後編
「圭吾、私と別れて!」
土曜日のそこそこ混んでいるコーヒーチェーン店に彼氏を呼び出し、私は告げた。
「は? なんで?」
圭吾は腑に落ちない様子だ。
「あんた、結衣をフッたでしょ!」
「結衣って……、同じ大学だとは思ってたけど……知り合いなの!? めっちゃでかい大学なのに!?」
――あの日、心理学の授業終了後に初めて彼を見た時、私は思った。彼氏に似てる、と。
結衣には彼氏がいることを話していたからそう口に出そうとした時、彼女は元彼に似てる、と言ったのだ。
結衣は元彼の右の耳たぶにほくろがあると言った。圭吾もそうだ。
まさかとは思うけど、もしかして……?
結衣は飽きることなく元彼に似てるという男子を追いかけていた。授業中、彼を見ている瞳が潤んでいることもあった。まだ確証はなかったが圭吾のことが忘れられないのだと思うと心が痛くなった。
怖くて結衣の元彼の名前を聞くことも写真を見せてもらうこともできなかった。
しかし夏休みに結衣の部屋に泊まりに行った時、ついに彼女の口から圭吾という名前を聞いてしまった。
やっぱりだ。――圭吾の元カノが、結衣だったなんて。
結衣は彼氏が浮気をしていたことが原因で別れたと言っていた。
私は高二の夏にバイト先で新しく入ってきた圭吾と知り合った。
二人とも受験で高三の春にバイトを辞めたのだけど、十二月に指定校推薦でお互い別の大学への進学が決まり、私から告白して付き合い始めたのだ。
結衣は卒業式に別れたと言っていたから……やはりかぶっている。
私は彼氏が二股を、しかも結衣と……していたことを知ってしまった以上、もう付き合いを続けることはできない。
「美香のこと好きになったから別れたんだろ」
圭吾はあっけらかんと言う。
「ちゃんと別れてから付き合えよ!!」
「あ、それは……ごめん」
バレたかという顔で圭吾が謝る。軽い……。
「もうっ、さよなら!」
私はカバンを掴み、店を出ようとした。
「美香! 駅まで送るから」
「けっ……」
けっこうです、と言い切ることはできなかった。最後だから少しでも一緒にいたい。
夏が終わろうとしている。夕暮れの街をしばらく二人で無言で歩いていた。
あ〜あ、二十歳の誕生日も一緒に過ごしたかったのに。口には出したことはなかったが付き合い始めた頃から思っていた。
「お互いの二十歳の誕生日、一緒にいたかったな」
圭吾がこちらを見ずに呟くように言った。
私も彼の横顔を見たりしない。
圭吾は結衣の言う通り、自分勝手でだらしない。……だけど、こんな風に私が思っていることを口に出すことがある。そこに惹かれたのかもしれない。
「じゃあ、元気でな」
「そっちもね」
駅に着き、私たちは別れた。
***
立川にあるオープンしたばかりのカフェの扉を開け、店員に待ち合わせだと伝えると結衣と結衣の彼氏がいる席に案内された。四人掛けのボックス席で二人は横並びで座っている。
「美香〜! ちゃんと来たじゃん! あれ? 彼氏は?」
「ついさっき、別れた」
「ええっ……!!」
「あっ、結衣の友達の北野美香です」
結衣の彼氏とちゃんと会うのは初めてなので、軽く自己紹介をしあった。
正直、来たくなかった。
目の前で友達が別れたばかりの恋人と似ている人と仲良くしている様子を見たら辛くなってしまうだろう。
だけど、本当に結衣が新しい恋に踏み出せて良かったと思っている。せっかく結衣が誘ってくれたのだ。秘密を作ってしまった罪悪感もある。
——恋愛も友情も両方手に入れるなんて無理だ……。
「美香……大丈夫?」
結衣が心配そうな顔で尋ねる。
「全然、大丈夫! ろくなやつじゃなかったから」
もう強がるしかない。お酒でも飲んだら少しは気分が晴れるんだろうな……。って、ここカフェだし。まだ飲める年齢じゃないし。
「酒でも飲んでさ、パァっとしたいよな。北野さん、誕生日は?」
結衣の彼氏が私のほうを見て微笑んだ。
え……?
「七月、十五日だけど」
「俺、北野さん、結衣の順なんだな。じゃあ、来年の七月十五日、北野さんの誕生日を俺らで祝おうぜ」
「いいなぁ、美香。一足先に斗真君とお酒飲めて。って、それより前に彼氏できてるかもよ。美香は人気なんだから」
「そっか、そうだよな。じゃあ、彼氏がいなかったら、な」
私は目の前にいる友達の彼氏をじっと見つめてしまう。
「まあ、頼もうぜ。今はコーヒーだけど」
……一ノ瀬、斗真君ね。やっぱり、元カレに似てる。
(完)
元カレに似てる いととふゆ @ito-fuyu
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