デッドエンド・ダンジョンライブ

ジャック(JTW)

ルーキー配信者、ミハイルの場合


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 CAUTION!!


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 ここから先は、成人年齢に達した方のみのご視聴を推奨しております。グロテスクな映像、画像が表示されるおそれがあります。


 よろしいですか?


 →YES/ NO


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 注意書きを乗り越え、リンクを踏めば、そこはいまのところギリギリ合法な配信サイト、『ダンジョンライブ』。ダンジョンに挑む冒険者が自らの旅路を動画配信するサイト。高額な投げ銭が飛び交い、『稼げる』方法として有名になりつつあるそこでは、今日もまた新たな犠牲者……配信者が生まれようとしていた。


「よし……やるぞ! 頑張るぞ! ……えー、あー、ぼ、ボクは、ミハイルっていいます! 新人配信者です!」


 栗色の髪に緑の瞳をした幼気な少年、ミハイルは、カメラに向かって笑顔を浮かべる。初心者ブーストの効果もあり、数人の視聴者がコメントを書き込んでくれている。


 ◯おさるの丈助 『お。新人。がんば!』

 ◯mimic_image 『死なないようにね〜』


「わっ、わっ、早速コメントが……! おさるの丈助さん、ありがとうございます! 頑張ります! み……ミミックイマージュさん? ってお読みすればいいのかな? ありがとうございます!」


 ミハイルは冒険者用フロートカメラに向かってペコペコと頭を下げる。彼の背中には、バックパックと小振りな剣が背負われている。その初々しい配信者の姿に、コメントは少し活気づく。


 ◯dragonzombie 『頭下げすぎて残像できてんじゃんw』

 ◯カナブンブン 『そんな装備で大丈夫か?』


 ミハイルは照れ笑いをしながら頬を掻き、一つ一つのコメントに返事をしていく。


「ドラゴンゾンビさん、ありがとうございます。来てくれたことが嬉しくて……! カナブンブンさんも、心配のお言葉ありがとうございます。装備は、ダンジョン入口にあった武器屋と防具屋で一番いいものを買いました。掘り出し物で、ボクにピッタリの一点ものって言われたんですよ! すごくないですか!?」


 ミハイルは、目をキラキラと輝かせながら装備品について語りだす。しかしその興奮度合いと反対に、コメント欄は冷めぎみかつ冷静だった。


 ◯おさるの丈助 『あ~あ、武器屋と防具屋のオヤジ共の口車に騙されてる……。あのオヤジたち、買いに来る冒険者皆にそう言ってんだよ』

 ◯dragonzombie 『新人の夢を壊してやるなよw』

 ◯カナブンブン 『悪いこといわないから、麓のバーバ・ヤーガって店で買い直していったらどうだろう。その装備、神階一層にすら耐えられそうにない気がする』


 コメント欄に飛び交う失笑と忠言に、ミハイルはオロオロしながら反応する。


「え? え? そうなんですか? で、でも、お金全部使い切っちゃって、今更装備の買い直しなんてできないです。……と、取り敢えず、ここまで来ましたし、ボク、行きます。行かないと、お宝回収もできませんから!」


 悩んだ末にミハイルは、ダンジョン神階一層に挑む決意をしたようだ。そんな無謀とも言えるようなミハイルの行動に、コメント欄は囃すもの、煽り立てるもの、心配するものに分かれた。


 ◯カナブンブン 『忠告はしたからな』


 その言葉を残して以来、カナブンブンというユーザーは書き込まなくなった。それが気になりつつも、ミハイルは神階一層の重たいダンジョン入口の扉を押し開けて、初心者向けダンジョン『白光宮殿』へと足を踏み入れた。


「……よ、よーし、行くぞ!」


 ミハイルは、勇気を出して『白光宮殿』に踏み入った。白光宮殿とはその名の通り白い光に照らされた美しい宮殿の形をしたダンジョンで、まるで白磁のような美しい壁で作られた宮殿が特徴的だった。ミハイルは、この世のものとは思えぬ光景に目を見開いた。


「う、うわあ! うわあ……! すっごく綺麗です!」


 ミハイルは、白光宮殿に流れる美しい水に手を触れる。故郷の寂れた村の井戸水などとは比べ物にならないほど透き通った綺麗な水源だった。彼は楽しそうに水遊びをしている。そんなルーキー冒険者の様子を配信で見守っている視聴者達は、思い思いのコメントを残した。


 ◯dragonzombie 『お宝回収忘れて遊んでて草』

 ◯USAうさ 『まあいいじゃん、地形確認大事だし』

 ◯おさるの丈助 『むりすんな〜!』


 ミハイルは、白光宮殿に咲いている花に触れて、その香りを楽しんだ。まるで香水のようないい香りがして、彼はうっとりする。ミハイルは、花の茎をちぎって花を摘み、丁寧にハンカチに包んでから背中のバックパックに保管した。


「これ摘んで帰ります。お母さんへのお土産に」


 ◯mimic_image 『良い子だね。お母さん喜んでくれるといいね』


 ミハイルは、mimic_imageというユーザーの残したそのコメントに笑顔を浮かべ、コクコクと頷いた。


「はい! お母さんお花好きなので! ダンジョン配信者になること、反対されましたけど……でも、ボク、夢なんです。キラキラ輝くレジェンド配信者になって、お母さんに楽な生活をさせるのが!」


 ミハイルの緑の眼差しは、未来への希望と展望に満ちていた。


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 その瞬間、ミハイルの胸に、深々と槍が突き刺さる。呼吸器や内臓を傷つけられた彼は、ごぶっと鮮血を吐いて崩折れた。


「……え……?」


 ミハイルの胸を貫いた槍は、白光宮殿を守る白光守衛騎士、いわゆる鎧擬態型粘体生物スライムが操るものだった。ミハイルは美しい白光宮殿の光景やコメント欄に気を取られ、白光守衛騎士の接近と攻撃に気づかなかったのだ。

 

 ミハイルの体からは生命の源たる鮮血がこぼれ、あふれ、とめどなく流れ落ちた。ミハイルは、荒い呼吸をしながら、視界がゆっくりと霞んでいくのを感じた。助けを求めようとしたが、既に手遅れであった。


 ミハイルが最期に見ていたのは――母の土産のために摘んだ花ではなく、コメント欄だった。コメント欄には、忠告めいた言葉を残してから書き込まなくなっていたユーザー、カナブンブンの名前があった。


 ◯カナブンブン 『だから言ったのに』


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 彼女は、画面の中で崩れ落ちるミハイルの姿を見ながら、徒労に満ちたため息をついた。カナブンブンというユーザー名で巡回し、コメントを残している彼女は、配信サイト『ダンジョンライブ』の運営サイドの――末端構成員の人間であった。


 ――この時代、『ダンジョン配信』の隆盛により、無謀なダンジョンへの挑戦者が後を絶たなくなった。

 

 ユーザー名:カナブンブンは、運営の末端構成員という立場を隠しながら、特に致死率の高いルーキーの配信を巡回して、休みの時間を使いつつ自主的に注意喚起をしていた。

 彼女は、みすみす死にに行くような者を助ける義理はないし、それが出来ないとわかっていた。いくら止めても、いっそダンジョンの入口を封鎖しようとも、法整備が追いついていない以上、バリケードを破壊してまでも行くやつは行くだろう。

 それでも曲がりなりにも自分がサイトの運営に関与している以上、完全に見捨てることも出来なかったのだ。


 バーバ・ヤーガという武器防具店の品揃えがよく良心的な価格帯であることを、彼女は知っていたから。せめて――その店で防具を買い直していれば、ミハイル少年の未来も違っただろう。


「クソッ、だから……だから言ったのに」


 彼女はいつまでも、画面の前で、蹲っていた。

 救えなかった者たちの命に、黙祷を捧げながら。

 


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デッドエンド・ダンジョンライブ ジャック(JTW) @JackTheWriter

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