元カレに似てる

いととふゆ

前編

 都内の私立大学に入学し、一ヶ月。一限目の心理学の授業が終わった。あんなに人がいっぱいだった大教室も連休明けは人がまばらだ。


 「眠かった〜」と言うと、「寝てたじゃん」と美香がすかさずつっこむ。

 美香は大学の入学式で隣の席になってからの友達だ。偶然にも同じ北関東の県出身ということがわかり、一気に距離が縮まった。すでに軽口をたたき合える気が置けない仲だ。

 

 私が笑っていると、前の列に座っていたある男子が通路側に座っている私の横を通り過ぎ、教室から出ていく。

 あれ、あの子……。

「似てる……元彼に……」

 思わず口に出してしまった。

「へぇ、ああいう感じなんだ。結衣の元彼」

 美香が言い、その男子を目で追う。

 元彼の圭吾とは高校の卒業式の日に別れ、別々の大学に進んだ。圭吾のはずがないのだけど……。


 それからというもの、心理学の授業になるたびに彼が見える席を選び、彼を見てしまう。

 圭吾との楽しかった日々を思い出し、別れの悲しさがこみ上げてくる……。


「授業なんて聴いてないでしょ。元彼のそっくりさんばっかり見てて。テストどうするの?」

 ある日、しびれを切らした美香が呆れて言う。

「美香、私、真面目な友達をもって幸せだよ」

「私を頼る気? ノート見せないからね。だいたい結衣の元彼って浮気した酷いやつなんでしょ? そんなのにまだ未練があるの?」

「え……いや、そうじゃなくて。本当よく似てるから。顔だけじゃなくて髪型とか背の高さとか。それに耳たぶのほくろまで! でもあいつは左じゃなくて右耳か……」

 そんなことを言っていると涙が出そうになってしまう。

「へぇ……そんなところまで。そんな偶然あるんだね」

 美香は漫画の探偵のように顎に指を当ててしみじみと言う。私の目が潤んでいることには気付かれなかったようだ。


 やっぱり圭吾が恋しい。

 そう思う気持ちが私に行動力を与えた。


 私は決心して心理学の授業が始まる前の十五分間の休憩時間に彼の隣に座り、勇気を出して話しかけた。

「あの、私、一年の佐々木結衣といいます。お名前聞いてもいいですか? 学科はどちらですか?」

「え? ……いちとうだけど。心理学科。えっと、佐々木さんは?」

「史学科です!」

 ご出身は? 一人暮らしですか? などと質問攻めしていると一ノ瀬君は「俺も一年だから敬語使わなくていいよ」と微笑んだ。

 すると教授がやってきて授業が始まってしまった。


 少し話しただけだけど、もう胸がいっぱいだ。嬉しくてたまらない。圭吾と初めて話した時みたい。

 隣に圭吾がいる。授業中も心が浮き立っていた。

 

 それから心理学の授業はいつも斗真君と受けるようになった。LINEも交換した。お昼を学食で一緒に食べる時もある。うっかりしていると間違えて「圭吾」と呼びそうになる。


 数ヶ月がたち、最近自分は浮かれている、美香に一緒に過ごす時間が減ってしまって申し訳ないという気持ちが芽生えてきた。

 そういえば美香と会うとそっけない気がする。一ノ瀬君のことも聞いてこないし。……美香、怒ってる?

 

 このままではいけないと美香に一緒に夕ご飯を食べようとLINEを送る。

 

 授業終了後、学生が賑わう大学近くのファミレスで美香と向き合う。


「美香、ごめん。最近付き合い悪くて」

「はいはい、イチノセ君ね。ねぇ、結衣は彼が結衣の元彼に似てるから仲良くしてるんでしょ? 結衣に好意寄せられてるって勘違いしてると思うよ。それって彼に失礼じゃない?」

「うっ……」

 そうかもしれない。

「……私、斗真君に元彼に似てるから話しかけたって正直に言う」

 そしたら斗真君は嫌な気分になり、私との接触を避けるようになるかもしれない。

 だけどそれでいい。美香に嫌な子だと思われ続けたくない。そして圭吾のことは忘れて新しい恋をしなくちゃ!


 早速次の日、心理学の授業が終わったあと、学食で斗真君に話す。


「あのね……斗真君、私と仲良くしてくれてありがとう。でもね、私、斗真君が元彼に似てるから声かけたの。まだ元彼が忘れられないんだ」

 私は顔を上げ、恐る恐る斗真君の顔を見る。

「そう……なんだ。今はそれでもいいよ。一緒にいるだけで俺は嬉しいから。だけど、いつかは結衣の前の彼氏とは別の男なんだってわかってほしい。いや、わかってもらえるように俺が努力する!」

「えっ、それって……」

 告白?

「あ……学食じゃなんだから今度どこか出かけよう! その時に言うから!」

 斗真君の顔が耳まで赤い。

 …………ええーっ!!!


 ***


 試験が終わり、大学に入って初めての夏休みを迎えた。

 しばらく実家で過ごしていたが八月の終わり頃、東京に戻った。


 そして私は斗真君と初めてのデートに出かけ、約束通り、斗真君は告白してくれた。


 美香が私の一人暮らしの部屋に泊まりに来た時、そのことを報告する。

「美香、私、斗真君に告白されて付き合うことになった。でもね、圭吾……元彼に似てるからじゃなくて斗真君の気持ちが嬉しくて、ちゃんと一ノ瀬斗真という人に向き合いたいと思ったの!」


「それは……おめでとう! 結衣、良かったね」

 美香は私の報告をすんなりと受け入れてくれたので安心した。

「ありがとう、美香。斗真君ってすごく誠実なの。圭吾とは全然違うって気付き始めてきた。圭吾は人の気持ちなんて考えてなかったんだよ。だから平気で浮気しちゃうし。高校の時の私って見る目なかったんだなぁ〜」

「…………」

「美香のおかげで一ノ瀬君に正直に話せて、彼の本音が聞けたの。本当にありがとう!」

「ううん、結衣が勇気を出したからだよ」

 

 美香は厳しいところもあるが、やっぱり優しい。彼氏がいるのに私のこともちゃんと考えてくれている。

 授業のノートだって結局見せてくれて試験に出そうな問題まで教えてくれたのだ(斗真君には、元彼のことを考えていて授業に全く集中していなかった、とは言えなかった)。

 美香とはまだ出会ってから日は浅いけど、親友になれそうな気がする。

 私も美香みたいに恋も友情も大切にするんだ!


「そうだ。近いうちに斗真君と立川にできた新しいカフェに行くの。美香の彼氏も都内にいるんでしょ? 彼氏誘って一緒に来ない?」

「あ、まだ結衣に紹介してなかったもんね。……行けたら、行くね」

「行けたら行くって、来ないやつじゃん!」

 一ノ瀬君とのことを伝えてホッとした私は思いっきり笑ってしまった。

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