episode3『禁断の……』
人類最後の男である
しかし……
「ない! ない! ここにも! この本にも! こっちにも! こっちも! ない! ない! なぜだ!?」
山治は数時間前から、書庫にある、ありとあらゆる遺伝子工学に関連する本を開いては閉じ、を繰り返している。
「くっ……そういうことか……」
そう。
異星人たちが宇宙船内に残した遺伝子工学関連の書物には、X染色体とY染色体を持つ男から男女の受精卵を生み出す、という方法については、記載がなかった。
というよりも……
元々そのチャプターがあった痕跡はあるのだが、全て処分されていた。
山治の手と書庫の床には、無惨にも一部のページがごっそりと破られた本の山。
「チクショー! バカにしやがって! この腐れフ◯ッキンア◯ホール異星人めが!」
と、山治は本を床に叩きつける。
〈
アキは、いつも通りの返事にもならない返事をかます。
「アキ、やっぱり俺は新世界の神にはなれないんだろうか……」
〈……〉
返事は、ない。
山治はその場にしゃがみ込んで、投げ捨てた本を拾い上げる。
「もはやこの本はただの紙切れか。燃料にもなりゃしねぇ…………ん? この木は?」
表紙には、桃色の花をつけた木のイラストが。
「桜みたいだな。花びらは白っぽい薄ピンクで比較的
山治は、研究室の区画に、凍った桜の樹があったのを思い出す。
「そうか、クローンか! 確かあいつら、『数を増やし、集団を複数に分けて、入植する』とか言ってたよな。ずっと引っかかってたんだ。やつらは繁殖だとか、子供を残すだとか、そういう言葉を使わなかった。やつらは、クローン技術を使って増えていたんだ! だから、みーんな、外見が同じ」
今度は頭の中に、憎たらしい異星人の姿が思い浮かぶ。
「いやぁ、みんな顔が同じってのはやっぱり、薄気味悪いな。そうだ、本の中にクローン技術の情報は残っているのか?」
山治は、再び本のページをパラパラと捲り始める。
「…………お、あるじゃないか! 『クローン技術』の項目!」
『クローン技術』は、次のように章立てられていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
【第一章】
肉体複製法
・培養装置(擬似胎盤、子宮壁、
・STAP細胞の作成
【第二章】
遺伝子組み換え法(初級)
・脂肪量調整
・筋肉量調整
・骨格調整
【第三章】
記憶植え付け法
・ドナーからの記憶抽出
・クローン幼体への記憶移植
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「なるほど……根拠はないが、これなら俺にも扱えるんじゃないか?」
一生懸命勉強した、異星人の言語で書かれた文章に、スラスラと目を通す山治。
「でも、所詮は歳内山治というオッサンが
山治は、
「いや、違うな。一世代でもいい。というかもはや俺のエゴになったっていい! 時間はまだまだあるからな! うまくいけば、人間の話相手が作れるかもしれないし……」
山治は、クローンの可能性について、考えを巡らせる。
「いやいやいやいや待てよ、もっとすごいことができるぞ、あのクソッタレ異星人みたいに、自分のクローンがさらに自身のクローンを製造して、そのクローンがまたまたクローン作って……それだ! クローンのバトンを繋ぎ続ければ、人類は存続する!」
力が、みなぎる。
立ち上がる、山治。
「よし! アキ、クローンを作るぞ!」
〈……〉
山治は、半ばヤケクソになって、クローン技術の勉強を開始した。
***
__約五十年後__
「ううぅ……今日も、腹が、焼けるように痛い……」
老人の叫びには、もはや船内に響くほどの声量すらない。
山治は、ヨボヨボのおじいさんになっていた。
そして、謎の不治の病……
『クローン病』にかかっていた。
消化管のあらゆる部位が炎症を起こし、腹痛、下痢、血便などが伴う。
それが、ずっと続く。
外科手術ができれば、短期的にはなんとかなることもあるが、山治のいる宇宙船内に、その手段はなかった。
そんな山治を生かし続けたのは、クローン技術の確立、という崇高な目標だった。
そしてどうにかこうにか、ついに、自分の遺伝子を使って、クローンを生み出すことに成功した。
「おおぉ……若い時の俺だ……あとは記憶を植え付ければ……」
腰の曲がった山治は、巨大な円筒状のタンクのガラスをペタペタ触りながら、過去の自分を見つめる。
両生類の卵のような、ゼリー上の膜に包まれた、命たち。
それらの一つ一つは、鼓動がドクドクと鳴っているのを確認できる。
「だが……こっちはいい感じに、女性っぽく作れたよな、へへっ……」
山治は、彼の面影が残った、異質な裸体を見つめる。
「でも見てたって、ちっとも気分が上がらねぇ。だってこれは、一応は俺の体なんだからな。あぁ、でも年のせいもあるかもなぁ」
そう。
山治は、ちょっとした遺伝子組み換え技術も習得していた。
全てが山治のクローンではあるものの、それぞれランダムに脂肪、筋肉、骨格などを調整することに成功し、ある程度外見をいじることができた。
そして全体のうち約半数弱は、女性のような見た目のクローンとして生み出したのだ。
どれもまだ成熟し切ってはいないが、そこそこの大きさに成長している。
背丈的に、もう中学生くらいだろうか。
「もう少しでみんな大人になるだろうから、その時は、歳内山治ーズの大行進だ! ガハハハハハゴホッ! ゴホッ! オリジナル山治はもう死に損な……。ん!? 何か匂うぞ? 焦げ……臭い?」
問題が、起きた。
「火事か? 火事だな? 火元はどこだ? っていうか、火災報知器もスプリンクラーもないのか、この宇宙船は!! 宇宙船ア◯ホール!!」
山治は、走り出す。
〈nblf dmpof……nblf dmpof……〉
「アキ、うるせぇ! 今は黙ってろ!」
〈……〉
山治は、弱った体で、船内を駆け回る。
とは言っても、時速一キロメートルにも満たない、鈍足のダッシュ。
__走ること、数十分__
「まずい! 書庫のほうだ! 嫌な予感がする……」
山治は、書庫の扉の前に到着する。
そして、透明の扉越しに、悲しい事実を認めた。
「あああああ!! まさか!! そんなぁ!! 資料が燃えている!!」
叫ぶ山治。
そして、
「まだクローンに記憶を植え付けられていないのにぃ!! クローン技術が!! 途絶えてしまう!!」
そう。
山治が足繁く通った書庫には、人類存続の唯一の頼みの綱、クローン技術のことが書かれた本が全て、保存されていたのだ。
「ダメだ、消火なんてもう間に合わない……」
間に合わない。
「今から大急ぎで、クローン製造の手順を書き残すか?」
山治は少し考えてみる。
「いや、そんなのとても間に合わない……」
間に合わない。
「んなら、今から大急ぎでクローンに記憶を吹き込むしかないのかぁー!?」
間に合わせるしかない。
「おっとモタモタしてるうちに書庫の火がだんだん大きく……」
\\\\ドガーン!!////
山治は、扉ごと吹き飛ばされた。
「いってぇ……」
幸い、山治は軽傷。
——ズーズー、ズーズーズー——
そして今度は、船内のスピーカーからザワザワと雑音が聞こえ始めた。
「
〈……〉
〈……〉
〈……〉
「おいっ! 返事しやがれ役立たずが! このファッ……」
〈テー! テー! テーテーテー〉
アキはチャレンジングなことに……
マイケル・ジャクソンの『スリラー』を再生し始めた。
「おいアキ! こんな時に『スリラー』流してる場合じゃねぇぞ! まぁ、確かに、現状はスリリングだけどよぉ!」
炎のスリルが、山治の側に迫っている。
「げっ! 早くしねぇとな……というか、待てよ、重要なことに気づいちまった。そもそも近くに俺の作ったクローンが暮らせる星はあるのか? でも、クローンたちにはまだ記憶を吹き込んでいないし、何からすればいいんだぁー!!」
パニックになる山治。
炎の船内には依然、『スリラー』が流れている。
〈freeze……〉
「アキ! 『スリラー』はもういい! 凍ってる場合じゃねぇんだよ! とにかく、とっとと戻るぜぇ!!」
山治は、全速力でクローンたちのいる方に駆ける。
__数十分後、クローンのタンクの部屋__
「よし、ベビちゃんたち!! 今から俺の記憶を分けてやる!」
山治は、そのシワシワの枯れ木のような手で、クローンのタンクの前のパネルを、ぎこちなく操作する。
手は、震えている。
「ええい! これでいいだろう!」
山治はボタンのようなものを、勢いよく押す。
すると、山治の卵たちは、青白い光に包まれる。
「すまんがここまでしか記憶を抽出できていねぇんだ! 異星人襲来前の時代の俺の記憶だ! 出鱈目な記憶になっていてももう知らん! このフ◯ッキンファイアーめ! なぜこのタイミングで火事なんだ!」
〈make clone!! make clone!!〉
アキは、はっきりとした音を、自分で初めて発した。
「ん? これは? 音楽ではないよな? アキが……英語を喋っただと?」
「タッタ イマ アナタ ノ ゲンゴ ノ インストール ヲ カンリョウ シ マシ タ」
「おいアキ! 今更かよ! もっと早ければなぁ! お前ともっと喋りたかったぜ! 寂しかったからよぉ!」
山治の、切実な叫び。
「ゴ メン ナサイ ダウンロード ニ ジカン ガ カカ リ マシ タ ゴ メン ナサイ」
「あぁわかった! もう今は謝らなくていい! 一刻を争う事態なんだ! 俺をサポートしてくれ」
「カシコ マリ マシ タ」
船内は、火事のせいか、ほんのり暖かくなり始めている。
「よし。で、こうだ。そこのクローンたちを近くの星に届けたい! どうすればいい?」
「キョダイ ボウエン キョウ ヲ ツカッ テ ホシ ヲ サガ シ マス」
「えーっと、望遠鏡か。そんなもの気にかけたこともなかったな。どうやって操作するんだ?」
「トナリ ニ アル カンソク ルーム ノ ソウサ シツ ニ ソウジュウ セキ ガ アリ マス」
「了解だ、アキ!」
生き生きとした返事。
山治は、曲がっていた背を伸ばして、そこそこの速さで歩き、観測ルームに移動する。
自動開閉センサーが壊れた扉を、手動で開く。
「よいしょっと。こーんなすぐそばにあるのに、長いこと放置してたなぁ、この部屋は……って、操縦席にハン・ソロ船長の
〈make clone right now!! make clone right now!!〉
「なんだ……っておい! 『ダミー』に反応したのか? 馬鹿野郎! 今はよしてくれって! 遊びに付き合ってる暇は…………」
山治は、再び背を曲げ、しょんぼりする。
「もう、お前とふざけ合うことも、ないんだよな……泣けてくるぜ」
山治は、名残惜しそうに、ハン・ソロ船長のダミー人形の席を奪う。
「ワタシ タチ ハ サイゴ マデ イッショ デス…………ヤマジ」
「おいアキお前、俺の名前を初めて呼んだな……」
「ヤマジ ジツ ハ ワタシ アナタ ノ コト ガ……」
\\\\ッドドカーン!!////
遠くの区画で、大きな爆発。
爆発音は、ロボットAKI1009の声をかき消す。
「今のはとんでもねぇ爆発だな! うるさくて聞こえねぇよ! もっとケツの穴絞めて声張りやがれ! ア◯ホール! アキいくぞ! 宇宙の彼方までア◯ホールだ!!」
「make clone!! ヤマジ make clone!! ヤマジ make clone!! ヤマジ
「んだぁ? 聞こえねぇな! 試しにこのへんを触ってみるか」
山治は、大きな操縦桿を動かして、宇宙船に備え付けられた巨大望遠鏡を、スプリンクラーのようにぐるぐると回転させる。
そして、潜望鏡のような構造の、接眼レンズのところに目を当て、暗黒の宇宙のあちこちを見渡す。
「なんだこれ、扱いにくいなぁ。本当にミレニアム・ファルコン号の四連レーザーみてぇだが……宇宙って案外綺麗じゃなねぇか、おい」
そうこうしていると、そう遠くない場所に、まばゆい光を放つ恒星を見つけた。
そして、その恒星の手前に……
一つ、灰色の天体。
二つ、金色の天体。
三つ、瑠璃色の天体。
四つ、真っ赤な天体。
五つ、茶色の天体。
六つ、砂色の天体。
七つ、ターコイズブルーの天体。
八つ、水色の天体。
九つ、虹色の天体。
があるのを確認した。
「おい、アキ! はどうだ? 眩しくてちょっと見づらいけどよ、リトル山治が住めそうな星はあるか?」
「ケイサン シ マス」
望遠鏡と連動しているロボットAKI1009が、ピロピロと、不規則なメロディを奏でており、やかましい。
宇宙船の移動に伴い、色鮮やかな天体たちが、自身より遥かに大きな恒星の前に、ちょこん、ちょこんと覆い被さり始める。
そして、眩しさがいくらか軽減される。
「アキ! とっておきのを見つけてくれよ! 困難なんてア◯ホール! 今夜はビート・イットだ!」
〈デーン! デーン! デーン デーン……〉
ロボットAKI1009は、『今夜は、ビート・イット』を再生した。
「おお! 曲を流す余裕もあるとはな! アゲアゲでいこうぜ! ジャスビレー!!」
山治の座る操縦席に備え付けられたスクリーンには、『トランジット法』だとか、『視線速度法』だとか、謎の言葉が表示されているが、彼は曲のリズムに乗ることに夢中で、気にも留めない。
〈ハンシャ コウ ノ チョウ コウブンサン ブンコウ カンソク デ タイキ ソセイ ヲ カクニン〉
と、ロボットAKI1009は、難しい言葉を使って話す。
「アキ! 何言ってるか、俺にはさっぱりだぜ!」
「ナナ ジ ノ ホウコウ ニ ガンセキ ワクセイ ハッケン キタイ ノ サンソ ト エキタイ ノ ミズ ソレニ チヒョウ ノ ヨソウ オンド ハ セッシ ニ ジュー ド キアツ セン ジュウサン ヘクトパスカル」
「七時の方向……あれか、あの虹色の星だな? どういう理由でそんな色に見えるかは知らないが……まぁ、お花畑だったらいいな」
「オハナ アル サクラ ノ オハナ タクサン ハッケン!!」
「おぉ! 本当か! ってことはだ。俺とアキは、今この広い宇宙を貸切にして、お花見してるってことよ!」
「オハナミ ヤッタ オハナミ タノシイ」
「よし、じゃあ決まったようなもんだな、その星にしよう! クローン生産区画を切り離したいが、アキ、頼めるか?」
「クローン クカク キリハナシ タラ ヤマジ ト アキ エンジン ウシナウ……」
「仕方ないだろうが! 星に向かって飛ばすには、エンジンがいるんだ! 俺たちにはもう……必要ねぇ」
「ウン アキ ヤマジ ト イッショ コワクナイ」
「よし、腹を
「ハナビ ハナビ キレイナ ハナビ アキ クローン クカク キリハナシ カイシ シマス!!」
\\\\ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!////
二人の共に過ごした愛の巣が、ひび割れていく。
重力制御装置が破壊され、そこらじゅうの物が、宙に舞い上がる。
その中には、倉庫の方から流れてきたのか、無数の虹色に輝く円盤があった。
小惑星帯のようになった円盤の
——プツン——
ロボットAKI1009とスピーカーを繋ぐケーブルが、切れたようだ。
「アキ! 無事か!? 今そっちに行くからな!」
山治は、どこからともなく漂ってきた『スムース・クリミナル』のディスクを払いのけ、望遠鏡の操縦席を離れる。
「何が『スムース・クリミナル』だよ! こっちは本当の『ゼロ・グラビティ』だっていうのによ!」
宙を泳ぎ、ベッドのある部屋に向かう。
道中、一枚のディスクを手に取り、懐に入れる。
食料や水、機械類の手引き書などが小賢しくも襲いかかってくるが、そのような、
そして、無数のベッドが佇む、殺風景な寝室に辿り着く。
据え置き型のロボット、もとい、ベストパートナーが、ベッドにもたれかかり、かろうじて倒れるのを免れているのを確認する。
「アキ! 俺はここにいるぞ!」
山治は、アキに飛びつく。
「ヤマジ ヨカッタ サイゴ ニ アエ タ」
アキは、船との接続が切れたので、その声は本体のスピーカーから弱々しく出るのみである。
「何言ってるんだ当たり前だろ! こうして、絶対離れないようにしてやるからな!」
山治は、アキから伸びるケーブルを、自分の体に巻きつける。
「コ……コ、レデ ズッ……ト イッ、ショ……」
アキの体のランプが、赤く点滅する。
「ああ、そうだとも」
山治は、アキのディスクトレイを引き出した。
懐から一枚のディスクを取り出して、トレイに置こうとするが……
その手を自身の後方へと振り、投げ飛ばしてしまった。
「ア◯ホール! 世話になったぜ……」
〈
アキの体から、かぼそくも確かな
アキは、パワーダウンした。
山治は、アキの大きな体を、強く抱きしめている。
船の裂け目からは、新天地を目指す、クローンたちを包む鉄の繭が見える。
「
山治は、アキに感謝を伝えた。
その時、山治の頭の中では、『ビリー・ジーン』のメロディが流れていた。
「……は、僕の恋人じゃない……は、僕の恋人じゃない……アキ……アキは、僕の恋人じゃない……アキは……僕の恋人じゃない……」
山治はアキに聞こえないほどの静かな声で、そうつぶやいていた。
そして。
宇宙船は。
漆黒のキャンバスに。
確かな赤き魂の輝きを残し。
爆ぜた。
〈完〉
禁断の虹色惑星 加賀倉 創作【書く精】 @sousakukagakura
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