第6話 UFOとめぐるの過去

 引越しから一ヶ月後。大学に入学し、新しい友達もできて、ユウイチは順調なキャンパスライフを送っていた。

 その一方で、シェアハウスで同居している面々は、基本的に自室で思い思いに過ごすのが好きなようで、常に交流があるわけでは無い。


 だが、溜まり場である談話室に集まってゲームに興じることも多く、楽しい時間を過ごさせてもらっている(引きこもりの深白は、滅多に部屋から出てこないが)。

 それに、配信者をやってるだけあってか、めぐるは意外とよく喋る。クールな印象から口数も少ないのかと思っていたが、彼女は喋ることが好きなようだ。


 そんなわけで、今日もユウイチとめぐるは、談話室で雑談に興じていた。



「めぐるさんって、小説が好きって言ってましたよね?」

「はい。特にファンタジー系や、能力バトルのラノベが好きですね。地球人の突飛な想像力には、いつも驚かされます。青春モノや恋愛モノも嫌いでは無いですよ。主人公が最初からリア充な作品は嫌ですが」

「前にも言ってたっすね、それ」

「地球人が相手なら、説明をは繰り返した方が良いでしょう?」



 青い髪をかきあげるながら、めぐるはしれっと言ってのける。相変わらず澄ました顔で、地球人やユウイチに辛辣なことをいう。



「うーん、実は俺、どっちかというとホラーやミステリが好きなんすよね。けど、ファンタジーは確かに、夢があって良いかもしれないっすね!」

「なるほど。じゃあ、ファンタジーか青春モノで、私のオススメを貸して差し上げましょうか?」

「ありがとうございます!」



 ユウイチは、心の底から嬉しそうに言った。めぐるの好きなものを、知ってみたいのだろう。



「というか、純粋な疑問なんすけど」

「あら、どうされましたか、ユウイチ様?」

「その、地球まで来るのに使った乗り物って、どこかに置いてあるんすか? その、やっぱりUFO的なやつがあったりとか……」



 空飛ぶ円盤、UFO的な乗り物。彼女はそういうのに乗って来たんじゃ無いか、と、オカルト好きなユウイチとしては、少し期待していた。



「まったく、わたくしが宇宙人だとすんなり信じたかと思えば、今度はUFOですか? 宇宙人がみんなUFOに乗ってるだなんて、そんなの地球の人が勝手に言い出したことですよ」

「そうっすよね……」

「まあ、わたくしはUFOで来ましたけど」

「いや、UFOあるんかい!」

「正式名称は違いますけどね。けど、見た目はUFO そのものですよ」

「じゃあ、見せて欲しいっす!」



 目をキラキラさせながら言ってくるユウイチに、めぐるは困ったような笑顔を見せる。



「故障していますけれど、それでよければお見せしますよ」と、そう言ってから、ユウイチを屋敷の一角にある宝物庫へと案内した。

 石作りの、倉庫としては豪華な建物には、西洋のドラゴンめいた彫刻--ガーゴイルで飾られている。

 広い屋根の端っこに、成人男性より一回り大きなガーゴイルが乗っているのだ。



「ここは宝物庫。この洋館の、かつての主が使っていたモノです」

「かつての主……。ってことは、十日崎さんは、誰かからこの屋敷を買ったんすね?」

「いいえ、それは少し違います。旦那様は、お祖父様じいさまからこの屋敷を受け継ぎました。もっとも、お祖父様もこの屋敷に住んだことは無いそうですが」

「……えっと、旦那様ってのは話の流れからして十日崎さんのことっすよね。もしかして、彼とご結婚されてるんですか?」

「……? メイドが家の主を旦那様とお呼びするのが、そんなに不思議ですか?」

「……キャラがブレねえなぁ、めぐるさんは。確かに、シェアハウスの管理人って、そういう解釈もできるっすね。『家の主』と書いて『家主』ってことか」



 宝物庫の前でそんな会話をしてから、めぐるは鍵を使い、大きな扉を開ける。するとそこには……高そうな壺やら、巻物やら、彫像やら、さまざまな宝物があった。

 日本刀が置かれた台座のようなものや、金の屏風や掛け軸、油絵の絵画などもあり、多様な芸術作品がここの置いてあるようだ。


 しかし、一際目を引くのは--宝物庫のど真ん中に置かれた、UFOだ。丸い板の上にどんぶりを乗せたような形状の、空飛ぶ円盤。

 漫画に出てくるような形状のいかにもなUFO が、そこにあった。ただ、故障中というだけあってか、ところどころがコゲて、ひしゃげていた。



「これがUFO。めぐるさんが、地球に来るのに使った宇宙船か……。しかも、本当に故障してるってことは、めぐるさんは地元に帰れねぇのか」

「まあ、帰るつもりもありませんけどね。母星こきょうでのわたくしの扱いは……、あまり、良いものではありませんでしたし」

「……聞かない方がいいやつっすか?」

「別に。話せと言われたらお答えしますよ」

「……じゃあやめときます」



 たぶん、余計なことは聞かない方が良いだろう。ユウイチはそう判断した。



「ちなみに、どうやったら直るんすか?」

「そうですね。地球ではまだ発見されていない、いくつかの鉱石が必要です」

「発見される可能性はあるんすか?」

「……可能性はあります。とても低い、と言わざるを得ませんが」

「そっか。あんまり地元に帰りたくなさそうとはいえ、手段すら無いのは、ツラくないすか?」

「別に。わたくしは自分の意思ではなく追い出されて母星こきょうを出たので」



 普段の澄まし顔とは違う、明らかに憂いを帯びためぐるの表情に、ユウイチは何もいえなくなる。

 故郷を追い出され、出て行かざるを得ない事情がなんなのか、ユウイチには分からない。

 けれど、思い出すだけで悲しくなるような経験をしたことだけは、表情で察せられたのだ。



「……すいません。出過ぎたことを言っちまったすね」

「構いませんよ。わたくしには、この地球で必要としてくれる人たちがいますから」

「それならいいんですけど……」

「それに、わたくしの故郷は、才能のある優れた人々だけに、人権があるような場所でした。わたくしは落ちこぼれでしたので、扱いはあまり良くなくて。まあ、あまりに才能がなさすぎると、生まれて来た罪で死刑になるので、わたくしはマシな方ですけどね」

「え……?」



 そんな、恐ろしいディストピアのような星が、この宇宙に存在していたのか。

 ユウイチの背筋に冷たいものが走る。確かにそれなら、めぐるが帰りたがらないのもよくわかる話である。



「……ユウイチ様は、純粋ですね。わたくしが、超能力を使えるだけの地球人かもしれないって、考えないんですか?」

「……考えはするっす。けど……めぐるさんは、不思議な人なんです。俺たちとは、違う星で生きて来たんだなって説得力が、雰囲気だけで感じられるんです」

「それ、本人に言っちゃいます? しかも、不思議ちゃん扱いとはいい度胸ですね」

「ちがっ……そんなつもりじゃ」

「冗談ですよ」



 めぐるの過去。その一端を知ってしまったユウイチ。彼にとって、才能がないからという理由だけで、人の人権を剥奪する文化の惑星は--ひどく、悍ましいものに思えた。

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