第6話 先輩と映画

そうして、待ちに待った土曜日である。

私は、集合場所であるショッピングモールの入り口の付近に来ていた。集合時間の30分前に。

とりあえず、近くのベンチに座ったのだが、心も身体もそわそわしてしまう。とにかく落ち着かない。何だか不安になってきて、色々なものを確認する。髪も整えてきたし、服装も普段よりもちゃんとしてきた。お財布とかも忘れてない、大丈夫。

その事実を確認すると共に、ふと、思う。

少し前の私は、ただ先輩とちょっと仲良くなれたらなぁ、ぐらいに思っていた。もちろん今も、より仲良くなれたらなぁ、と思うものの、その思いの量が、大きさが、日に日に強くなっている気がする。今の私の先輩に対する思いは、ただの敬愛とは違うものになってきているように感じる。それこそ、いわゆる恋心のようなものに近い気がするが、私はこれまで、恋というものをしたことがないから、分からない。

そんなことを考えていた、その時だった。

「西下さん、おはよ。」

いつの間にか、真正面に先輩がいた。

「わ!先輩!おはようございます。って、あれ?まだ集合時間より早くないですか?」

私が到着してから10分ほど経っていたが、それでも集合時間にはまだ早い。

「ん、確かにね。ただ、それを言うなら、私のセリフだと思うのだけど。」

先輩は、相変わらずの仏頂面から、少しだけ口角の上がった状態で、ふふっと笑った。やっぱり先輩はかわいい。そんな思いが溢れてしまったのか、

「先輩に、早く、会いたかったので、、、」

と、思わず言ってしまった。言ってしまって、また私はこんなことを、、、、と思っていると、

「ん、ありがとう。嬉しい。」

と先輩は顔色一つ変えずに言ってくれた。

こういうことをサラッと言ってしまう先輩にはきっと、天性の才能がある。そう、私は確信した。

そうして、少し落ち着いたところで、改めて先輩を見たのだが、それはもう、天使だった。白色のオープンショルダーのブラウスに薄い水色のスカートで、最高に似合っていた。至福である。

「先輩、、その、、、服、可愛いですね。似合ってます。」

「ん、ありがと。頑張って選んだ甲斐があった。貴女も、カッコよくて、似合ってて素敵。」

「え、あ、ありがとう、ございます。」

うん、普通に照れるし、嬉しい。というか、カッコいいって思ってくれてるんだ。と、思いながら先輩をチラッと見ると、先輩の耳がこの間のように、少し赤くなっていた。本当に可愛い人である。



そしてそのあと、今日は何時に起きたのか、とか、朝ごはんは何食べたのか、とか、そんな話をしながら、映画館のある場所まで、やって来た。

「先輩、ポップコーンとかどうします?」

「ん、食べる。」

「じゃあ、買いに行きますか。」

私はとりあえずキャラメルポップコーンを買った。そうして、先輩はというと、、

「あの、先輩、それって、全種類ですか?」

「んーん、全5種類の中の、4種類。チョコキャラメルポップコーンだけないの。」

「先輩って、結構食いしん坊ですよね。」

「ん、否定できない。」

学校のお昼ごはんの時も、先輩は、菓子パン4個は必ず食べている。しかし、それにも関わらず、先輩は、スラッとした体型で、ちっちゃくてかわいい。不思議である。

「でもね、普段よりは少ないの。映画に来るときは、基本的に追加でホットドッグも頼むの。映画が始まるまで、暇だからね。」

「めちゃめちゃ食べるんですね。でもじゃあ、今日は何で頼まなかったんですか?」

「ん、だって、貴女がいるから。」

なるほど、つまり先輩は私に気を遣ってくれたのか。きっと、映画館の中でモシャモシャ食べられるのが嫌っていう人もいるから、念のためにそうしてくれたのだろう。やっぱり先輩は優しい。

だが、私は全然平気なタイプなので、

「あの、全然気にしないで食べてもらっていいんですよ?」

と、言った。すると、先輩は少し上を見上げて、うん?という感じでいること数秒、ハッ!としたかと思いきや、私の方に優しげに目を向けて、

「んーと、そうじゃなくてね、貴女がいるおかげで、映画の前にお話できるから、ホットドッグを頼む必要がないっていうことね。」

「え、、、!?ああ~、なるほど、そういう意味だったんですね。」

ホットドッグよりも、私のことを優先してくれたのが嬉しくて、顔が少し赤くなったのだが、先輩には気付かれなかったようであった。



そうして私たちは、大きなスクリーンを前にして、指定の座席に座った。先輩はとてもお行儀の良い人なので、歩きながら食べることはしていなかった。しかし、その反動なのか、席について一息ついた途端に、各種類のポップコーンを食べ始めた。一通り、一口二口分を堪能し終えると、その様子をずっと見ていた私に目を合わせて、

「食べたいのあったら、西下さんもすきに食べていいからね。」

と言ってくれた。

「了解です。食べたくなったら食べさせていただきますね。」

「ん、どうぞ。」


そうしてその後、ポップコーンを少しずつ食べながら、いつものように、いろんなお話をした。何故か、あやとりの話でめちゃくちゃ盛り上がった。


映画の前の広告が終わり、映画館内がさらに暗くなる。すると先輩は、口元に片手を添えて、こしょこしょ話をするように、

「始まるね、楽しもうね。」

と言ったので、

「はい、楽しみましょう。」

と、私も自身の口に片手を添えて言った。


事前にラブコメと聞いていたが、予想以上に恋愛要素が強かった。恋愛シーンはいわゆる王道な感じで、夏がテーマとなっていたため、夏祭りとか、そういうシーンが多かった。ちなみに主人公とヒロインは私たちと同じ、高校生だった。


なんというか、すごく感情の描写が細かく、丁寧だったのだが、だからといって飽きてしまうような感じではなく、ほどよくコメディ要素もあって、面白かった。

時々、先輩の方をチラッと見たりしていたのだが、映画を夢中になって見ていて、可愛かった。ポップコーンを食べる手を止めて、祈るように手を組んで、主人公とヒロインを見守っていたり、ハラハラするようなシーンでは、手のやり場に困るように、あわわ、という感じで、空中に置き去りになっていて、顔は仏頂面なのに、手が感情を表しているようで、先輩を見るのも面白かった。


それと、コメディシーンだと思うのだが、ヒロインがブリッジをしながら、ピッキングで鍵を開けるシーンがあった。私は、まさか恋愛映画でそんなことが!?と思いながら先輩に視線を送ると、先輩は小声で、

「私もブリッジしながらピッキングできるよ。」

と、教えてくれた。

いつも先輩が先に屋上にいるため、開けるところはあまり見ないが、鍵を閉めるところは毎日のように見ていたので、ピッキングにすっかり見慣れていたが、よくよく考えると、ピッキングって、ピッキングなんだよなぁ、、、

と、考えたりしていた。



そうして、映画のエンディングが終わり、先輩と一緒に少し残ったポップコーンをポリポリ食べた。

先輩と顔が近くて、ドキドキしていたため、味はよく分からなかったが、いい匂いがした。これは多分、先輩の匂い。

全て食べ終えてしまい、もう少し、さっきまでの時間が続いてくれたらなぁ、と思っていると、先輩が私の顔をじっと見つめていた。

「ええと、どうしました?」

と、私が言うと、白くて綺麗な手が、私の口元まで届いて、ポップコーンの食べかすを捕まえていた。それを先輩は自分の口元に運んで、飲み込んでから、

「ふふ、これで大丈夫。」

と言って、さも何もなかったかのように、立ち上がって、映画館内から出る準備をしていた。

あまりに一瞬の出来事に、私の脳は停止してしまった。だけど、それに反するように、心臓の動きはどんどん活発になっていって、身体全身がどんどん熱を帯びていた。擬音語で表すなら、まさにきゅーんというやつだ。

何だか今日は先輩に照れてばかりである。でも、それはとても幸せだった。



そうして、私と先輩は映画館を出た。

「映画どうだった?楽しかった?」

「はい!楽しかったです!先輩は?」

「ん、とっても楽しかった。」

「それじゃあ、この後は、お昼ごはん食べながら感想会しましょう。」

「いいね、素敵。」

そうして、前を向いて、二人揃って歩き出す。

「ね、西下さん。」

「はい?何ですか?」

「一緒に見てくれてありがとね。」

先輩は、本当に素敵な人である。

「いえいえ、こちらこそ、誘って下さってありがとうございます。」

私は、幸せな時間を噛み締めながら、まだこの後にも幸せな時間が待っていることに、心を踊らせた。

そうして、先輩と一緒にフードコートへ向かうのであった。



この時の私は、まだ気付いていなかった。

この先に待ち受けるのは、ただただ、ひたすらに、甘々で幸せで幸福な時間であるということを。

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貴女と私の二人だけ 神田(kanda) @kandb

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