首なし配信者バズる

さかたいった

 浮遊感とともに急降下。

 ジェットコースターの最後の下りに入り、少しばかり楽しげな悲鳴が上がった。真菜まなも悲鳴を上げる乗客の一人だ。

 ボートを模した座席はスタート地点へ戻ってきた。真菜はそこから降りて、友人の彩花あやかとともに順路を進む。

 このアトラクションでは最後の急降下の際に写真が撮影される。いかに怖がらずに笑顔の写真を撮れるかが一つの挑戦だ。

 真菜と彩花はロビーにやってきて自分たちの写真が映し出されているモニターを見た。

「きゃあああ!」

 彩花が急降下した時とはニュアンスの異なる悲鳴を上げた。

「どうしたの?」

 真菜が尋ねると、彩花が片手で口元を押さえながらもう片方の手でモニターを指差した。

 彩花が悲鳴を上げた原因がわかった。


 首が無かったのだ。


 彩花の隣に座っていたはずの真菜の、首だけが無い。首から下の胴体や腕はある。彩花を含む他の乗客たちは各々の心情の表れた表情で撮影されている。真菜の首だけがぽっかりと消えていた。

「なんだろこれ。光の反射とかかな。気味悪いな」

 真菜はそれほど気に留めなかったが、無意識のうちに自分の首に触れている自分に気づいた。もちろん、首から上もちゃんと存在している。

 アトラクションのスタッフに首無し写真の原因を尋ねると、ただただ謝罪された。写真の不具合の代わりとして、一度だけ並ばずにすぐにアトラクションに乗ることのできるファストチケットを受け取った。

 その日真菜はもうこのことを気にすることはなかった。





 真菜は自宅のキッチンに立っていた。

 右手に包丁を持って、その煌めきと鋭さを眺めていた。



 ■



 その日、真菜は自室で動画配信サービスに載せる映像を撮影していた。若い子に流行りのBGMに合わせた数秒のダンス動画だ。

 真菜は自分の姿を撮影した映像を確認した。そして短く叫んだ。

 首が無かったのだ。

 首から下だけが、リズムに合わせて踊っている。首の断面はまるで初めからそういう体であるかのように滑らかな肌だ。

 この前と同じだ。なぜこんなことになっているのだろう? 真菜は思わず自分の首に触れた。もちろんその首はちゃんと顔と胴体を繋いでいる。

 恐ろしい。こんな動画はネットにアップできない。

 ……いや。

 試しにアップしてみようか。自分で画面に加工を施した確信犯ではないのだ。勝手にこうなってしまっただけ。

 反応を窺ってみよう。どうせ対して視聴者数があるわけでもない。

 真菜はその動画にこのコメントを添えてアップした。

『首無くなっちゃいました。テヘッ!』



 翌日、目を覚ましてスマートフォンを確認すると、真菜は驚いた。SNSにすごい数の通知が届いていたのだ。

 あの首無し動画についてだった。どこかから拡散されたらしく、これまでとは桁違いの再生数になっている。

『薄気味悪いけど、どこかコミカル』

『首どこ行った?』

『本当に首ない人みたい』

 視聴者のコメントの数もすごかった。まさかこんな反響を得られるなんて。



  ■



 真菜は、普通の包丁とは重さが段違いの、肉切り包丁を右手に持っていた。

 ずっしりとした重さ。その刃物を振り下ろす感覚を想像した。



   ■



 真菜は顔出しのゲーム実況動画を撮っていた。しかもリアルタイムで視聴が行われるライブ配信だ。

 あの首無しダンス動画を上げて以来、SNSのフォロワーが瞬く間に増加した。このライブチャットでも視聴者のコメントが読み切れないスピードで届いてくる。

『本当に首無いじゃん』

『顔出しなのに顔が無いってw』

『どこから声出てんの?』

 真菜はただ普通にゲームをしてその実況をしていればよかった。そうしているだけで、面白半分の視聴者たちは勝手に盛り上がってくれる。

 電子機器を使って撮影された真菜は、なぜか首から上の無い状態で映し出される。どうしてそうなるかはわからない。しかし原因はどうでもよかった。重要なのは、自分がネット上である種のスターになれたという事実だ。首の無いおかげで。

 ゲームの中のキャラクターが、襲ってきたゾンビ目がけて銃を撃った。するとゾンビの顔が吹き飛んで、首無しになった。

「きゃあああああ!」

 真菜は思わず叫んだ。

 そのゾンビの有り様が、まるで自分みたいだと思ったのだ。



    ■



 真菜は右手に斧を持っていた。薪割り用の斧だ。

 柄が長く、振り回しやすい。



     ■



 その日、真菜は友人の彩花と喫茶店にいた。テーブルに生クリームたっぷりのパンケーキが運ばれてくる。彩花がパンケーキとともに撮った真菜の写真は、やはり首が無かった。

「真菜すごいね。テレビ番組にも出演依頼があったんでしょ?」

「うん」

「出るの?」

「出ないよ。だって、私が出たらそれだけで放送事故じゃん」

「私は面白いと思うけどな」

 彩花はパンケーキをナイフで切って口に運んだ。

 真菜はそんな友人を眺めながら、話を切り出す。

「ねえ彩花。こんな噂知ってる?」

「知ってる知ってる」

「まだ何も言ってないけど」

「どんな噂?」

「この前私たちが乗ったジェットコースターあったじゃん」

「うん」

「昔あのジェットコースターで事故があったんだって」

「事故?」

「うん。その時は女の子が乗ってたんだけど、途中で安全ベルトが外れちゃったらしいの」

「それで?」

「女の子は面白半分で立ち上がってみた。そしたらちょうど勢いよくジェットコースターが進んで」

「嫌な予感」

「スパン、って」

「うげっ」

「上部のでっぱりに当たって首が飛んだんだって」

「そんな簡単に首って飛ぶかな?」

「あくまで噂だからね。あとは、事故に見せかけた殺人だっていう噂もある」

「もういいよ」

「女の子の首はコースの水の中に落ちたはずなんだけど、どんなに探しても見つからなかったって」

「真菜」

「もしかしたらさ、私その女の子に憑かれてたりするのかな?」

「そんなわけ」

「ねえ彩花」

「何?」

「私に首ついてる?」



      ■



 真菜はチェーンソーを持っていた。

 電源をつけて刃を動かしてみる。

 切れ味はどうだろうか?



       ■



「首なしチャンネルをご覧のみなさん、こんにちは。マナです。今日はライブ配信しています。見に来てくれてありがとう」

 首の無い動画主の音声が聞こえた。その動画は数万人が一斉に視聴している。

「今日は友人にも手伝ってもらって、あることをやりたいと思います。これを見てください」

 画面にある大がかりな道具が映った。鳥居に似た形に組み立てられた木の柱。上部のほうに斜めになった巨大な刃が吊るされている。

「みなさんこれが何かわかりますか? ギロチンです。断頭台とも呼ばれていますよ」

 首の無い動画主が断頭台に近づいて陽気に説明を始めた。

「下のほうの木の板に丸い隙間があるのわかりますか? そう、ここに首を入れて固定するんです。こんなふうに」

 動画主は仮面をつけたスタッフらしき人物に板の上部を持ち上げてもらい、自分の首を固定したようだ。しかし動画主には元々首が無い。木の板の丸い隙間には滑らかな首の断面が見えている。

「それじゃあみなさんカウントダウンお願いします」

 ライブ配信されているページのチャット部分にコメントが大量に流れている。

「五――四――三」

 本当にやるつもりだろうか? そもそもこの動画主には本当に首が無いのか?

「二――一」

 非現実的な光景だった。首の無い人間が断頭台に据えられ、それを見る視聴者たちがコメントを寄せている。

「ゼロ」

 上部から巨大な刃が勢いよく落下した。

 ズッ。

 何かを擦ったような音の後、赤い液体が噴水のように噴射されてカメラのレンズにも飛び散った。

 そしてゴロっとカメラの前に転がってきたものがある。

 目を開いて笑った顔のまま停止している、女の首だった。

 それが首なしチャンネルに投稿された最後の動画だった。



        ■


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