なまえ
「俺は、おまえを、殺したくなる。突発的に。唐突に。俺を殺したおまえを。俺をおまえにしたおまえを。こんな訳のわかんない事に巻き込んだおまえを。俺を殺すおまえを。俺を人間に戻すおまえを。俺をポメラニアンにするおまえを。おまえが居なくなったら、俺は、歓喜するし、絶望する。俺は俺が曖昧になってなくなって、人間で居られなくなる。そう、わかっていても、俺は、おまえを、殺したくなる。殺したくなった時、俺は、俺を、止められない。だから」
ぜんぶ、ぜんぶ、俺の為。
おまえの為には、ぜんぶ、ぜんぶ。
俺にとっても、おまえにとっても、これからの人生。
ぜんぶ、ぜんぶ。
あだばな。
それでも、
例えば、実を結ばない、花であったとしても、
実を結ばない花が、無価値だと、責められたり、嘲られたり、憐れまれたりしても。
虚無感に苛まれても、
そうと、わかっていても、
「俺に、夜明けを拝ませろ。俺に、朝を拝ませろ」
俺は、俺を見た。
ポメラニアンから人間に戻った俺は、俺に転生したおまえを見た。
俺は、咄嗟に喉を守って血を流すおまえの腕を見た。
俺は、俺を殺したおまえを見た。
「………俺は、夜明けが嫌いだ。朝が嫌いだ」
「ああ、日記に書いていたな」
「俺は。俺は、希望を見た。希望の中に居る。もう、絶望に落ちたくない。だが、希望にも絶望にもなるおまえと一緒に居なければ、俺は、人間に、なれない。おまえが居なければ………俺が、おまえを………本当に、」
土下座をするならきちんと土下座をしろ。
それじゃあ、地面に蹲っているだけだろうが。
口に出したのかどうか、わからない。
ただ、おまえはもう一度だけ言った。
深く、濃く、言った。
俺にきちんと届いた。
拒む暇すらなかったのか。
拒んでも尚、届いたのか。
おまえの方が人間らしいよ。
すまない。
そう言ったおまえに、俺は、俺の心の中で、言った。
相手を考えて、言葉にした、行動したおまえの方が、人間らしいよ。
俺は、俺の事しか考えられないから、人間ではないらしいよ。
(いつか………いや、きっと、俺は。なあ、俺は、俺を殺したくない。だから、)
「おまえが俺を人間にしろ」
「………ああ」
呑み込んだ音がした。
言葉を呑み込んだ音。
きっとおまえは、言いたかったのだろう。
訴えたかったのだろう。
おまえも俺を人間にしてくれ。
そう、
けれど、おまえは、吞み込んだ。
そうだ、おまえにそれを言う権利なんて、ありはしない。
そうだ、そうだ、そうだ。
殺人者のおまえに、拒む権利なんて、ありはしない。
深く、ふかく、堕ちて行く。
正しいはずなのに、
望んでいる。
深く、ふかく、堕ちて行く事を。
望んでいる。
共に、深く、ふかく、堕ちて行く事を。
いいや、いいや。
いやだ、いやだ。
俺を堕としたおまえが、俺を、
目を逸らすな。俺を見ろ。
俺も、目を逸らさない。おまえを見る。
希望を見る。
絶望を見る。
「俺の名前は、」
俺の名前を言って、おまえの名前を聞く。
希望を、見る。
(2024.6.11)
あだばな 藤泉都理 @fujitori
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