第3話 2人とも、遠慮しろよ

翌日。

遠藤は子どもと一緒にやってきた。


「ちーっす!」

遠藤の声とともに、バタバタと大きな足音を立てて小さい男の子が走ってきた。

地毛なのだろうか、やや茶色がかった綺麗な直毛で、遠藤そっくりのぱっちりした目をしている。将来はイケメンになりそうだ。


「ちーす!」

男の子は遠藤と同じように俺に挨拶する。


「ちーすじゃないだろ、"おはようございます"、だ。まったく。どういうしつけしてんだ、この親は。」

俺は遠藤をにらみつけた。

年も性別も関係ない。ダメなものはダメだ。俺は相手が子どもだろうが甘やかしはしない。


「織田サン、怖っ!!」

遠藤は怒った俺を見て若干引いた顔をしている。


かおる、このおじちゃん怖いから、ちゃんとご挨拶しなきゃだめだわ。織田さん、すんません。息子の薫です。よろしくっす。」


「おじちゃん、ごめんなさい。」


「おじちゃんじゃなくて、"おにいさん"だ!!!」


出勤早々自由奔放な遠藤親子に少しイライラしながらも、遠藤にちゃんと俺に謝る程度の知能が備わっていたことに少し安堵し、パソコンをつけた。


薫は俺の横にやってきてパソコンの画面を食い入るように見ている。


保育園児っていってたな。4-5歳というところか。


さっきはおにいさんといったが、この子から見たら俺は普通におじさんか。


「あ!おじ…おにいさん、そのデンシャのやつ、見して!!」


「ん?これか?」

俺は京都鉄道博物館のパンフレットを薫に渡した。


「うわー!!機関車トーマスみたい!!すっごい!!」

薫は目を輝かせてパンフレットを眺めている。


「おぉ、転車台てんしゃだいな。確かにトーマスの車庫みたいだよな。鉄道の良さがわかるか。いい子だ。」


「テツドウ大好きだよ!僕のお家の窓からね、E6系シンカンセン見えるんだよ!保育園の窓からも見えるの。僕ね、保育園でいっつもユージくんとシンカンセンの絵描いてるんだよ!!」


「そうかそうか。おじちゃんの家も窓から鉄道が見えるぞ。」



プライベートで友達もいなければ、会社で鉄道の話をできる人もいない。

俺は、目の前にいる小さな男の子に、旧知の友人であるかのような親しみを感じた。

自然と顔が緩む。



「織田サン、いい顔すんだね。可愛いじゃん。」



「なっ…!!」




…可愛い、だと!?



なんだこいつは。俺をバカにしてんのか?



呑気のんきな表情でそんなセリフを吐く遠藤に、赤くなっているであろう顔を見られないよう、俺はコップを持ってウォーターサーバーに向かった。



ゴボゴボと水を注ぐ俺の後ろから二人の会話が聞こえる。



「ねぇママー!!僕もこのトーマス見たい!!」


薫は遠藤にせがむ。


「そだね。今度ね。」


「やだ!今見たい!!今!!」





「おじ…お兄さんに聞いてみたら?明日行くみたいだし。連れてってくれるかもよ。」





「ねぇ、織田サン、薫が見たいって。SL。」







「……はぁ!??」




動揺した俺の手に、コップから勢いよく溢れた水がかかった。






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鉄道オタク、卓男のはじめての恋 タカナシ トーヤ @takanashi108

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