないと思えよ」

「もちろんです」


 乱入者は恭しくお辞儀をして見せる。そして顔を上げた時、その顔つきは一変していた。


 グラディオン王国の恥。

 問題児。

 暴君。


 気に入らない者は全て処刑し、処刑王子とまで呼ばれる男の顔ではない。

 ただ強い意志を持ち真実を明らかにせんとする気高き王族の姿がそこにはあった。


「グラディオン王国第一王子カルロス・ヴェルバ・グラディオン。己の名にかけて妹リリアナの死の真相を今ここで暴いてみせましょう!」


 ***


「いやいやいやいや、なんで生きてんだよ!? 処刑されたはずだろ!? 夢か!? 夢なのか!?」


 数時間前。

 俺——カルロスは見慣れたベッドの上でパニックを起こしていた。

 朝で、ベッドに寝ていて、起きたらいつも通りの部屋。そんな当たり前のことが俺にとっては当たり前ではない。

 いや、むしろ恐怖でしかない。


「俺は処刑されて! 処刑、されたはずで! え、処刑って死ぬよな? 俺死んだよな? なのになんでいつも通り朝迎えちゃってんの!? 意味わからん! どゆこと!?」


 そう、俺は処刑されたはずだ。

 多くの者を処刑した報いとでもいうのか、最後には冤罪で第一王子の身分剥奪され死刑に。

 公衆の面前でギロチン台にあげられ、民衆の罵声の中刃が首に落とされて……。

 思い出してブルっと震える。


「もうあんな思いしたくない……いやでも生きてるってことはやっぱり夢か、夢なのか!? おい、誰か! 誰かいるか!? いるなら早く来てこの状況を説明しろ!」


 説明できる人間がいるとも思えない。だが、この気が狂いそうな状況から抜け出す、いや、せめて納得できる説明をくれ……!


 外に向かって大声で呼びかけると、気弱そうな男が怯えた様子で入ってくる。


「で、でで殿下、ど、どうされましたか?」

「っ!?」


 驚愕する。

 こいつは確か俺の補佐官のガイなんちゃらとかいうやつだったはずだ。確か俺が処刑したはず……なぜここに……!?

 気がついた時にはガイなんちゃらに詰め寄り、襟元を掴んでいた。


「お前、なぜここにいる!?」

「な、なぜと言われましても……ぐ、ぐびが、締まるっ……!」


 苦しそうな声にハッとして手を離す。

 ガイなんちゃらはドサッと床に座り込んだ。


 ——ああ、また俺は間違えるのか。


 嵌められて、騙されて、守るべき相手を、信頼すべき相手を裏切ってしまった以前のように。


 酸っぱいものが喉元に込み上げてくるのを誤魔化すように、ガイなんちゃらから目を逸らす。


「……すまない」

「……はっ?」


 ガイなんちゃらが目を瞠る。


「あの殿下が、あの間違いを意地でも認めない殿下が、謝った……!? どうしたんですか!? 具合でも悪いんですか!? ああ、先ほどから様子がおかしいのはそういうことだったのですね! 気が付かず申し訳ございません! すぐにお医者様を……!」

「うるさい」

「っ〜〜!?」


 勢いよく迫ってきたガイなんちゃらにチョップを落とすと、涙目でうずくまる。

 そういえばこういう奴だった。気弱で臆病で俺のことを恐れているくせに、いつも俺に構ってきて騒がしいやつ。

 最後の最後まで俺を信じてくれていた。なのに、俺が信じれなかったせいで死ぬしかなかったやつ。


 懐かしさで不意に視界がぼやける。

 どうやらこの異常な状況に俺の情緒もおかしくなっているらしい。


 誤魔化すように窓を見ると、眼下に映る庭園の景色が処刑前と少し違う気がした。


「……今日の日付は」

「は、え、えっと、王歴百十二年年の七月二十一日です」

「俺は十六歳か?」

「え、は、はい、その通りです」


 ガイなんちゃらが不思議そうにしながらも頷く。その様子で確信する。


 ——そうか、俺は死に戻ったのか。


 起きた時はあんなにもパニックを起こしていたのに、不思議と今は冷静だった。

 ガイなんちゃらが特に何も違和感を抱くことなく生きていることが、ここが死後の世界ではないことを実感させるからだろうか。

 それとも、人生をやり直せると信じたいからだろうか。


 物思いに耽っていると、ガイなんちゃらがあっと呟き、俺を見た。


「念の為お伝えしますと、本日は建国記念日で、夜からパーティーがございます。殿下は謹慎中なので出席できませんが」

「謹慎中……?」


 俺は問題を起こしてよく謹慎されていた。だから何もおかしなことはない。

 だが、嫌な予感がした。


「俺はなんで謹慎されているんだ?」

「え、えっと、それは……」

「早く言え」


 十六歳の建国記念パーティー。その単語で思いつくことが一つだけある。

 もし、もし俺が考えている理由で合っていたら? そんなの二度目の人生も地獄ってことじゃないか。

 どうか、どうか間違っていてくれ……!

 

 祈るような気持ちでじっと見つめると、ガイなんちゃらは何度も逡巡したのち、ようやく口を開いた。


「それは……」


 ——殿下がリリアナ王女様殺害事件の犯人だと目されているからです。


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 久々に新連載開始です!

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