魔眼と鎖と代価の書

鴉由羅

第1話  異世界に喚ばれたらしい

「あらあら? どうやら成功してしまったようね」


 色気を感じさせる声が聞こえた。それは聞き覚えのない音で、おそらくは言語なのだろう。


 頭の中に意味だけがダイレクトに伝わってくる。鈍く痛む頭はその状況を受け入れたらしく多少の違和感くらいしか感じない。


 とりあえず声の内容は理解出来たが、気付かない振りをして辺りを見回したところ、後ろには綺麗に整頓された書類が積んである机があり、その奥は分厚いカーテンに覆われている。


 足元には魔法陣らしき図柄が描かれており、自分がその中心に立っていることがわかる。しかも等間隔に魔法陣の外側に12本の蝋燭が立っており、これが光源になっているせいかボンヤリと浮かび上がる部屋の内装は随分と本格的な雰囲気が漂っている。


 左右の壁際にあった本棚には、高そうな装丁の本がギッシリと隙間なく揃えてあるのも本格的な雰囲気ってやつに一役買っていた。


 なにせ、その本のどれもが俺の持つ魔導書なイメージ通りの代物だったからだ。 


 次第に鈍痛がなくなり意識がハッキリとしてきたが考えるまでもなく、そこが書斎のような場所なのだと理解するには充分だった。


「そろそろいいかしら?」


 そこで努めて意識的に無視していた存在からお声がかかったので彼女の方へと意識を向ける。


 魔法陣の外側でこちらを眺めていた女性は、一言で言うなら妙齢の美女って感じだ。


 初めに目についたのは、その非常に整った容姿だ。控え目に言ったところで、彼女以上に美しいと感じられる存在を俺は見たことがない。


 肌は白く、長く美しい髪は腰の辺りまで流れている。その色は、うっすらと紫色に思えるが蝋燭に灯った炎の色が重なりハッキリとは分からないが既に雰囲気に呑まれている俺は見惚れてしまった。


 加えて一目で高価そうだと思える夜色に金の刺繍の入ったローブに身を包んでいる事も一役買っているのだろう。そのローブの上からでも主張するプロポーションもまた見事だ。


 ぶっちゃけローブのせいで肌の露出が少ないのは非常に非っ常ーに残念ではあったが、足元の蝋燭の灯りから浮かび上がった彼女の姿は、とても幻想的で美しかった。


 そんな彼女の存在感にのまれ、マジマジと見つめ続けてしまった俺に疑問を持ったようで再度、彼女は声をかけてきた。


「言葉が通じていないのかしら?」


「 あー、大丈夫です。ちゃんと理解できてますよ。ちょっと見惚れてただけです」


 俺は笑顔で応える。


 こういうのは最初が肝心だ。


 本心から女性を褒められる瞬間を逃してはいけない。最近引っ越してきた近所の山田さん家の娘さんを相手にご機嫌取りをしていた俺を舐めて貰っては困る。


 この娘まだ10才だってのに弟に懐いてからは、急に色気づいちゃって生意気な事ばかり言うようになったからなマセガキめ。


 会話の中で自然に本心ですって感じで褒めておけば少なくとも、あのマセガキは機嫌が悪くなる事はなかった。……その後に俺が余計な事を言わなければね。


 さて彼女には、この状況の説明をしてもらわなくちゃいけないし。なおさら稼げるポイントを見逃すわけにはいかない。


「あらあら、もしかして口説かれてるのかしら?」


「ふふっ」と満更でもなさそうに美女は目を細めて笑う。


「いやいや口説くなんて僕には無理ですよ。彼女なんていた事ないし、それどころか……あぁ⁉ 憎いぃ‼ 同じ両親から産まれた筈なのになんでアイツばかりがぁ!?」


「……っ⁉ えぇ? 何だか分からないけれど、ごめんなさいね。」


 急に昂り荒ぶりだした俺に困惑したようで謝る美女。そりゃそうだ客観的に見なくても情緒不安定なヤバい奴だよ俺。


 ――うん。話題を変えよう。


 もしこのまま、親身になられて何があったのか聞かれても誰も幸せにはなれない。そうだ。そろそろ質問しよう。そうしよう。


 よし、レッツ質問ターイム。


 その前に自己紹介は忘れちゃ駄目だな。

 よーしテンション上げていくぞう。そうリズミカルに‼


「まずは自己紹介させてもらうけど。名前は鳳秋斗。そんで、ここは異世界で召喚された俺は勇者様ってことでオーケー? あぁ、それと年齢は18で彼女募集してます」


「ふふっ貴方、色々と凄いわね。答えはそう半分は正解。でも残りの半分は残念だけれど間違いね」


 どうやら半分は正解したらしい。

 やった‼ 何か下さい‼


「まず私の名前はゼノビア・バーネルハイド。そして貴方にとっての異世界であり勇者召喚の魔法陣での召喚というのも正解ね。だけど現在は魔王陛下が不在のため勇者は必要ないの」


「ん? 魔王いないの? それなら俺は勇者じゃないし、戦わなくてもいいってことです?」


 内心ホッとしながらも少し残念だった。

 何故なら男心はいつだって複雑だから。


 けど、いきなり魔王討伐よろしくって話じゃないのは安心するとこだよな?


 だって痛いのとか嫌だし、魔王とか恐いじゃん?


「召喚される事について何かしらの知識を持っているみたいだけれど、この世界では戦う術は持っておくべきよ。それに勇者召喚の魔法陣で召喚したのだから、まったくの無力という事はないでしょうし、オオトリ・アキト君の居た世界では戦う事は無かったの?」


「えーとですね。俺の居た世界というか国では戦争なんかは随分と昔にしなくなったから、わざわざ戦う方法を教える事もない感じですね。それと秋人でいいですよ」


「分かったわ。私も召喚される勇者の世界に興味はあるし。今度その話も聞かせて頂戴アキト君」


「分かりました」と返事を返しながら今の会話の中にあった言葉を吟味する。


 そもそも魔王の実在する世界のようだし、間違いなく魔物とかいるっぽいな。それに魔法陣で異世界から人を引っ張って来れるわけだから魔法もあるってことだな。


 それに俺は、勇者を召喚する魔法陣で来たわけだからズバリ俺は魔法が使えるって事にならないかな?


 だってラノベとかだといろんな異世界から日本人ばかり召喚されてるわけだろ。だったら魔法じゃなくても何かしらの力が得られないと勇者なんて呼ばれない筈だ。それなら魔法の可能性が高いと俺は思うね。それと魔王がいないのなら無理に戦わされないって信じてもいいよね。


 控えめに言って最高じゃないデスカ?


 そこまで考えたところで唐突に疑問が浮かんだ。


 あれっ? 俺どうして呼ばれたの? 魔王いないんでしょ?


 


 ――嫌な予感がした。


 


 確かに俺は、元々こういうファンタジーに憧れていた。そんな種類のラノベなんかも読んでたし、来れちゃった以上はテンプレ通りに帰れなくてもいいかなって思わなくはないけど、そこはこの世界の生活環境に左右されるわけで。


 これって戦争の為とか、そういう流れか?


 分からない事は分かる人に聞くべきだよね。


 さしあたって目の前のゼノビアさんに。




「あのー、俺はどうして召喚されたんですか? 魔王っていないんですよね?」




 ゼノビアさんは、そっと微笑むが視線が逸れてる。その微笑みは綺麗だったけど、なんで目が合わないのかな?

 視線の先が行方不明だよ?



 ――あ~あ。これ絶対ダメなやつだ。



 しばらくゼノビアさんを見つめていると彼女の行方知れずだった視線が帰って来た。

 ちゃんと理由を話してくれるつもりがあったみたいで何よりだ。


「……実は昔に勇者召喚の魔法陣を見たことがあって、興味もあって研究していたのだけど。一度しか実物を確認する機会がなかったし時間も大分かかったんだけど、ついに研究の目途がついたのよ。それで実験がてら試してみた結果が貴方というわけ。……だから成功しちゃったのは予想外というか想定外というか。私も驚いているの。うふふ」


 要約すると「興味本位で勇者召喚の魔法陣を試してみたら成功しちゃったの……テヘッ」と。


 国が関わっていないのなら、バレなきゃ戦争とかに利用される心配はなさそうだが、逆に言えばラノベなんかにありがちな援助なんかも受けられないわけだ。


 加えて俺はこの世界の事を知らないのだから常識すら分からないし、お金なんかがあるわけもない。


 生活すらできないじゃん。



「あ~因みに、このまま元の世界に送り還したりなんか出来たりしませんよねぇ?」




 恐る恐る訪ねてみたところ。




「そうね。話した通り今回だって召喚が成功するなんて思っていなかっもの。ましてや送還の魔法陣なんて聞いたこともないわ。……ごめんなさい。召喚に成功して私も浮かれていたみたい」



 ははは。解ってたさ。これでハッキリしたよ。


 なんとしても彼女――ゼノビアさんに今後の面倒を見てもらわないと詰む。


 そうだ。覚悟を決めろ秋斗。


 ここは選択を間違えるわけにはいかない場面だ。


 目を閉じ深呼吸を繰り返した俺は、しっかりとゼノビアさんに視線を合わせる。


 未だ立ったままだった魔法陣の中央で静かに膝をつき頭を垂れた。


 いわゆる土下座だ。


 ゼノビアさんが息を呑む気配が伝わってくる。俺の気迫に圧倒されるがいい。


 俺がこの場を支配した。


 今だ。要求を突きつけるなら今しかない。

 さぁ言え。言うんだ秋人。

 お前にプライドなんて必要無いだろ‼



「ゼノビアさんお願いします! 養って下さい! 三食、昼寝と出来ればお小遣い付きで!」



 俺は、誠意を込めて一言ずつ声に力を込めてお願いした。


 地べたに頭を押し付けたままで。


 これまでの人生でこれ程までに必死だった事は無いんじゃないかと思う。


 これは必要なことだ。


 もう一度言う。これは必要なことだったんだ。


 だって下手に出てお願いしないと、断られるかもしれないだろ?

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