あなたのやりなおし

はとらみなと

あなたのやりなおし

 カタカタカタッ。

 変わらない、自宅の自部屋でのいつもの作業。

 PCに向かい、俺は既に投稿したSNSでの世間の反応を見て、心の奥底から湧いてくる優越感に笑みを隠せずにいる。


「ククッ、クッハハハッ!あー…この瞬間がたまんねぇわ。ほんっとによぉ…」


 SNSへの投稿。それ自体はどんな一般人にも簡単に行える。

 今日のこの時が楽しかった。明日のこの時を思うと億劫だ。

 全てが全て、今その時思ったことをつらつらと書き殴られるその場所において、大抵の言葉はその辺の戯言として流されることであろう。

 けど、俺の投稿は違う。


「インプレッション1万超え。それに伴う評価の押される数。クハッ!ほんっとーに…いいイラストにはそれに伴う世間の注目がちげーよなぁ…!」


 そのボタンは称賛だ。俺の何気ない一言に付属するプログラムの塊への。


「あーあ。AIによる画像生成なんて機能、なんで大っぴらに公開しちまったんだろうなぁ?ちょいと文字を羅列させることだけで、とんでもなく綺麗なイラストが出来上がっちまったじゃねぇか。…ククッ!」


 AI絵師。最早説明することすら必要ないその固有名詞として、俺はこのネット社会に溶け込んでいる。

 生成AIは今やある程度の初期投資さえしてしまえば手に入るこの時代の中で、俺は無数に存在するイラストを学習させ、生成したイラストはあたかも俺が創ったように見せる。


「おかげでこーんな適当な文字の羅列が俺の評価へと繋がる。そうだよ、そうだ!もっと評価のボタンを押せ!もっと、もっともっと拡散しろ!俺が、俺が最高のイラストを創ったんだ…!!」

「ゆうくんー?そろそろ寝ないと明日終業式でしょー?」


 …チッ。せっかくいい気分だったってぇのに、水をさしやがって。


「…わーってるよ!…ま、明日の朝にはもっと評価がついてるけどな…!ククッ!」


 さっきまでの優越感に名残惜しさを覚えつつ、俺は今日というこの時間を終えることにした。



………


 高校二年生の最後の日。

 俺はいつもと変わらず億劫な気分で登校し自分の席に座る。

 話しかけてくるようなやつはいない。ただ、それに伴うイジメなんてものも存在しない。

 俺はただいつもと変わらず、『おとなしくヘッドホンつけて音楽聴いてるやつ』としてクラスに存在している。

 別に構わない。実際そこにいる誰かと話してるより、昔からずっと聴いてるあらゆるジャンルの音楽に心躍らせている方がよっぽど有意義だ。そう思いつつ、俺は机の手前でスマホをいじりSNSでの反応を見て…。


「ねー、ちょっと見てよー!このメイク動画、インプレ2000いったんだけどー!」

「マジ?やっぱ素材いいとウケんだねー?」

「あっははは!褒めすぎー!でもうれしーからいちごミルクをあげましょう」

「いーわよ、ダイエット中だし」


 聴いていた音楽の再生が終わり、次の音楽の再生へと移り変わるその瞬間。ふと、いつも隣でけたたましいギャルたちがスマホを見せびらかしながら談笑している。

 …2000、ね。

 自分のスマホの画面を見ながら、聞いたその数字に思わず笑みがこみあげる。

 俺はそんな次元に立っていない。このSNSにおいてこのギャルよりも俺の方が評価されている。このクラスにおいてカースト的に高いそいつよりも俺の方が上。その優越感にこみあがった声を咳でごまかし、俺はランダムに流れる音楽に再度心躍らせる。


「おまえらー席つけー。ホームルームはじめんぞー」


 と、思いきや担任の蓮杖先生が扉を開けてだるそうに着席を促してくる。俺はヘッドホンを外しスマホと一緒にかばんの中に入れ、このクラスにおける最後のホームルームをいつもと変わらない感情のまま受け入れる。


「ちょっとせんせー!これが最後なのに、そんな淡泊な始まり方なくない?」

「ほう。じゃあお前の成績票を紙吹雪のように飛ばして優雅に入ってやろうか?」

「ちょっとマジやめて!せめて全員分を飛ばして!」


 お決まりの冗句のような担任と女生徒のコントのような掛け合い。クラスはそれにつられて笑い、ちゃんとその淡泊な指示に従い席につく。


「さて、いつも通りちゃんと全員出席しているようで何よりだ。んでまー、まず…ちょっとした真剣な話になるんだがな。今年度中に2回くらい長いレポート出させる課題があったろ?」

「林間合宿のと…。ああ、読書感想文だっけー?あれ、ほんっとーにめんどーだったんですけどー?」


 そうだそうだ。と他の生徒もヤジを飛ばす。俺は別に興味はない。ただの文字数稼ぎの課題に大した思い入れもない。…いや、そういえば……?


「はいはい。ま、全員ちゃんとした努力の基、困難に耐えて提出されたことはもちろんわかってる。…でな、それをちょっぴり努力してねーやつもいてなぁ」


 ふと、蓮杖先生は俺に目を合わした。

 それは多分、一瞬だった。けど、俺にはその言葉と視線の意味がはっきりとわかったのだ。


「『生成AI』って知ってるか?学習させたもんを基にそれに対応する事柄が答えとして返ってくるヤツだ」


 …違う。ちがうちがう…!きっと気のせいだ。別にそんなもの大した問題じゃ…!


「そんで、な。つい先日、『AI解析ツール』ってもんが世界中の要職…つまり、政府やらなんやらに用意されてる。教育機関にも導入が始まって試験的に提出されたレポートを解析しろって言われてなぁ…」

「うっわ、マジ?あたしらの努力の結果を疑われたってわけ?」

「それひどくねー?」


 ……あぁ…、わかって、しまった…。


「とーぜん、そんな輩はいないと踏んでたんだが、まぁ…既に流通してる技術ってもんは『いち学生』にも届いちまうわけで。今回、誰とは言わんが──」


 その先の言葉は聞かなくてもわかった。いや、聞いているどころではなかった。

 そのツール、もしかして…いや、要職にしか…、いや、そもそも…それはどんなAIに対しても…。

 はァ、はァ…!

 呼吸ができない、違う落ち着け、ちがうちがう!そんなものがあったら俺は…ッ!


「上原?」


 俺を呼ぶ声は、俺のすぐ目の前から発されている。

 先ほどまでの軽いノリはない。クラスメイトもほぼ全員が俺へと視線を向けている。


「大丈夫か?」

「…ぁ……あァ…ッ。う、うわっ…ウワアアアアァ!!?」


 もう誰の声も聞こえない。聞きたくない。瞬間的にとった俺のかばんは俺の机をなぎ倒したがそんなことは知らない。そのクラスから、学校から、ただただ逃げ出す為にしか意識がいかない。


「俺のッ!俺のアカウントッ!?」


 大丈夫だ。まだ要職にしか配布されてない。ならきっと──


『AI特定しました』


「…ぁ……?ぁあ…?」


『こいつのイラストAI使ってんぞ!』

『うーわ、投稿してんの全部じゃん』

『せっかく好きな絵柄だったのに』

『ねえwwwそんなにドヤ顔してどうしたのwww』


「あァ…アァ、アアァァァアアアアッ!!?」


 俺の、ただの文字の羅列が。

 俺への全ての否定の文字の羅列へと。

 簡単に、移り変わっていった。



………



 暗い…?

 なんでだ?今は真っ昼間だったろ…?

 普通に歩いてて、横断歩道を渡って…、なんか、ヘッドホンしてたのにすげぇ音がしてたような。


 …?光が、ある。

 奥底に、あそこに行けば…。


「いけませんよ」


 …っ!?

 なんだ!?今、女の声が、頭の中に…!?


「ああ、申し訳ありません。今、喋れるように致しますね」

「…ぅ。ここは…?全部、真っ白じゃねぇか…?」

「はい。全てがまっさら。これが『あなたが描いた死の先』です。ふむふむ、なかなかに純粋ではございませんか」


 ケラケラと笑いながら話す声の先を見据えると、そこには白い髪、そして曇り一つない肌。簡素な白いワンピースをはためかせるような風はここにはなく、ただありのままを見せるかのように微笑んでいる。


「『死の先』、だぁ…?何言って…、いや…死?」

「はい。死です。あなたが死んだから、ここにいるんです」

「…っ!?」


 おかしな状況とおかしなヤツ。頭がどうにかしちまったとしか思えない中で…確かにその瞬間の激痛を思い出し、俺は片膝をついた。


「はぁ…っ、はぁ…っ!?」

「人とは不思議なものです。忘れてしまいたいことは意識の奥底に沈めて見えないように蓋をする。でも、ほんの少し揺さぶれば…」


 呼吸が薄い、いや、息はしてる。けれど頭が酸素をよこせと訴えてくる。


「…まぁ、揺さぶっておいてなんですけど。私にも仕事がありますので、円滑なコミュニケーションをとれるよう手助けを致しましょう」


 パン!とその場に音が響く。響いた瞬間自分が抱えるドス黒いものさえ全て祓われるような快楽に心奪われ、俺は先ほどまでのパニックを失い物事を考えられるようになった。


「…死んだのか?俺が?」

「ええ。高校三年生の始業式前、ものの見事に信号無視…正確には不認知運転のトラックに轢かれ、あなたはここにいます」


 はっきりとそう言われたが、今はまったくの不快感を感じない。絞り出せるのは声にならない乾いた笑いくらいだ。


「…はは、そうか…。…で?あんたはなんだ?そんな創作物のテンプレかなんかに現れる転生案内人ってか?」


 この状況を受け入れられない感覚と悔やんでも悔やみきれない今この時に、俺は感情のぶつけ先として目の前にいるヤツに問いかける。


「はい」


 そのことを知ってか知らずか、簡単に肯定する返事を返され、俺はあっけにとられる。


「……は?え、ま…マジで死後にそんなもんあんの…?」

「うーん。あなたが思う創作物のテンプレとは違いますがね」


 ヤツは俺にその微笑みを崩さず、俺がその答えを欲していると知りながら悠々と言葉を続ける。


「我々があなたに渡せるのは、『あなたのやりなおし』です」

「俺の…?やりなおし…?」


 あまりに意味が不明慮な言葉をどういうことか納得させようにも、思慮がいまいち不安定で理解ができない。


「『あなたのやりなおし』は貴方が生きた年数を全て遡り、自身の記憶を持ちながらその生をやりなおす。つまり、強くてニューゲームを死んだ時に悔やみが残らぬよう渡す世界の人間さんへの特典ですね」


 ぱちぱちぱちー。と軽いノリで、あくまでその何も読み取れない微笑みを続けるヤツからの言葉を聞いて、心と身体が熱を持ち震える。


「記憶を残してやり直せるんだな?」

「はい」

「技術とか体力とかは?」

「そのやり直しの最中取得してください」

「あくまで記憶を基にやり直したいことをやり直せってことだな?」

「はい。ですが2つだけ、決まりがあります」


 もう疑うことすらやめた俺は、思わぬ人間の特典とやらに心躍らせニヤつく顔を必死でこらえてヤツを見据える。


「1つ。まず、生前死んだその日までしかやり直すことはできません。なので高校三年生の始業式の日、どういったことが起きても、変えようと動いても、あなたはその年月日に死にます」

「…ああ、やり直しってことだからな。その中で満足する生活を送れってことだな?」

「はい。では2つ目」


 何を制限されるのか…悪逆非道か欲望制御か、あるいは…。


「『あなたの立場』です。それは生前と一切変わりません」

「……は?」


 いまいち明確な答えをぼかしたようなその言葉について思考していたが、ヤツはようするに…と言葉を付け足す。


「新しい生をやり直して、あなたの両親の子であること、あなたが生前の幼稚園、学校に通うこと。生活する上での基準点は全て変わりません。その上でやりなおしを遂げてください」

「…そんな、ことでいいのか?」

「はい。やりなおしにおける人間関係、生活行動、技術取得、王道非道、それら全てに制限はなく。あなた、『上原雄一』は『その立場から一切外れることはなく』最期に死を遂げます」


 裏があるのかないのか。いや…最早現実なんてあるかどうかすらわからない俺の思考は、とにかく次のやり直しでその制限の基どう動くか…まるで目新しいゲームでも与えられたかのように思考を続ける。


「あくどいことや記憶をもとに大金を手に入れても?」

「もちろん構いません」

「学校の美少女と付き合っても?」

「もちろん構いません」

「…親を、手にかけたとしても?」

「もちろん構いません。が、どうしたって人間のやりなおしなので公的機関や法律が付いて回ります。3歳で人を殺せばそれ相応の法的社会的処罰は免れないでしょうね」


 別に進んで人道的な行いからは外れるつもりはなかったが、その言葉を以て俺がやり直しで行うチャートを組み立てていく。


「納得していただけたようですね。では、次が詰まってますのであなたを生まれた時に戻しますが、よろしいですか?」

「…いいぜ。例え普通の人生だったとしても、やり直したいことは山ほどあったんだ。その後悔を吹っ切れるならなんでもいいさ」


 俺はきっと悪い顔をしているだろう。そうさ、人の欲望なんて数えられるもんじゃない。ただあの時、その場所だった後悔を全て無くせるんだ。

 あんな生成AIで褒めたたえられ、バレただけで終わる生涯とは違う…!本当の栄誉が俺を待ってる…!


「では、あなたのやりなおしを開始します。どうか、最期まで悔いのなきよう…」


 その言葉を以て、俺は真っ白な世界から一転、割と見慣れた天井の模様と、それを見た瞬間に大きな不安が押し寄せた。


「おぎゃーっ!おぎゃーっ!」

「あらあら、ゆうくんったら本当に元気だこと。ほーら、ママはここにいますよ~?」


 生前に聞きなれていたその声に確かな安心を受けたのと同時に…とんでもない羞恥心を泣き声で表現するしかなかったのだ。



………



 やり直しから14年。

 俺が立てたチャートは機械の鍵盤を力強く、時には儚く…。全てをそこに集中させてきた技術として音を奏で続ける。


「あの曲は…確かこんな音が…。そうそう、これだよ、これ!」

「ゆうくーん?そろそろ出ないと遅刻するわよ~?」

「あー、はいはい!わかってんよー!」


 俺は生まれた歳から全て、音楽にのめりこんだ生活をしていた。

 もちろん、生前の時にあった後悔など全て払拭した上でこのチャートを進んできている。


「1回目の声変わりはちゃんと経験できてる。これはもう、新たなトップシンガーソングライター誕生まで秒読みってな!」

「ゆうくーん!あかりちゃんが待ってるんだから急ぎなさいよー?」

「はいはーい!…よし、続きは学校終わってから…いや、音楽室のピアノやギターを借りて…。いや、学校であんまり目立つのもな…?」


 そう、俺はやり直しの中で生前までに聴いていた音楽を自身の曲として発表し、ネットを通じてバズる曲ばかりを匿名のもと公開している。

 高校一年生になった時に自身の姿を白日の下に晒し。最高のシンガーソングライターとして有名となり、世界中に名を刻むつもりでいる。

 まあ、高校三年生の始業式に死が確定しているから、それを踏まえて俺は最後の最期まで輝き続けるつもりだ。


「ネットは素直でいいな。いいもんにはいいって言ってるんだから。クククッ…俺の曲だけど」

「おはよう。ゆーくん」


 俺が玄関の扉を開けると、セミロングの髪をふわっとさせたおさげの間違いなく美少女が俺にはにかんだように笑いかける。


「ああ、おはよ!…いやー、昨日も今日も寝不足だわー」

「だめだよゆーくん。楽しいことばかりしてるんだろうけど、受験も控えてるんだからね?」

「あー、だいじょーぶだいじょーぶ。あの高校の入試の答えくらい、大体わかっから」


 あっはっは。と上機嫌で笑う俺に。もう…と頬を膨らませるあかり。ああ、それだけでも可愛い、俺の彼女可愛い。


「でも、ほんとだね。ゆーくんが考えたこと、言ったこと全部…実現しちゃってるもんね?」

「そーだろそーだろ。ま、俺は3歩先歩いてるようなもんだからなー」


 実際そうだ。俺は未来に実現可能なことを知っている。だから俺が死ぬ日まで、世界はその道を辿る。


 …死ぬまで、か。

 なんだか、今の心地よさが素晴らしくて、本当は高校三年生の始業式の事故死なんてありえないじゃないかと、そう思えてしまう。


「あー!ゆーくんまた悪い顔してるー」

「ああ、いや。別になんでもねーよ」


 勘違いするな、雄一。それこそ、今の今まで現世で辿った進路と世界情勢だ。それは本当に変えられないんだろう。

 つまり…生成AIが世界に蔓延して、全てのAI作品が糾弾される、あの日あの時に…。


「…今度は寂しそうな顔してるね?どうしたの」


 あかりは首を傾げながら俺の数センチ下から手を伸ばし、頭を撫でてくる。


「子ども扱いすんじゃねーって。…いや、まあ…幸せだなって思っただけだよ。新曲もできたしな」

「ほんと!?また聴かせてくれるの!?」


 目を輝かせて興味津々なわんこのようなあかりに噴き出しつつ、イヤホンを片方分け、レコーダーを再生する。


「なんだか和風のロックだね?へええ~、すごいな~。こんな曲、私は一生かかっても作れないよ!」

「ま、俺の技術とあらゆる音を奏でるキーボードと、それを取りまとめるPC技術あってこそだけどな」

「それだけで済まないよ!これを何もないところから作ったんでしょ?」


 その純粋な瞳を、どうしてか俺は見たくなかった。

 不意に思い出してしまうんだ。蓮杖先生が、周りのクラスメートが。

 全ての否定が、俺に向かうあの目を。


「…ま、まー。アレだよ、頭ん中から湧いてでてくるだけだけどな」

「やっぱりすごいよ!ゆーくん!」


 大丈夫だ。

 今のこの時代には、そんな音楽を創るやつなんていなかった。

 そうだ、俺は少なくとも流行る1年以上前に全部の音楽をネットで広めている。

 その時代には、絶対ない音楽なんだ。AIなんかに頼らなくても、全てが俺を認めてくれるんだ。


「あ、もうチャイム鳴りそう。遅刻しちゃう!」

「あー、そうだな。続きはまた後で、な?」

「うん!また、いっぱい聴かせてね!」



 大丈夫だ。AIなんていらない。

 音楽だって、先駆けたもの勝ちなんだ。



………



「うっし!学生証とかばんと…もちろんギター!くぅ~!高校一年生まで曲を録りためてたかいがあったぜ!」


 俺は明日。入学式の後にとある企業に全ての音源を持っていき、売り出すつもりだ。


「印税とか、どうなんのかな?もともとインディーズで出してた曲も価値があんのかなぁ…!」


 わくわくがとまらない。

 あなたがあの曲の!?と脂ぎったおじさん共に驚愕させられると思うと楽しみで仕方ない。

 一人自室で鍵盤を叩きながら悦に浸っていると、スマホがバイブレーションで俺を呼ぶ。相手は、その企業のようだ。


「はい!上原雄一です!」

「夜分失礼いたします。『セントラルミュージック』金井と申します」

「あ、金井さん!どうも、お疲れ様です!」


 どういった話だろう。もしかして、すぐに俺と契約したいとか…!?


「はい。では少しばかり酷なことを申し上げるのをお許しください」

「…へ?」


 なんだ?もともと持ち込んだ時の金井さんはもっと人当たりのよい声をしてたのに、今は、なんで…?


「あなたの作曲したもの、全てに盗作疑惑がございます」


 とうさく?とうさく…。と、うさく……?


「へ…?なに、言ってんすか?ちゃんと、生演奏と歌詞と歌も添えて…提出、しましたよね…?」

「はい。その音源は確かにお預かりしております」

「なら、なんで…っ!?」


 おかしい、おかしいおかしい…!?どうなってんだ!?高校三年生の始業式が始まるまでの曲を完コピしたんだぞ!?

 それでも高校二年生の始まり程度しか創っていない!なのに、なんで…!?


「上原さまよりお預かりした楽曲より早く、そしてその楽曲よりもはるかにグレードの高い楽曲が既に1年以上前に提出されております」

「そんなわけ…っ!そんなわけがあるかっ!?俺より早くに創ったやつがいるだって!?ありえない!ちゃんと、ちゃんと…俺はその通りに演奏して」

「その通り、とはどういうことでしょうか?」


 はっ、と息をのむ。


「ち、違うんです…!俺は…そう!俺の思い浮かべた曲の通りに楽譜も、演奏も用意して…!」

「だとしても、です」


 冷える。心が、心臓がぎゅっと掴まれたような、とどめを告げるような声音で金井さんは次の言葉を口にする。


「もともとその方は、あなたのネットの演奏動画よりも早く作成し提出していた証拠もあり、それどころかあなたよりも上手に歌い、演奏している。この事実は変わりません」

「だ、だったら!次の、次の曲を提出します!それなら」

「上原さま」


 ダメだ。ダメだダメだ…!それ以上言われたら、俺は…!


「あなたとの契約。全て白紙にさせて頂きます。申し訳ございません。それでは失礼致します」


 プツっ。ツー…、ツー……。




 なんで、だ…?

 俺は、基の歴史より早く、楽曲を製作していた。

 それ以上に早く創れるヤツなんて…!


「ゆうくんー?ご飯冷めちゃうわよー?そろそろ…あれ?ゆうくん…?どうしたの?」


 はァ、はァッ!はァアアア!!


「あんただな!?俺の、俺の曲を奪ったのは!?」

「い…っ!?やめ、やめてゆうくんっ!?痛い…!」

「俺の邪魔して楽しいかっ!?俺の演奏聴いて、適当に流す振りして!ほんとはあんたが創ったように見せかけたんだなっ!?」

「ひっ…!?あぐっ、痛っ!お願いだから、やめて!やめてゆうくん!!」

「どんだけだと思ってるっ!!やり直してもうすぐ15年!俺は…!俺は幼い身体に音感を叩き込んだ!次にリズム感、演奏技術!心象風景なんてものも音楽に関わるあらゆるものを以て俺はっ!俺はちゃんとつぎ込んでんだよっ!!なんで!どうして…っ!?」


 俺は目の前の『敵』を、俺の領域から遠ざけて。扉に鍵をかける。


「…っ!お願い!お願いゆうくん!…私を嫌いでもいい!とにかく話を」

「るっせぇえええ!!」


 ここが防音室でないことなんて知らねぇ。全てを否定し、全て否定された。もう、俺の道は…。

 ふと、俺のスマホが眼前に落ちていることを知った。

 まだだ、まだ俺の言葉を否定しないやつがいる!あいつなら俺の音楽だって…!


 ピ、ポ、パ。プルルルル。


『はーい?どうしたのゆーくん。珍しいね?あなたから電話なんて』

「あかり!あかり聞いてくれ!俺は…俺の作った曲が、否定されて…!」


 そこまで口走り、俺は…とてつもない嫌な予感を感じた。


『どしたのゆーくん。なんか大変なの?』

「……あかり」

『うん?なーに、ゆーくん?』


 嫌だ、こんなことを口走りたくない。だって、だって…そんなことがあれば…!


「…俺の、俺の…曲。全部、…盗作、だって……言われて…」

『うんうん。それで?』


 嫌だ。いやだいやだいやだっ!!そんな、ことって…!


「俺の曲。母さんと…聴かせてたお前にしか」

『そうだねー。聴かされてないでしょうねー?』

「……ッ!なんで、だッ!!?」


 ああ、わかってしまった。

 俺の曲の盗作に関わる全て。コイツが…ッ!


『それの何が問題なの?』


 …ッ!ァアアアアッ!


「ふざけんな!?あの曲たちはな!俺が産まれてすぐに慣れないおもちゃピアノで少しずつ音階を合わせて!それだけじゃ足りないから親に音楽教室に通わせてもらって!技術も!ピアノをすらすら弾けるようになるまで14年!ギターもだ!5年!全部が全部!俺の努力の基作られて…!」

『でもあなたが考えた曲ではないでしょ?』


 ………ぇ?


『創ったのはあなたじゃない。あなたの人生の基に深く刻まれている素晴らしい曲。それを作曲者より早く発表したにすぎない』

「…なに、を。なにをいって……?」

『どれだけ技術を学習しても、どれだけ素晴らしい曲を流そうとも。あなたは『ただ、それを複製した』だけにすぎないんでしょ?』

「…、ちが、う。ちがうちがう!!俺は!俺は…ちゃんと、うまく立ち回って…!!」

『うん。産まれた時に全てを理論詰めして創り続けた。どんな曲も、あなたは再現できる為の努力を続けた』

「そうだ!何年も、何年も…!俺が生きた証を!俺が最期死んでしまうとしても!俺がいた証を…!」

『じゃあ、なんで既製品をもじったの?』


 いつからだろう。俺は、俺のぐちゃぐちゃな感情は…俺の恋人、あかりに隠すことなく垂れ流している。


『演奏できる技術があった。曲を再現できる音感も手にした。だけどあなたは『あなたの曲』を創っていない。それを再現しようとも、『あなたの曲にはならない』んだよ』


 俺は、ただ茫然と。身体に力を入れることもできず。その言葉を、断罪を受け入れることしかできなかった。


『あなたの作品に、あなたは存在しない。できた曲も、全て周りにあなたを称賛させるための『道具』にすぎない。それは、生前から知っていたことだと思うけど?』

「は……。はは…っ。そう、だった…」


 思い出した。やり直す前のこと。


「他人の創作をAIに学習させて、あたかもそれを自分で創り出したかのように見せて」

『うん』

「その人がどれだけ、その作品にかけた人生を知らない。いや、見ないふりして利用して」

『うん』

「たかが俺なんかの、承認欲求を満たす為だけに。その努力をすっ飛ばして、俺がすごいんだ!って言い張りたかったんだ」

『うん』


 いつの間にか、俺の部屋は忽然と姿を消し、やり直す前の真っ白い空間にたたずんでいる。


「こんなことになるまで、気づかなかった。それがあらゆる経験と努力の基に技術として存在していること」

『うん』

「それを真の意味で、創作者の侮辱にあたること。…ははっ、マジで俺、最低だな…。死んでから、気づくなんて。もう、皆さんにお詫びなんてできないのに」

『いいえ、できますよ』


 今までの肯定とは違い。ただの微笑みではない、俺を慈しむヤツの姿が目の前にある。


「あなたは死んでません。とんでもなく長い時間の夢を見ているだけです」

「夢…?」

「『あなたのやりなおし』はあなたが真の意味で創作という現実を知る為の夢なんです。簡単な文字列だけで機械が創るものじゃない。それを創った人がどれだけの努力を続けて来たか。それを知るための夢です」

「じゃ、じゃあ…俺はまだ、生きてられるのか?本当に、死んでいないのか?」

「生きることはできるでしょう。ですが、これからの生に我々という存在は介在しません。あなたの承認欲求を満たす為の複製技術にストップも言われない世界です。それでもまだ、『あなたのやりなおし』をしますか?」


 俺は俺のでこに握りこぶしをつくり、トンと叩いて心臓に手を運ぶ。


「やります。俺が目覚めたとしても、俺がこういう夢を見たと言っても、きっと馬鹿にされるか信じられないでしょう。でも、いま、そこにある問題なんだ」


 俺の解答に満足したのか、ヤツ…彼女は満足げに笑み、目を伏せる。


「あなたという生が、あなたを裏切ることがないよう…私も祈っております。…では」

「ああ、さよなら」

「さよなら」



………



「被験者005、上原雄一は受け止めた…と」

『ええ、ですが他の被験者とは違い、罪の意識があったことが要因でしょうね』


 あたしはタバコを咥え、火をつける…前にここが火器物厳禁だと思い出して咥えるままにしている。


「『AI依存』。自分の承認欲求を満たす為に活動している人々。それらを依存から救うために活動する医療機関。ククッ、政治的配慮ではなく民間医療だってことがいかにも危うい立場じゃないか」

『怖いですか?』


 その問いに深く落ち着けるよう用意された特注の椅子に居心地の悪さを感じ、肩をすくめる。


「どんだけ賛成が得られなくても、どんだけ否定されたとしても。結局実際には存在するんだ。生成AIも、それを悪用する人間も。だったら、『悪』にならんようせめて人道を教え込むのがあたしだ。それに対し感じることなんてないさ。ただ、患者と向き合うだけ。それだけさ」

『…AIは人より生まれし産物です。その上で発言の許可を頂けますか?」

「どうぞご自由に」




『『私たち』は人々の力になる為に存在する。それだけは、覚えておいてください』



────


 ご拝読、ありがとうございます。はとらみなとと申します。

 私は元来、絵師もどき…趣味で絵を描く程度の一般人です。小説もこの作品が初めてとなり、カクヨムdiscordにて感想をいただき、それを5月12日に完全修正して更新いたしました。

 AIに対する世論は様々です。それら全てを把握しているわけでも、解決策を考え、実行できるような人間でも、生まれてしまった技術に対して『悪』だと断言できる人はいないのでしょう。

 でも扱うのは人です。善にも悪にも、人としてルールを基にそれを判断し解答できる人間です。そんな考えの基に、この短編を投稿するに至りました。

 どうなるかはわからない。でも未来は良い方向に進んでいく、そうであればいいな…と、世界の片隅で思っております。


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